第3話 ~かつての高弟が体得していた秘術に間違いない、無数の煌めく槍が鋭い先端をこちらへと向いていく~
「発現せよっ【蒼幻竜】ッ」
ヨハネスが錫杖を地に打ち付けた瞬間、霊力によって甦った竜が勢いよく上空へと飛び出していった。
幻竜は自らの身長を越える程の翼を羽ばたかせ、顎を大きく開きながら宙に浮くミネアへと突進していく――
――ぐぅゥ……ッ
思わず集中が途切れそうになってヨハネスは片眉を吊り上げた――
「ヨハネス先生、大丈夫ですか……っ」
すぐ隣から弟子の声が耳に届き、ヨハネスはかぶりを振った。
「私への心配は無用ですっ、それよりも術連携に集中しなさい……っ」
自らに言い聞かせる為にもそう言葉を発し、改めて意識を研ぎ澄ませていく。
もしも術連携が崩れれば、超高位秘術【蒼幻竜】が消滅してしまう――
――今、暗紅の悪魔を倒せる手段はこれしかないのです……っ
ヨハネスが上空を仰ぐと、そこでは幻竜が激しく躍動しているのを視認できた。
翼を大きく羽ばたかせて暗紅の悪魔に接近していく。
巨大な波動の塊である蒼幻竜の身体に衝突したら、人間など跡形もなく消えてしまうはず――
――ミネアさん、申し訳ありません……もう、貴方を葬るしか無いのです……っ
舞空する暗紅の悪魔へとヨハネスが視線を向けた直後、彼女が手にした槍斧を高く掲げていった。
突如として、その華奢な身体を巨大な煌めきが包んでいく――
――あの輝きは……っ
ヨハネスは大きく眼を見開いた直後、深紅の髪の少女が素早く槍斧を振り下ろした。
彼女の発した輝きが瞬時に無数の狭長な形状へと変じていく。
それは、あたかも紅い煌きをした長槍の様だった――
「ヨハネス先生っ、あれは【無限墜槍】ですッ」
エイシアの叫ぶような声が耳朶を打ち、思わずヨハネスは強く奥歯を噛んだ。
かつての高弟が体得していた秘術に間違いない、無数の煌めく槍が鋭い先端をこちらへと向いていく――
「うふファハハアァッッ」
妖艶さと嘲りを含んだ哄笑がヨハネスの耳朶を打つ。
次の刹那、数多の輝く槍が一気に降り注がれていくのを彼は視認した。
それら甲高い音を立てながら大気を切り裂き、瞬く間に蒼幻竜へと迫っていく。
ヨハネスは無意識に両眼を細めた。
――蒼幻竜……ッ
対峙する蒼き波動の竜もまた速度を緩めることなく突進し続けていく。
次の刹那、ヨハネスは飛翔する竜と、光輝く槍が激突するのをとらえた――
――ぐはああぁァァッ……ァッ
とっさにヨハネスは歯を食い縛り、自らを攻め立てる激痛に耐えた。
それでも上空に視線をそらさずにいると、そこでは蒼幻竜の巨体に次々と紅き魔槍が突き刺さっているのを視認する。
自分の化身である竜に光の槍が突き立てられるや、自らの身体も容赦なく痛覚に襲われていく――
――今ここで自分が斃れたりしたら、味方の術士達や女王陛下のお命は無い……っ
懸命にヨハネスは強く錫杖を握りしめた。
途絶えそうになる自らの意識を無理に引き寄せると、そのまま術連携に全ての集中力を振り向ける――
――蒼幻竜よ、もう少しだけ力を……ッ
ヨハネスが眉に力を込めながらも再び視線を自らの化身へと向けた。
そして、うなだれていた幻竜の頭部が上空へと向けられていくのを視認する。
直後、再度その鋭い双眸に強い光が宿り、そのまま舞空する少女をとらえた。
甦った幻竜はますます翼を大きく羽ばたかせながら、一気に悪魔へと突き進んでいく――
~登場人物~
ヨハネス……リステラ王国の大神官であり、メイ術士学院の校長。術士。男性。幻の蒼き竜を召喚する超高位秘術の使い手
エイシア……リステラ王国の高等神官。ヨハネス率いる術士部隊の副官であり術士。女性