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第1話 ~なら一つだけ、答えて……ッ~


 不意に身体の均衡を崩し、ノイシュは脇にそそり立つレンガの柱へと身体を預けた。胸のつぶれる様な苦しさを感じながらも繰り返す呼吸の中に、鉄の味がまざる――


「大丈夫ですか」


 前方で背中を向けていた大神官が振り向き、こちらに顔を向けてくる。凱旋門の中は暗くその表情までは読み取れない。


 外気もようやく白み始めた時間だった。息が上がったままでどうしても声が出せず、ノイシュは仕方なく頷いてみせる――


「ノイシュさん、道中お疲れ様でした」


 ヨハネスの影がまるでこちらの真似をする様に首肯した。


「ようやく着きましたね、聖都に――」


「その二人、待てっ」


 大喝が周囲に響き渡り、ノイシュが顔を上げると視線の奥で衛兵達の影を視認した。


「こんな早い刻限から聖都に何用だ……っ」


「私にお任せ下さい」


 すぐさまヨハネスがそう告げて門番の傍まで歩を進めていく。向かい合った彼らは何やら話し込んでいる様子だったが、やがて衛兵達が一斉に驚き、畏まる素振りを見せた。


 どうやら相手が大神官であると分かったらしい――


――良かった、無事に街の中へと入れそうだ。


 そう感じるや急に身体から力が抜けていき、ノイシュはその場で座り込んだ。大きく息をつくと視線を背中へと向ける。


 そこには瞳を閉じて眠る少女の姿があった。小さな寝息を立ててこちらに身体を預けるその様は、まだあどけなささえ感じられた――


――君もがんばったね、エルン……


ノイシュは静かに眼を細めた。夜更けの中、敵の姿が見えなくなるまで彼女をずっと歩かせてしまった。安全と判断できる場所まで来たところで休息を取り、そのまま彼女は寝付いてしまった――


「ノイシュさん」


 奥から声を駆けられてノイシュが顔を上げると、手招きをしている大神官と衛兵達の姿があった。ノイシュは自らを鼓舞しながら立ち上がり、少女を負ぶったままヨハネスの元へと歩を進める。


 近くまで来ると大神官が満足そうに微笑みを向けてきた。


「この方達の宿営を、しばらく貸して頂けることになりました」


 そう告げて大神官が人差し指を向けていく。ノイシュがそちらに視線を向けると簡素な屋舎を視認する。


 ノイシュは安堵の気持ちが湧き上がるのを感じた。正直に言って身体はもう疲労困憊だった。せめて、背中に負った少女だけでも休ませてあげたい――


「皆さん、有難うございます」


 そう言ってノイシュが深く会釈する中でふと彼らの手に眼をやると、金貨が何枚か握られているのに気づく――


「私は一足先に登城します。後で使いをやりますから、それまでノイシュさんは休んでいて下さい」


 そう続ける大神官の言葉に、ノイシュは思わず口を開いた。


「いえ――」


――僕も、ヨハネス様にお伴しなくては……――


そう考えが浮かびながらも、とっさにノイシュは口をつぐんだ。エルンの事を考えると、敢えてここは甘えた方がいいかもしれない――


「申し訳ありません、校長……」


代わりにそう告げると大神官がこちらに背中を向けた。


「では、後ほど」


そう言葉にしてヨハネスが一人の衛兵とともに去っていった。ノイシュは二人の姿に向かってもう一度会釈すると守衛達の宿舎へと歩を進める。


 近くで見るほど守衛達の番小屋は素朴で小さな造りだったが、この際は贅沢は言えないと思い直す。

 

 木製の扉を押すと音を立てながら簡単に開いていった。明け方なので部屋の中は薄暗く、一間の空間には小さな窓や簡素な椅子と机、そして奥には仮眠の取れる寝台が一台だけ設えてあった。


 ノイシュは真っ直ぐに寝台へと向かっていき、その足もとで腰を下ろすとエルンの身体を横たえた。ようやく楽になって大きく息をつくと、すぐ近くの椅子に腰を下ろした。


「ここは……」


 不意に後ろから声がして振り向くと、エルンが臥せたまま開いた瞳をこちらに向けている。


「眼が覚めたの」


 ノイシュはつとめて優しさを含む声を発した


「ここは……どこですか」


 そう告げて身体を起こす銀髪の少女は、不安げな表情を隠せずにいた。すかさずノイシュは彼女に向かって微笑んでみせる。


「メイという街だよ。リステラ王国の王都さ。もう大丈夫」


「……ここまで、私を運んでくれたんですか」


 そう告げるエルンの声に、ノイシュは小さく頷いてみせた。


「夜の間、歩き通しだったでしょ。よく頑張って付いてきて――」


「あの……ッ」


 不意に彼女が大きな声を発し、ノイシュは思わず眉尻を上げた。エルンが立ち上がり、真っ直ぐに眼差しをこちらへと向けてくる。


「本当に、私のこと義妹(いもうと)として――」


「もちろんだよ」


 ノイシュは眼を細めると素早く頷いた。


「どうか僕を信じて――」


「なら一つだけ、答えて……ッ」


 そう告げてエルンが一歩前に進み出てくる。その瞳にはどこか剣呑ささえ含んでいた――


「暗紅の悪魔っ……あのミネアと云う人は、あなたにとって一体……ッ」


 

~登場人物~


 ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手


 エルン……ノイシュの義妹。術増幅という超高位秘術の使い手。

 

 ヨハネス……リステラ王国の大神官であり、メイ術士学院の校長。術士。男性。


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