第18話 ~私の魂(アニマ)が、求めて止まらないから……っ~
「レポグント軍がっ、敵軍がッ……」
ビューレは絞り出すように声を発した瞬間、膝から力を抜けていくのを感じた。一気に地面が迫ってくる――
突如として視界が静止するとともに、ビューレは柔らかい感触を背中に受けた。
「ビューレさん、しっかりして下さいっ……」
耳元でノヴァの声が聞こえ、自分が受け止められた事に気づく。胸の奥から安堵感が湧き上がり、再び涙腺が緩んでいく――
「ビューレ、すまないが説明してくれ……どういう事なんだ」
不意に低い別の声が聞こえ、それがウォレンのものだと分かった。声音には隠しきれない憂慮が含まれている。
――そうだ、私は敵襲を告げる為に来たんだ……っ
しばらくこのままでいたいという想いを脇に押しやり、ビューレは顔を上げた。眼前には自分を抱き止めるノヴァとウォレンの顔があり、少し離れた場所ではミネアが不安げな眼差しを浮かべていた――
「……敵軍がっ、河を凍結させながら、側面から進撃してきて……」
そうビューレが声を絞ると、不意に脳裏から凄惨な戦いの場面が浮かんできた。
「私達も応戦したけど……激しい術連携に為す術もなくて……っ」
ビューレは思わずうつむいた。瞳からは止めどなく涙が溢れ、止まらない――
「ノイシュはっ、隊長はどうしたの…っ」
不意に強い口調が耳朶を打ち、思わず顔を上げるとミネアの真摯な眼差しが間近にあった。その剣幕に気圧されながらもビューレはかぶりを振った――
「……ノイシュと隊長は、援軍が来るまで時間を稼ぐって、そのまま……っ」
「そんな……ッ」
ミネアが小さくかぶりを振りながら後退っていく。すぐ傍らでノヴァが強く眼を閉じ、大きく息を吐いた。
「……分かった。すぐにヨハネス様の元へ向かおう」
そう告げながらウォレンがやってくると、彼は素早く肩を貸してきた。彼の膂力に導かれながら術士隊の集う方向へと進んでいく。すぐ傍らではノヴァが付き添ってくれていた。
――……ミネア?
不意にビューレが顔を後ろへと向けると、ノイシュの義妹はどこか思い詰めた表情のまま佇んでいた。
「どうしたの……」
ビューレは思わず声をかけると、ミネアはゆっくりとこちらに顔を向けてきた。
「ここで、お別れだね」
「え……」
ミネアの静かな微笑みを受け、ビューレはなぜか胸が抉られる様な痛みを感じた――
「行かなきゃ……ノイシュが死んだら、私……っ」
不意にミネアの瞳から一粒の涙が溢れ、胸をその手で強く握るのが見えた――
「私の魂が、求めて止まらないから……っ」
そう告げた直後、ミネアが背を向けるとそのまま森の奥へと駆け出していく。ビューレは胸中が強く震え、そして視界が滲んでいくのが分かった――
「ミネアさん……っ」
不意に眼前で駆け出そうとするノヴァに対し、巨躯の男が素早く彼女の腕を捕むのをビューレは視界に捉えた。
「ウォレンさん、なぜです」
「……ミネアは敏捷術を使える。追っても無駄だ」
そう言ってウォレンは細めながら、ただ去っていった少女の方角へと眼差しを向けている。ビューレは胸から痺れる様な痛みを感じ、静かにうつむいた――
――ミネア……どうか戻ってきて……ッ
~登場人物~
ミネア・ルンハイト……ノイシュの義妹。女性。ヴァルテ小隊の術戦士で、魂を自在に操る等の支援術の使い手
ウォレン・ガストフ……ヴァルテ小隊の隊員で、戦士。男性。あらゆる術を無効化する術耐性の持ち主
ノヴァ・パーレム……ヴァルテ小隊の隊員で、術士。女性。様々な攻撃術の使い手
ビューレ・ユンク……ヴァルテ小隊の隊員であり、術士。また修道士でもある。女性。回復術の使い手