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第4話 ~これはっ……バデォン部族ですね~


 ノイシュは手にした革袋を水の中に浸すと、眼前を揺蕩うグロムの流れを見やった。水面には明るい日差しが溢れるほどに差し込み、反射された光はまるで宝石の様に輝いている。不意に風が吹き上がり、静かなさざめきが湧き起こっていく。それらの情景は自然の悠久なる慈しみを感じさせていた――


――河の流れは、こんなにも美しいのに……


 ノイシュはそっと河畔の周囲に視線を向けた。虫が鳴く野草の上にはうち捨てられた戦士の屍が累々と転がっており、強烈な悪臭を放っている。甲冑の隙間からのぞく死顔は勇しかった面影などどこにもなく、気味の悪い無数の蟲達が変色した肉をついばんでいた――


「おい、ノイシュ」


「ヨハネス様の飲み水はまだか」


 別の方向から野太い声を掛けられて振り向くと岸辺から離れた所に帯刀した三十歳前後の男が二人、佇んでいた。


「バスティさん、ロンデさん、すぐに行きます」


 ノイシュはそう告げて革袋をすくい上げ、立ち上がった。二人とも偉丈夫な体格をしており、護衛として大神官ヨハネスの傍にしっかりと付き従っている。そして彼等と向かい合うかたちでもう一人、黒の礼服を着込む男の姿をノイシュは見据えた。年齢はバスティやロンデよりもさらに上だろう、その身体つきは二人と同じく筋肉質だが人好きのする笑みを常に浮かべている。ヨハネス校長からはレポグントから遣わされた使いであると密かに聞いていた――


「ヨハネス様、我が軍の陣地はこの橋を越えた先にございます」


黒い礼服の男は眼を細めながらグロム河の対岸を指し示してくる。思わず視線を向けるとそこには先日の戦いで激戦地となったグロム大橋が伸びており、さらに岸辺の奥には巨大な幕営が築かれていた。ここから聖都へと続く内地は四方に平野が広がっており、夜襲により手勢が多数溺死するのを防ぐため、敵軍は敢えて渡河しない場所に布陣したのだろう――


「では参りましょう、ヨハネス様」


 レポグントの男はそう告げると、橋のたもとに向かい歩み出していく。


「先導痛み入ります。パウエル殿」


 すぐにヨハネスと護衛達がパウエルと呼ばれた男に続いていく。ノイシュは彼等の背中を眺めた後、朽ち果てていく戦士達の骸をもう一度振り返った。


――彼らの(アニマ)が本当に鎮まる為にも、この戦いを終わらせなきゃ……――


ノイシュは物言わぬ英霊達に礼式をとり、すぐにヨハネスらの後を追おうとする――


――……?


 不意に川上から何かが流れて来るのに気づき、ノイシュは眼を細めた。どうやら筏らしく、その上に横たわっているのは――


――あれは、子ども……っ


 思わずノイシュは革袋を放り出し、そのまま河の中へと飛び込んだ。幸いにも筏との距離はそう離れておらず、転倒に注意しながら水面を掻き分けていく。不意にもう彼らは死んでいるかもしれないという思いが脳裏をよぎるものの、激しく頭を振って打ち消した。そうして腰元まで水に浸かりながらも何とか筏の傍らまでくると急いで手を伸ばし、材木の端を強く掴む。


「しっかりするんだッ」


 ノイシュは筏を水際へと引き寄せつつ、とっさに声をかける。筏に乗っているのは自分よりも年下の少年と少女で、どちらも銀色の髪と瞳をしていた。彼らの衣服はずぶ濡れで、少年は腹部を両手でおさえながら痛みに震えている。少女に至っては強く目を閉じ、うめき声を上げながら浅い呼吸を繰り返している。その額に触れた途端、驚くほど熱を帯びているのが分かった――


「ノイシュさん、どうしました」


 不意に河畔から声が聞こえてノイシュが振り向くと、こちらに視線を注ぐヨハネス達の姿をとらえる――


「子ども達がっ……手を貸して下さいっ」


 とっさにそう声を上げると大神官の護衛達もまた急いで河に飛び込み、こちらに向ってきた。


「しっかりしろっ」


「一体、どうしたんだ」


 彼等の発する言葉を聞きノイシュはかぶりを振った。


「分かりません、どうやら何日も漂っていたようで……」


「とにかく岸辺まで引っ張るぞ」


 そう告げるロンデの声を聞きながら、ノイシュは彼等とともに筏を岸辺まで引っ張っていく――


――しっかり、すぐに助けるから……っ


 ようやく河畔までたどり着き、ノイシュは2人の護衛とともに子ども達を筏から引き上げた。地面へと横たえられた子ども達を見据えると似た顔つきから兄妹だと気づく。そして身なりはリステラ王国のものではなく、またレポグント王国のものとも違っていた――


「これはっ……バデォン部族ですね」


 呟くような声にノイシュが顔を向けると、パウエルが静かに彼等を見つめていた。


「ヨハネス様、彼らは一体……」


 そう言ってノイシュが大神官へと視線を向けると、老神官が厳しい表情をつくる。


「この河を上流へと遡った先にそびえる険嶺……そこに住む少数部族です」


 ヨハネスは小さくため息をついた。


「しかし、なぜ山岳民族の彼らが筏に乗って……」


――しかも子供達だけで……っ


 ノイシュはもう一度彼らの顔を覗くと、不意に少女と視線が合った。ノイシュは思わず息を呑み、そして眼を細める。彼女の瞳には底知れぬ恐怖と悲しみが張り付いていた。不意に強烈な情景を脳裏に浮かぶ。かつて自分が捨てた孤児達が見せた、あの眼差し――


――ワッツ、ルエリ、ザザキ……ッ


 思わず少女の頬に手の平を当てると、途端に彼女が身体を強張らせる。その肌は驚くほど冷え切っていて――


「――ヨハネス様、不作法を承知でお願い申し上げます……っ」


そう告げながらノイシュは顔を大神官へと向けた。


「この二人を、僕にお預け下さいませんか……っ」


「おい、お前護衛の任務はどうするつもりだっ」


 脇からバスティの声が挟まれるのを聞きながらも大神官に視線を注ぎ続けていると、やがて眼前の老翁が微笑みながら首を縦に振った。


「どうぞ我らの陣にお連れ下さい。回復術士を手配しましょう」


 不意に耳朶を打ったのはパウエルの声だった。ノイシュは思わず双眸を見開いて眼前の男を見据える。対するレポグントの密使もまた笑みを崩さずにこちらを直視していた――


「ご厚意、痛み入ります。パウエル殿」


そう告げてパウエルへと頭を下げる大神官の姿に、ノイシュは思わず眉をひそめた。彼に対して未だ訝しむ思いを拭い切れない。しかしせっかくの好意ならば受けるべきだと自らに言い聞かせる。この兄妹にとって、それが最善ならば――


「……申し訳ありません、僕の身勝手で」


 そう告げて深く頭を下げると、人助けですから、と笑みを含んだ彼の声が頭上に降り注いできた。


~登場人物~


ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手


 ヨハネス……リステラ王国の大神官であり、メイ術士学院の校長。術士。男性。


 バスティ……リステラ王国の術戦士。ヨハネスの護衛。


 ロンデ……リステラ王国の術戦士。ヨハネスの護衛。


 パウエル……レポグント王国の密使。


 銀髪の少年……バデォン部族の男子。

 

 銀髪の少女……バデォン部族の女子。

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