第8話 ~最期まで、あなたのお傍に……っ~
「――その為にはお前も、その娘の力も必要なんだ」
その衝撃的な言葉に、思わずノイシュは大きく眼を見開いた。
「隊長っ……まだ子どもの彼女まで、戦いに巻き込むつもりですかッ」
「彼ではなく私の考えですよ。ノイシュ君」
不意に聞き覚えのある声が耳に届き、ノイシュが振り向くと扉が大きく開け放たれていく。ヨハネスと彼の従者達が姿を現わし、室内に入ってくる――
「ヨハネス様……っ」
「私からマクミル君に強く提案したのです。エルンさんの力も借りるべき、とね」
大神官の言葉にノイシュは、掌を強く握った。彼女を戦いに巻き込む事だけは、絶対に避けたい……っ――
「しかし、義妹はまだ早すぎますっ……こんな年齢で戦場に駆り出すなんて……ッ」
そう告げるとノイシュは恩師を見据えた。眼前の男は微笑みを絶やさずにいるが、その眼光には鳥肌が立つ程の残酷さを宿している――
「ノイシュ君、君も分かっている筈です。我々が勝利を掴む為には、この少女の力が必要なのだと」
「でも……ッ」
「ならば、エルンさんのお気持ちも聞いてみましょう」
大神官はそう口にすると、傍らで座るエルンへと歩を進めてきた。そして義妹の前でおもむろに跪き、その目線を合わながら銀髪の少女に微笑みかけた――
「エルンさん、どうか教えて下さい。生きて帰るか分からないノイシュさんを一人で待つのと、戦場で最期まで彼の傍らにいるのと、あなたはどちらを選びますか」
「猊下……っ」
「そんなッ、酷すぎます」
途端にビューレやノヴァが声を上げるが、大神官は微笑みながら目の前にいる少女へとその眼光を向けている――
「エルンッ、僕は大丈夫だから……っ」
その光景に耐えられず、とっさに義妹を抱きしめた――
「きっと戻ってくるからっ、君はここに――」
「お義兄様のお傍にいたいです……っ」
不意に鼓動が強く脈打ち、ノイシュは腕を解くと彼女と向き合った――
――エルン……ッ
不意に彼女の頬を一滴の涙が伝っていく――
「最期まで、あなたのお傍に……っ」
義妹の強いまなざしに、どうしても眼が離せない。無意識に幼い頃のミネアとその姿が重なっていく。あの時彼女もまた、捨てないでと自分に懇願してきて――
――ミネア……ッ
思わずノイシュは顔を背けた。歪んでいるであろう今の表情を義妹には見せたくない。自分の唇が細かく震えていた――
「――分かったよ、エルン……」
眼を閉じてそう告げると、周囲から息を呑む音が耳に届く――
「ノイシュさん……っ」
「本当に、いいのか」
何とか感情を制しながらノイシュは静かに頷いた。不意に手の甲から温かく濡れたものを感じ、顔を上げるとエルンの瞳からは次々と涙が溢れていく――
「作戦はこうです」
隣で大神官の声が耳に入り、ノイシュは顔を向けた。
「聖都の郊外にて我が軍の本隊がレポグント軍主力を迎え討ちます。その隙に皆さんは伏兵として敵軍本隊を突いて下さい」
「私達が、敵本隊を奇襲攻撃するのですか……っ」
驚きの声を上げるノヴァの声を聞きながら、ノイシュは眼を細めた。
――そうか、だからヨハネス様はこの作戦にエルンを使おうと……っ――
思わずノイシュは義妹の手を握った。彼女が驚きながらこちらへと眼差しを向けてくる――
「明後日、守備隊以外は聖都の外へと出撃します。こちらの本隊は聖都近郊に布陣して敵軍を引き付けるので、ヴァルテ小隊はどこか身を隠せる場所に潜伏して下さい。皆で力を合わせ、作戦を成功させましょう」
不意にヨハネスが背を向けると、そのまま扉へ歩を進めていく。
「ヨハネス様っ、もし我々が敵本隊を発見できなかったら……っ」
「途中で、敵の大部隊に阻まれたら……っ」
とっさに発したマクミルやウォレンの声は、閉まる扉の音によって掻き消された。ノイシュは静かに義妹へと視線を向けた。
――エルン、きっと君を死なせたりしない……君だけは……っ――
ノイシュは繋いだ義妹の掌に、力を込めた。
~登場人物~
ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手
マクミル・イゲル……ヴァルテ小隊の隊長。男性。ヴァル小隊の術戦士で、増強術という支援術の使い手
ウォレン・ガストフ……ヴァルテ小隊の隊員で、戦士。男性。あらゆる術を無効化する術耐性の持ち主
ノヴァ・パーレム……ヴァルテ小隊の隊員で、術士。女性。様々な攻撃術の使い手
ビューレ・ユンク……ヴァルテ小隊の隊員であり、術士。また修道士でもある。女性。回復術の使い手
エルン……ノイシュの義妹。術増幅という超高位秘術の使い手。
ヨハネス……リステラ王国の大神官であり、メイ術士学院の校長。術士。男性。