第13話 ~君はもう、僕の知っている君では無いのかい~
――衝撃剣の多段攻撃……ッ
ノイシュは手にした剣を後ろへと引き絞った。相手の衝撃波は次々と灌木を噴き上げながら容赦なくこちらへと向かってくる。凄まじい霊力だった――
ノイシュは奥歯を噛んで正面を見据えた。避けようにも後方にも義妹がいる――
――撃ち合うしかないっ、たとえ勝てなくても……っ
次の刹那、足許に輝きをノイシュは感じた。すぐさま視線を向けるとそれは地面に刻まれた紋様だった。幾何学的なそれはさらに明度を増していき、同時に自らの剣もまた激しく煌めいていく――
――これがエルンの超高位秘術……っ
ノイシュは再び前方を見据えた。迫り来る風圧で砂礫が頬を激しく叩いた。髪が弄ばれていく――
「はあぁぁぁァ――ッ」
ノイシュは力の限りに大剣を振り払った。刀身に込めた自らの霊力が放出されていく――――
――なっ、何だこれは……ッ
直後、ノイシュは思わず眼を見開いた。自らが放った衝撃波は瞬時に激しい風圧を生んだ。戦士服が強くなびき、砂礫どころか土壌さえも激しく噴き上がっていく。轟音を上げる旋風は骸戦士達へと殺到していき、不意に歪な渦が巻くのを視認する。次の刹那、互いの攻撃が激突した。が、こちらの衝撃波は瞬く間に相手のそれを併呑し、一気に死霊兵達へと殺到していく――
「ガッギャアッャ……ッ」
吹き荒れる烈風の中で死霊兵達の絶叫が僅かに耳朶を打った。瞬く間に彼等の四肢が裂かれていく。彼等の肉塊や血飛沫はすぐに飛び広がる土壌に覆い隠され、やがて衝撃波とともに消失していった――
「こっ、これは……っ」
思わずノイシュは口ずさみ、慌てて義妹を見やった。視界に映る少女は未だ瞳を閉じ、意識を集中させている――
「なるほど」
不意に上空から声が降り注がれ、ノイシュは視線を向けた。暗紅の悪魔が口許を吊り上げてこちらを見据えている。
「その娘の術が、今の威力を呼び起こしたのだな。超高位秘術を操る少女――」
「やめるんだッ」
とっさにノイシュは声を上げた。ミネアが不審そうに片眉を吊り上げていく。
――ミネア、君はこの少女までも手にかけるのか……っ
そしてきつく眼を細めると、震えを押し殺しながら剣を構える。
「この子だけは、絶対にダメだ……っ」
次の瞬間、ノイシュは温かい色合いの輝きを視認した。瞬く間にその揺らぐ光りがこちらの身体を包んでいく。そして傷に触れた途端、本来の表皮へと戻っていくのが分かった。思わず辺りを見渡すと、光りの恩恵は自分だけでなく周囲に広がっている――
――これはっ、回復術……っ
「……邪魔が入ったか」
ミネアの声が聞こえる同時に、無数の明かりがこちらへと迫ってくるのにノイシュは気づいた。すぐに詠唱の声も耳に届き、レポグントの術士隊だと分かる。先ほどの治癒も仲間のために行ったのだろう――
「だが必ず……っ」
再びミネアの声が聞こえて振り向くと、その身体をさらなる高度へと舞空させていく――
「次こそは大神官達の魂、いただくぞっ……」
そう言葉を残し、彼女は姿を宵闇に紛れていった――
――行ってしまった……っ
途端に両脚から力が抜けていき、ノイシュは膝を地に着けていく。エルンやヨハネスも助かった。でも、ミネアは――
――君はもう、僕の知っている義妹では無いのかい――
「ノイシュくん、立ちなさい」
頭上から自分の名前を呼ばれて振り向くと、いつの間にかヨハネスが眼前に立っている。彼の火傷は殆ど回復している様だった――
「今のうちに逃げるのです、その娘を連れて」
その言葉にノイシュは義妹へと顔を向けた。不安げなまなざしを向ける銀髪の少女と視線が絡む――
「――はい」
そう言ってノイシュは静かに微笑んでみせた。
「行こう、エルン。僕と聖都まで」
~登場人物~
ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手
エルン……ノイシュの義妹。術増幅という超高位秘術の使い手。
ヨハネス……リステラ王国の大神官であり、メイ術士学院の校長。術士。男性。
ミネア・ルンハイト……ノイシュの義妹。魂吸収術という超高位秘術の使い手。通称『暗紅の悪魔』。