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ノイシュとミネアと魂(アニマ)~戦乱の中で育ち、戦いと愛に身を投じる少年少女達~   作者: たんとん
第Ⅰ部 従軍戦記編 第Ⅰ章 ―バーヒャルト近郊の戦い―
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第2話 ~隊名は、ヴァルテとします~


 


 大扉を開けると、広い空間が視界に飛び込んできてノイシュは眼を細めた。講堂の中は白を基調とした床や彫刻に覆われ、内壁の両側に配置された色硝子がそれらを様々な色に染め上げている。ノイシュは息を吐きながら別世界の様な情景を眺めた――


――僕は戦いに生き残って、もう一度この景色を見られるかな……


 込み上げてくる感慨を何とか打ち消し、ノイシュは前へと歩を進めた。


 鎖帷子の擦れる音を場内に響かせながら奥に向かうと、壇上にははなだ色の法衣に身を包んだ一人の老人が立っており、その周りには術士学院の礼服に身を包んだ教官達がいた。そして彼等と向かい合うかたちで男女の若者が居並んでいる。これまで共に訓練を重ねてきた同期生達だ――


――マクミル、ウォレン、ノヴァ、そしてビューレ……


 ノイシュは修了生達とともに並ぶと、壇上の御仁をまっすぐに見据えた。高い鼻筋や豊かな白ひげ、そして表情を見せるたびに刻まれる深い皺が印象的なその男こそ、この国で唯一の大神官であるヨハネスだった――――


「遅れて申し訳ありません、ヨハネス校長」


 ノイシュはヨハネスに向かって一礼した。


「ご苦労様でした、顔を上げて下さい」


 温かみのある声を受けてノイシュが顔を上げると、術士学院の長はいつもの笑みをたたえていた。彼の表情はいつも微笑みを絶やさずにいるが、同時にどこか底知れぬ雰囲気をただよわせていた――


「さて、皆さん」


 ヨハネスは言葉を切り、こちらを見わた

した。


「あらためて当学院の全課程を修了した事、お祝い申し上げます。君たちは数々の困難な訓練をくぐり抜け、ついに今日という日を迎えました。そもそも我が術士学院は、君たちの様な霊力を引き出せる若者に――」


「校長、前置きはいりませんっ」


 逸る気持ちを抑えられない様に、同窓生の一人が進み出ていくのをノイシュは見据えた。


――マクミル……ッ


 濃緑の戦士服に身を包み、先ほどの様な口調と鋭い目つきが大人びた風貌を際立たせているその青年は、物怖じせず校長と向き合っていた。


「私達はもう戦場へと向かう覚悟ができていますっ、どうか任務を……っ」


 マクミルの強い視線を受けてヨハネス校長は押し黙り、その表情から少しずつ微笑みを消していくのが分かった――


「分りました。マクミルさん、いや隊長殿、その勇気と忠誠に応えるべく率直に申し上げましょう……あなた方は本日をもってこの学院を卒業し、目の前にいる仲間達と共に小隊を結成しなさい。隊名は、ヴァルテとします」


ノイシュは身体中の血が一気に引いていくのを感じた。校長の声音は冷徹な空気を含んでおり、戦地へ赴くという実感が頭の中で急速にふくれ上がっていく――


「皆さんは三日後にここ聖都メイにて集結し、ヴァルテ小隊として戦地バーヒャルトへと出兵すること」


――バーヒャルト……ッ


 ノイシュは強く奥歯を噛んだ。最近、バーヒャルト城塞はレポグント王国によって陥落させられたはずだ。つまり、自分達は最前線へ向かうという事か―― 


「皆さんもご存じのように、我がリステラ王国はレポグント軍によって主要な都市を次々と陥落させられています。もしバーヒャルト城塞を奪還できなければ、敵軍は聖都メイへと一気に押し寄せてくるでしょう」


 不意にヨハネスは言葉を切り、自分達の顔を見わたし始める。ノイシュは唾を飲み込みながら彼の言葉を待った。


「……この地は我が国発祥の地であり、最後の拠点となる場所です。聖都が敵軍に脅かされるという事態は絶対に防がなくてはなりません。皆さんの力で敵軍をバーヒャルトから駆逐し、解放者として歴史に名を残そうではありませんか」


「聖都のためにっ」


「女王陛下のためにっ」


 すかさず礼式をとっていく同期生の姿に、ノイシュはゆっくりとうつむいた――


「……この国の子供達のために」


 ノイシュも彼等にならい戦誓するが、いまだ胸を穿つ様な深憂は拭い切れなかった。


――今まで苦しくも温かい学院で過ごした自分たちが、いきなり最前線で戦わなくてはならない……それほどこの国は追い込まれて……っ


「皆さんはすでに、その身に宿る(アニマ)から強力な霊力を引き出すことも、頑強な術連携を組むことも出来るようになりました」


 語気を強めたヨハネスの声を聞き、ノイシュは思わず顔を上げた。 


「そう、皆さんならば必ずやこの国に平和をもたらしてくれると信じています」


 ヨハネスはそこで言葉を切り、錫杖を高く掲げた。いつの間にかその双眸は鋭い眼光を宿しており、ノイシュは思わず気圧される。そこにいたのは温厚な校長ではなく、圧倒的なアニマを宿す大神官だった。


「皆さんの為に祈りましょう……その高潔なる(アニマ)よ、どうか敵軍を打ち破り、街や民衆を守らせたまえ……っ」


次第にヨハネスの身体から光芒が溢れ出していく。彼のアニマから霊力を引き出され、術を発現させたのだ――


「そのアニマに、神の加護があらんことをッ」


 ヨハネスがまとっていた輝きは錫杖へと移り、突如として一閃すると瞬く間に講堂の至る所に広がっていく。あまりの眩さにノイシュは思わず立ちくらみを覚えながらも、両脚に強く力を込めて身体を支えた。視界が明瞭さを失う中、小隊の仲間達は次々とひざまづき、瑞光の祝福を受け入れていく。大神官のもつ圧倒的なアニマの片鱗を強く感じざるを得ない――


――この戦争が終わり、皆が平穏な暮らしをおくれますように……どうか……っ――


 ノイシュはゆっくりと脚に力を抜き、大神官の栄光に身を委ねた。



~登場人物~


ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手


ミネア・ルンハイト……ノイシュの義妹いもうと。女性。ヴァルテ小隊の術戦士で、霊力を自在に操る等の支援術の使い手


マクミル・イゲル……ヴァルテ小隊の隊長。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、増強術という支援術の使い手


 ウォレン・ガストフ……ヴァルテ小隊の隊員で、戦士。男性。あらゆる術を無効化する術耐性の持ち主


 ノヴァ・パーレム……ヴァルテ小隊の隊員で、術士。女性。様々な攻撃術の使い手


 ビューレ・ユンク……ヴァルテ小隊の隊員であり、術士。また修道士でもある。女性。回復術の使い手


 ヨハネス……リステラ王国の大神官であり、メイ術士学院の校長。術士。男性。


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