第8話 ~あの少女に超高位秘術を使わせてはなりませんッ~
「髪の長い少女……?」
誰かがそう呟くのが聞こえ、ノイシュは全身が粟立つのを感じた――
――まっ、まさか……ッ
直後に赤黒い靄が光があふれ出し、それを包んでいく。明瞭に視認できる距離まで近づいたそれは、間違いなく一人の少女だった。赤黒い髪の色、緋色の長い直垂の戦士服、汚れた血の様な暗紅の瞳――
――ミッ、ミネア……ッ
「暗紅の悪魔ッ……」
突如としてレポグントの術士隊から大声が上がる。やがて静かにこちらを見ていたミネアが、不気味に唇を吊上げていくのが分かった――
「見つけたぞ、私の餌共め……っ」
頭上から降り注がれる少女の声音に、ノイシュは心臓を踏み潰される様な痛みを覚えた。自分の知っている義妹のものではない、まるでエスガルの様な口調だった――
「大神官もいるなっ……その魂、遠慮なく頂くぞっ」
そう告げるとミネアは静かに唇を滑らせていく。きっと術詠唱だろう。そして発現させようとしているのは――
「危ないっ……皆さん、あの少女に超高位秘術を使わせてはなりませんッ」
不意にヨハネスが大声を上げた。
「彼女は、ここにいる全員の魂を吸収するつもりですっ」
大神官の声を聞き、狼狽するレポグントの術士達の姿にノイシュは眉尻をひそめた。今はお互いに争っている場合じゃないのに――
「残念です、ミネアさんッ」
ヨハネスが声を挙げた次の瞬間、彼の身体が一閃する。直後に錫杖から青い波動が放出され、瞬く間にミネアへと迫っていく――
「ふっ、波動攻撃か」
そうミネアがつぶやいた直後、彼女の身体が閃き出した――
――あれは、斥力防壁……っ
刹那の後、甲高い音とともに互いの術が激突する。噴き上げてくる青き破壊術を円状の煌めきが受け止め、周辺に残滓を撒き散らしていく。あまりの眩しさにこれ以上直視できず、ノイシュは両腕で眼をかばった――
――う、ぐっ……
やがて視界が明瞭になっていき、ノイシュが手を下ろすとそこには無傷のまま舞空する彼女がいた――
「私の術防壁を破壊するとは……やるな」
そう告げるミネアの口許が不敵に吊り上り、再度激しい閃光がその身体から放たれていく。
「今度はこちらから行くぞ……っ」
彼女の手がゆっくりとヨハネスに向けられた次の瞬間、勢いよく発せられていく紅き波動にノイシュは眼を見開いた。先ほど大神官が放った波動攻撃……っ――
「はああぁぁッ」
ヨハネスが喚声とともに手にした錫杖を振り上げた。直後に再び青い波動がミネアに向かって噴出していく。双方の波動が一瞬にしてその距離を縮めていき、再び激突する。容赦なく耳朶を打ってくる轟音にノイシュは顔をしかめた――
「ふふ、これでどうだ」
不意にミネアがその肢体を大きく退け反らした。彼女を包む暗紅の光が膨張し、その波動が一気に勢いを増していく。大神官の放った波動を呑み込み、そのままヨハネスへと殺到した――
「「危ないッ……」」
不意に複数の声が耳に届き、ノイシュが振り向くと大神官を庇うように前に立ちはだかる人影をとらえる――
次の瞬間、目が眩むほどの閃光が大神官のいる辺りから発せられていきノイシュは思わず眼を閉じた。暗視の中を強烈な旋風に煽られて心臓が激しく脈打つ――
「バスティさん、ロンデさん……ッ」
大神官の声が耳に届き、何とかノイシュが瞼を開けると、眼前で地に膝を着けるヨハネスと、その身体を真っ黒に焦がしながらも彼の前に立つ二人の戦士の姿があった――
「ヨハネス様、お……身体に火傷がっ……お守り切れず、もっ、申し訳……」
そう告げてロンデが、続いてバスティも崩れる様に斃れていった――
「神よ、願わくばこの勇敢な戦士達に永遠の安らぎを……っ」
ヨハネスがそう言って眼を細めた。大神官もまた露出した皮膚が赤く変色しており、かなりの深手を負っている――
「ふふ、戦いは終わっていないぞ」
上空から冷気さえ感じさせる声が響き、ノイシュが視線を仰ぐとミネアの身体から赤黒い帯の様なものが発現されていく。それはまるで無数の蛇がうねる様な動きを見せた――
――まさか、超高位秘術……っ
「いくぞッ……」
暗紅の光芒に包まれた少女が、歯を見せながら笑った。
~登場人物~
ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手
ヨハネス……リステラ王国の大神官であり、メイ術士学院の校長。術士。男性。
バスティ……リステラ王国の術戦士。ヨハネスの護衛。男性。
ロンデ……リステラ王国の術戦士。ヨハネスの護衛。男性。
ミネア・ルンハイト……ノイシュの義妹。魂吸収術という超高位秘術の使い手。通称『暗紅の悪魔』。




