第24話 ~ずっと一緒だよ、最期まで……~
「ごめんね、ノイシュ」
頭上から降り注がれた義妹の声は、いつもの優しさを含んでいた。
「あなたを助けたい、絶対に……その為なら――」
「死ねぃッ」
直後、エスガルが漆黒の波動を放出した。魂を喰らう黒魔が渦を巻きながら瞬く間に義妹へと距離を縮めていく――
「私、何だってする……っ」
大神官を見据えまま、ミネアがそちらへと片腕を突き出していく――
「ダメだ、止めるんだ……ッ」
そうノイシュが叫んだ瞬間、義妹は衝撃波を解放した。暗紅の光芒がうねり、それらが蛇のごとき姿へと変じていく。目の前にいる少女が生み出した魔蛇は群れとなってエスガルへと殺到し、敵神官の超高位秘術との距離を縮めていく――
――ミネア……ッ
ノイシュは激しく声を上げたが、直後に響き渡った激突音に掻き消された。眼前では黒き吸血魔が鈍く輝き、自らの残滓を撒き散らしながら互いを激しく喰らい合っている。ノイシュは全身から悪寒と恐怖が湧き上がるのを感じた。間違いなく霊力の尽きた方が、その魂を貪られる――
「う、うぅ……っ」
義妹がすぐ傍で苦しそうに表情を歪めていく。彼女の顔つきにノイシュは息苦しささえ感じ、思わず自らの喉を握った――
「なっ、何だと……っ」
不意にそう声が聞こえ、ノイシュが顔を向けるとエスガルもまた眼を大きく見開いていた。少しずつ暗紅の光芒が大神官へと迫っていく――
「バカなっ……ケアドの魂さえ吸収した我が霊力を、凌ぐというのか……っ」
不意に大神官が眉を吊り上げ、その身体を大きく震わせていく――
「ならばこれでっ……ウオオォォエガレァッ」
エスガルの絶叫が奇声じみていくのを耳にしながら、ノイシュは彼の黒い靄の様な燐光が急激に膨れ上がっていくのを視認した。瞬時に新たな漆黒の悪魔共が生き血を求めて飛び出していく。次々と魂を求める魔蛇達は周囲の戦士達へと殺到していった――
「ガギギャがあァァッ」「あウゥエゥァッァァッ」
黒き悪魔に捕らわれた戦士達が叫喚の声を上げ、絶望の交響曲が周囲に響き渡っていく。やがて一匹の使い魔がこちらへと迫ってくるのにノイシュは気づいた。回避しようと伏せた身体を持ち上げるが、左腕の激痛が動きを妨げてくる――
――ぐっ、間に合わない……ッ
魂を貪り尽くす魔蛇が自分の身体に触れようとした瞬間、隙間から暗紅に輝く別の燐光が差し込まれた。瞬時にエスガルの放った吸収術と衝突し、魔蛇が掻き消えていった――
――これは一体っ……
ノイシュが急いで赤黒い光源に顔を向けると、義妹の身体から発する光芒がマクミルや自分を包んでいるのが分かった――
「エガガッゲァアッ」
もはや言語とならない声が耳に届き、ノイシュは視線を再びエスガルへと顔を向けた。そこでは貪欲に戦士達の魂を喰い荒らした黒き魔蛇と、白眼を剥きながら泡を吐くエスガルの姿があった――
「ゲッァレガィェ……ッ」
不意に大神官が表情を歪めた直後、彼の発する燐光がより激しく煌めいた。その超高位秘術が一気に巨大化していき、容赦なく義妹のそれを呑み込んでいく。魂を奪い去る暗黒術が義妹に迫り、彼女は耐えきれない様に身体を折り曲げた――
「ノイシュッ、早く逃げて……ッ」
悲鳴の様な彼女の声が耳朶を打ち、ノイシュは強く奥歯を噛んだ。
――逃げるなんてきないっ、僕は……ッ
「うわぁぁああッッ」
ノイシュは絶叫しながら両腕で上体を起こした。途端に左腕が痺れる様な痛覚を訴えてくるものの無理に頭の片隅へと追いやる。そして僅かに身体を前に押し出し、右手を義妹に向けて伸ばした――
左手を触れられた義妹が、思わず顔をこちらに向けてきた。
「ノイシュ……ッ」
ノイシュはそのまま義妹の掌に自分のそれを重ねた。
「ミネア、僕の霊力も使って……」
眼前の少女が驚きの表情を見せる。既にエスガルの攻撃はあと数歩前の距離にまで迫っていた――
「まさか、術連携……ッ」
義妹の声を聞き、ノイシュは頷きながら微笑んだ。
「ずっと一緒だよ、最期まで……」
~登場人物~
ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手
ミネア・ルンハイト……ノイシュの義妹。女性。ヴァルテ小隊の術戦士で、魂吸収術という超高位秘術の使い手
エスガル……レポグント王国の大神官。魂吸収術という超高位秘術の使い手。男性。術士。