第19話 ~現在、トドリム様の本隊へと敵戦士達が殺到しており、ここが崩れれば前線は崩壊しますっ~
幾人もの術士達による詠唱を聞きながら、ヨハネスは静かに眼を閉じた。
霊力を引き出すべく集中するにつれて、少しずつ五感が薄れていく。
戦場に舞い上がる砂煙の匂い、戦士達の喚声、肌に照付けてくる強い日差し――
――大規模な術連携を行えるのも、あと一、二回が限度でしょう……
己の中で湧き上がる霊力が弱くなっている事に気づき、ヨハネスはゆっくりと唇に力を込めた。
戦況は予想通りの展開――自軍の劣勢で進んでいた。
漆黒の視界の中、僅かに術士達の詠唱が耳許に届く。
不利な趨勢を覆すべく、彼等とは幾度も術連携を行使した。
自らの超高位秘術である【蒼幻竜】も発現させたが、兵数に勝る敵術士隊の術連携により戦局の挽回には至らなかった。
疲労が老いた身体を容赦なく鞭打ってくる――
――しかし攻撃を止めるわけにはいかないのです……っ
ヨハネスは瞼に力を込めながら、より集中を研ぎ澄ませていく。
戦いで苦しいのは決して、自分だけではないのだ――
「申し上げます……っ」
不意に漆黒の視界の中、伝令らしき男の声を聴覚がとらえた。
「どうしました」
集中を切らさないように注意しつつ、ヨハネスは声を発した。
「術戦士隊を率いるトドリム様より、救援の要請でございます……っ」
両眼を閉じたまま、ヨハネスはかぶりを振った。
「我ら後陣が持ち場を離れたら、誰が敵軍の術連携を防ぐのです。何とか耐えて頂きたいと、お伝えなさい」
「しかし、味方の各部隊は敵軍の猛攻で次々と敗走していますっ、現在、トドリム様の本隊へと敵戦士達が殺到しており、ここが崩れれば前線は崩壊しますっ」
「ですが――」
「猊下っ、何とぞ本隊に援軍を……っ」
ヨハネスはゆっくりと両眼を開けた。
視界の先では傷付いた術戦士が一人、額を地面に着けながら座している――
「トドリム様に救援をっ……どうか……ッ」
ヨハネスはゆっくりと空を仰いだ。
「……戦闘開始から、どの位時間が経ちましたか」
「天文官の報告によると、陽は半天に達しております……」
すぐ隣から女性の声が耳朶を打ち、ヨハネスはゆっくりと眼を細めた――
――確かに彼等だけでは、これ以上戦線を維持できないでしょうね……
「分かりました。援軍を送りましょう」
そう告げると腰に下げていた角笛を手にし、しっかりと咥える。
そして周囲に大音を響かせた。その音はこだまするかの様に次々と後方へと繋がっていく――
「後ろをご覧なさい」
ヨハネスはそう告げて自らも振り返る。
視界の先で後方で佇む聖都を護る門扉がゆっくりと開いていく。
「あっ、あれは……っ」
驚愕する伝令係の声音を聞き、ヨハネスは静かにうなずいた。
「我が軍の、最後の部隊です」
~登場人物~
ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手
マクミル・イゲル……ヴァルテ小隊の隊長。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、増強術という支援術の使い手
ウォレン・ガストフ……ヴァルテ小隊の隊員で、戦士。男性。あらゆる術を無効化する術耐性の持ち主
ノヴァ・パーレム……ヴァルテ小隊の隊員で、術士。女性。様々な攻撃術の使い手
ビューレ・ユンク……ヴァルテ小隊の隊員であり、術士。また修道士でもある。女性。回復術の使い手
エルン・ルンハイト……ノイシュおよびミネアの義妹。術増幅という超高位秘術の使い手
ヨハネス……リステラ王国の大神官であり、メイ術士学院の校長。術士。男性。蒼幻竜という超高位秘術の使い手
トドリム……王弟であり公爵。リステラ王国軍の術戦士隊の大将。男性。