村から港町へ
リューは山間の小さな小さな村で生まれ育った。母親譲りの赤茶の髪と父親譲りの容姿と琥珀の瞳、家族思いの大人しい子供だった。
母親は村の者だが父親は何処からかやってきた流れ者だった。整った顔、気品のある物腰、没落したお貴族さまか、はたまた廃嫡された問題児か、とにかく厄介な者が流れ着いたと村人たちは思ったらしい。閉鎖的な村ではよそ者はよそ者でしかなく村人たちから倦厭されていた。
それでもリューの祖父母、母親の両親が生きていた頃はあからさまな冷遇はなかった。二人が不慮の事故で相次いで亡くなるとリュー達親子は村の外れの不便な痩せた土地に追いやられてしまった。
父親はとても大人しい人だった。博識で村長が知らないことまで知っている村一番の物知りでもあった。普段はよそ者としてのけ者扱いしているのに何かあると悪怯れもなく堂々と知恵を借りにくる村人に嫌味一つなく親身に教え与えてしまうお人好しでもあった。
反対に母親ははっきりとした性格の人だった。冷遇してくる村人に文句を言い、いつも言い負かしている強者でもあった。けれど困っている人はほおっておけないとても優しい人だった。
リューはそんな二人にとても愛されて貧しいながらも幸せに暮らしていた。
リューは父親に聞いたことがある。
「どうしてそんなに優しくするの? みんなあんなに冷たいのに?」
父親はリューの頭を優しく撫でた。
「お父さんはな、村に置いてもらっているんだ。その分、村のために働かなきゃいけないんだ。」
リューには父親の話はよく分からなかった。ただ、誰よりも村のために働いているのにそれを認めない村の人たちは冷たすぎると幼いながらも思っていた。
「お父さんは優しすぎるの。村の人たちはそれに甘え過ぎてるの」
母親はため息混じりにそう言って、リューをぎゅっと抱き締めてくれた。リューは村の人たちが両親に優しくなってくれればいいのにといつもそう思って、そうなることを願っていた。
リューが九歳の頃、質の悪い流感が大流行した。小さな村も例外ではなかった。村でも死人が出るようになった頃、まず父親が病に倒れ間をおかずに母親が倒れた。
リューは必至に二人を看病した。村人は自分たちが流感にかかったときは有無を言わさずリューの両親を看病や回らなくなった村の仕事に駆り出しこき使ったのに二人が病に倒れたら家に近づく者は誰一人としていなかった。リューの両親のおかげで病が治った者さえも寝込む二人に仕事が溜まっているのにと遠くからを罵声を叫び、痩せた畑から迷惑料としてやっと食べられるまで育った野菜を持っていてしまう。そんな村人ばかりだった。
父親がどうにか回復の兆しが見えた頃、とうとうリューが病にかかってしまった。薬は品薄で値段も高騰していた。リューの父親は回復していない体に鞭打って薬代を稼ぎリューに与えた。リューが回復した頃、父親は体を壊しあっという間に死んでしまった。母親も心労のためか父親の後を追うように儚く逝ってしまった。
リューに強く生きるように言い残して。
村人たちはリューの両親が死んだことを知ると家にやってきて、金目になりそうな物を手当たり次第持っていってしまった。リューの手元には母親の髪飾りしか残らなかった。父親が木の枝から作って母親に贈った物で形は歪で塗ってあった塗料も剥げていた。母親が毎日使っていたためボロボロになっていて売れないと思われたのだろう。
空っぽになった家の中を虚ろな目で見ていたリューを村人は引き摺り出し、家に火をつけた。病を断つためだと言ってリューの家だけ埋葬できていなかった両親の遺体と共に燃やした。リューの手の中にあった櫛もその時取り上げられ、炎の中に投げ捨てられた。リューは泣いて大暴れしたが大人の力には勝てず、炎に包まれた小さな家を呆然と見ていることしか出来なかった。
リューはそれから村でどう過ごしていたかはよく覚えていない。気が付いたら馬車に揺られていた。一緒にいた人に村に売られたことを教えられた。それはよくある話だった。身寄りのない引取り手のない子供を人買いに売るのは。別にリューは村から追い出されたことには何も感じなかった。むしろ村の誰かに世話になんかなりたくなかった。ただ、両親をちゃんと弔えなかったことだけがとても悲しかった。
数日馬車に揺られ港町に着いた。ここにリューを買った人がいるらしい。リューは休む間もなく港の近くに立つ小さな小屋に連れていかれた。そこで買主となるルハに会うことになっていた。
港で荷物の仕分けをして船や馬車に運ぶ仕事を請け負っているルハは長身の体格の良い偉丈夫だった。荷運人を纏めあげるだけあって、口調はキツく見下ろしてくる姿はとても恐ろしくリューには見えた。
鋭い目付きのルハはリューを見た瞬間に失望したように大きく舌打ちした。父親似で容姿は整っているが、食べるのがやっとの生活、病が回復したばかりのリューの身体はとても痩せ細っていた。見ただけて当分は荷物運びの仕事をさせられそうにないと思われたのだろう。そのためにリューを買ったはずなのに。
「名前は書けるか?」
ルハの低い声にリューは頷いた。
「はい、書けます」
ルハは忌々しげにボサボサの黒髪を掻き上げている。よほどリューのことが気に入らないようだ。
「じゃあ、ここに名前を書け」
ルハは小さな机の上にペンと紙を置き、リューの前に突き出した。紙の下の空白を指でトントンと示す。
リューは目の前に出された紙をしげしげと見つめた。
「れいぞく、けいやくしょ?」
「お前、文字が読めるのか?」
ガッとルハに肩を掴まれて、リューはビク付きながらも「はい」と頷いた。
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