港町の親方
今日からルハの章を投稿始めます。
港町でのリューが知らない内容です。
よろしくお願いしますm(__)m
ルハは味のしない酒を口にした。もう何杯目か分からない。浴びるように飲んでも全く酔えなかった。
黒かった髪には白いものが多く混じり、日焼けで飴色だった肌は本来の色に戻っていた。髪と同様に顔に刻まれた深い皺も長い年月を感じさせたが、その空色の瞳は相変わらず強い眼光を放っていた。
ルハは机の上にある物を見て来る日を待っていた。
「あんなガキだと。田舎の村だ。がっちり系の即戦力だと思うだろ!」
ルハはガンとグラスを机の上に置いた。
「おいおい割るなよ。硝子は高いんだから」
子豚亭の親父は眉を潜めて苦言する。閉店した店内には彼ら二人しかいない。
「それに買うなんてするからそんなことになるんだろ」
「こっちもな、生活かかってんだ。人がいないんじゃ買ってでも集めなきゃいけないんだよ」
質の悪い流感で雇っていた者が何人も倒れた。ルハは先行投資もかねて子供を買って育てることにした。それが……、あんな顔がいいだけのひょろりとした軟弱そうな子供だったとは。それも流感が治ったばかりの子供、無理はさせられない。
ルハは港でに届く荷物を仕分けし船や馬車に運ぶ仕事を請け負っていた。荷物を運ぶ者たちを雇い入れ取り纏めている。体力勝負な仕事なため、体力のない奴は使い物にならない。
「とても綺麗な子供なんだろ。本当に村の子か?」
子豚亭の親父の言うことはもっともだ。その子供の容姿は整い過ぎていた。良家の子息と言ってもよいくらいに。
「父親が流れ者だそうだ。十数年前、どの国もゴタついた。一体幾つ名を消されたことやら。大方、父親はその一人だろ」
そういうルハもその一人だった。放蕩息子で他国に遊学中に実家は政権争いに敗れ、家族はあっという間に処刑された。追っ手を振り切り、幾つも国を越え名を変えてこの地に辿り着き生き長らえている。
「そんなに綺麗な子なら……」
「仲介者がな、男娼や玩具にしたくなかったそうだ。まっ、父親に恩でもあったんだろ。で、俺んとこに連れてきた」
赤茶の髪をした琥珀色の瞳の美少年。そういう場所に連れて行けばさぞかし良い値で取引されただろう。
「育てるんだろ」
子豚亭の親父に言われ、ルハはしぶしぶ頷いた。これも何かの縁だ。仕方ないとは思ったが愚痴は出る。
「まあな、文字が読めるみたいだからな。それを教える手間が省けただけマシか」
この国の識字率は極めて低い。平民のほとんどが生活の上でどうしても必要な文字しか読めない。だが、あの子供は父親が教えたらしくある程度の本が読める読解力があった。おまけに簡単な計算まで出来た。
「へー、ある意味お買い得品だったじゃないか」
子豚亭の親父の言葉にルハは頷く。仕事上文字が読める者は必要だった。流感で倒れたり教え込んでやっとモノになった奴が引き抜かれたりして完全に足りない、というか職場には文字が読めない奴らしか残っていない。それを思うとあの子供が文字が読めるのはルハにとっては僥倖だった。ルハが現場に出て荷札を読み指図する手間が減る。だが、整いすぎた容姿、身についている学、職場の者たちが余計な勘違いをして倦厭するのが目に見えていた。
「で、一応はどんな繋がりにするんだ?」
「俺が父親の弟の嫁の従兄弟。母親が村のもんらしいからな。素性が分からない父親の関係者のほうがいいだろ」
この国ではまだ人身売買は禁止されていないが容認されてもいない。遠縁の子供を引き取ったことにした方が世間の批判を浴びにくく無難だった。
「またややこしい間柄にしたんだな」
「血の繋がりはないほうがいい」
なんの縁で祖国の権力者に見つかるか分からない。縁は薄いほうがいい。家族を持たないのもそのためだ。いざという時、守りたいものは少ないほうがいい。自分にとってもその子供にとっても。
「まぁ、聞かれたらそのように話しておくよ」
「頼む」
酒のお代わりが注がれると話題は今手に入る品物に移っていった。
最初はお貴族さまの庶子だと間違われ敬遠されていていたが、親を亡くした哀れな子供、それを乗り越え一生懸命働く姿に港で働く者たちから可愛がられるようになった。
もちろんルハも子供を可愛がった。飲み込みが早く仕事の覚えも早い子供は何事も教え涯があった。
「あの子供、リューだったか? うまくやっているみたいじゃないか。村の者が知ったら悔しがるんじゃないか?」
ルハは店の閉まった子豚亭でいつも通りゆっくりと飲んでいた。
話題はルハが買った子供、リューのことだ。滅多に見ない美少年で町中の女性が一度はその名を口にしている。
「ああ、だからだろうな。売られたのは」
小さな村では簡単でも読み書きが出来るのはせいぜい村長くらいだ。学のある父親はさぞかし目障りな存在だっただろう、村長やその上、搾取する側にとっては。そして、その父親から文字を教わっていた子供も。いずれ子供特有の純粋な正義感で間違いを告白していただろう。だから、村長は生き残ってしまったリューを村から遠く離れたこの町に売った。近くに働き手を求める町くらい幾らでもあっだろうに戻って来れないようにと。
「お陰で煩い」
「引抜き、か?」
「そんな可愛らしいもんならいいんだが、すぐ誘拐しようとされる」
「人攫いか」
子豚亭の親父にルハは頷く。見目もよく学もあるリューは人攫いにとって特上品だ。子供であることも付加価値を上げている。
「いい紙にサインさせたから、どんだけされようが出来ねぇけどな」
エルフの里で作られた紙には魔力が宿る。そこに書かれたことを守る力がある。だからと言って何でも書くことが出来るわけではない。紙が書かれる内容を選ぶと言われている。実際、ルハは何度も家族が助かるようにその紙に書いた。助けに行くには祖国から離れ過ぎ奇跡を願うしかなかった。だがその紙に一滴のインクも滲むことはなかった。
「文句言ってたわりに奮発したなー」
「何か知らねぇが、その紙に書いちまったんだよ」
プイとルハは視線を逸らす。その時は王侯貴族でも手に入れることが難しい貴重な紙を使ったことは凄く後悔した。だが、今はそれで良かったと思える。あまりにもリューを誘拐しようとする者たちが多いのもある。高い金を払ったことも、あの紙を使ったことも、『隷属契約』にしてルハの所有物にしたことも今となっては正しかったと感じていた。
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