第3話 ~帰郷~
ノイシュとミネアは術士学院を卒業し、久し振りに故郷へ戻るが――
目の前で広がる光景に、ノイシュは思わず声を詰まらせた。
――……何だ、これ……っ
隣に立つ義妹に顔を向けると、彼女もまたなす術なくたたずんでいる。ノイシュは再び眼前にそそり立つ建物を見やった。それは生家、と言うよりも廃屋といった方が正しかった。外壁はあちこちで漆喰がはがれ泥が露出している。天井の煉瓦は半分ほどが屋根から割れ落ちており、乱雑に生えた野草が侵入者を寄せつけまいとするその有様はとても自分達の住み家だったとは思えない――
「ベルム村長、一体どういうことです」
ノイシュは眉間に力を込めると、すぐ傍ではげ頭を掻いている老人に顔を向けた。
「うちの管理と修繕をお願いしてましたよね。手渡していたお金、返して下さい……っ」
「いやな、教会の方はちゃんと手入れをしっとったんだがな、その、何しろワシ一人では手が回らんでな……っ」
村一番の指導者は消え入りそうな理屈を垂れると、慌てて廃屋の中へと消えていく。
「ノイシュ……」
名前を呼ばれて再び隣に顔を向けると、困惑しつつもどこか諦めの微笑みをたたえる義妹の表情がそこにあった。
――仕方ない、行こう……
ノイシュはかぶりを振ると、雑草をかき分けて入り口へと向かった。玄関をくぐり床板に足をのせた途端、柔らかい感触がしてわずかに身体が沈みこむ。どうやら床が腐っている様だった。
ふと眼が眩むのを感じ、顔を上げると天井から直射してくる陽光や風化に負けてぶら下がる木材が視界に入る。さらに別の部屋の床では木片や皿の破片のほか、父の遺品である長刺剣さえも転がっていた。
ノイシュは父の形見を拾い、たまらずにうつむく。どの部屋も似たような状況だった。住む者のない家屋は脆いと聞くが、自分の生家がこうも荒れ果てるとは――
「まぁ、しばらくゆっくりするといい……」
不意にべルムが玄関に向かい、足早に去って行こうとする。そんな彼に義妹が近づいていった。
「あの、私達の他に誰かここを訪ねて来ませんでしたか……」
村長は静かに首を振った。
「いんや、誰一人帰って来んかったよ。オドリックはもちろん、あの孤児達もな……あんたらだけさ」
ノイシュは思わず眼を細めた。期待はしていなかった。でも――
「じゃ、わしは行くよ」
「村長様、有り難うございます」
去っていくべルム村長にお辞儀するミネアの姿を見据えながら、ノイシュは再びため息をついた。
「……ミネア、とりあえず今夜は教会で寝泊まりしようか」
義妹は顔を上げると、ゆっくりと首を横に振った。
「うぅん、ずっとこの家を放っておいちゃったし」
そしてこちらに振り向くと、彼女は静かに微笑んだ。
「このまま帰れないよ、片付けなきゃ」
「……そうだな。これ以上、そのままにしたら本当に崩れちゃうかもしれない」
義妹が静かにうなずくと、床に散らばった木片を集め始めていく。ノイシュはもう一度だけ息を吐き、彼女と同じく腰を屈めた。
~登場人物~
ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手
ミネア・ルンハイト……ノイシュの義妹。女性。ヴァルテ小隊の術戦士で、霊力を自在に操る等の支援術の使い手