第10話 ~もう一度だけ、みんなの為に戦うんだ……そう、これが最後……っ~
鉄扉が音を立てて閉まるのを聞きながら、ノイシュは薄暗い通路へと足を踏み出した。
視界の先には相変わらず無数の階段や廊下が広がっており、隣には思い詰めた表情でついてくる義妹の姿があった。
そのまま絨毯を踏む足音だけを周囲に響かせながら、自分達の部屋へ向かう。
うつむく少女に何か話しかけなくてはと思い、ノイシュは懸命に思考を回転させるものの話題が浮かばない。
何か、何か話さなくては――
「……ごめん、知らなかった。君がそこまで自分の術に思い悩んでいたなんて……」
焦りから思いつくままに言葉を発してしまい、ノイシュは今更ながら彼女の古傷に触る様な話をしてしまった事に気づく。
後悔の念とともに思わず強く唇を噛んだ――
「……いきなりノイシュが訪ねてきたから、驚いたよ。恥ずかしい姿を見られちゃった」
「ご、ごめん……っ」
先ほど目の当たりにした義妹の身体が脳裏に浮かび、ノイシュは動悸を感じつつ声を上げた。
自然と頬が熱を帯びていく――
「……でも良かった。一人じゃやっぱり怖かったから」
目の前の少女が寂しそうに微笑んだ。
「……あの時、初めて大神官の秘術を発現させた時……私、本当に必死だった。ノイシュが死霊兵になっちゃうんじゃないかって……」
次第に義妹のまなざしが揺れていくのを見て、ノイシュは思わず息を呑んだ――
「……私、魂さえも奪うあの術を発現させたことは、今でも後悔してない。それでノイシュを助ける事ができたなら……でも、でも……ッ」
そこで、彼女の頬に一粒の涙が伝った。
「でもっ、こんな術を抱えたまま、また戦いに行かなきゃいけないなんて……ッ」
目の前の少女が胸に手を当て、顔をしかめながらも再び口を開いていく――
「もし誰かの魂を吸い取ってしまったら……私、一生殺めた人の命を宿して生きていかなくちゃっ……そんなの……ッ」
静かに義妹がうつむきながら、先を進んでいく。ノイシュは思わずうつむきながら、その後に続いた――
――そうか……この先ミネアはずっと敵と対峙する度に、自分の能力に怯え続けなくてはならないんだ……それでも、僕達は敵地に赴かなくちゃならないなんて……っ――
ノイシュは顔を上げて義妹の背中を見つめた。彼女の身体がやたら小さく見える――
――二人で逃げようっ……もう戦争や超高位秘術なんて、どうでもいいっ……誰も知らないどこか遠くの土地まで……ッ――
そう告げるべく口を開けた直後、別の考えが脳裏を掠める。
――……でもっ、僕達が逃げ出したりしたら、残された仲間は今度こそ厳罰を受けてしまうかもしれない……マクミル、ウォレン、ノヴァ、ビューレ……ッ――
ノイシュは強く奥歯を噛み締め、何とか言葉を呑み込んだ。
――もう一度だけ、みんなの為に戦うんだ……そう、これが最後……っ――
「ごめんね、ノイシュ……泣いたりして」
不意に義妹の声がしてノイシュは顔を上げた。いつの間にか義妹は立ち止まり、こちらにまなざしを向けていた。
「部屋に、着いたから……」
ふとノイシュが見やると、そこは彼女の部屋の前だった。
「明日は早いから、もう寝なきゃ」
ミネアが独り言の様につぶやいた。
「うん、お休み……朝になったら迎えに行くよ」
ノイシュは精いっぱいの微笑みと穏やかな声で、綯い交ぜになった胸の中の感情を隠した。
「また明日ね」
ミネアはうなずくと扉を引き、暗闇の中へと消えた。
ノイシュは通路に視線を戻すと、自室へと向かうべく足を一歩踏み出す。
――後ろから、扉の閉まる音が聞こえた。
ノイシュは動きを止めた。
不意にヨハネスの部屋で見た彼女の恐怖に怯える瞳、両肩を抱いて震えるその姿が脳裏に浮かぶ――
――ミネア……ッ
ノイシュは振り返り、義妹の部屋に向かうと扉の取っ手を握った。
力を込めるまでもなく扉は開いていく。
そのまま部屋の中に進むと、燭台の明かりに映った義妹の見返り姿が視界に入った――
「――ノイシュ……ッ」
驚きの表情を浮かべる彼女に向かってノイシュは駆け寄った。
義妹もまた、ゆっくりとこちらに近づいて来る。
こちらの影と彼女の影が重なった瞬間、冷たい彼女の体温を両腕に抱きしめる。
すきま風を感じた瞬間、揺れる煙だけを残して灯火が消えていく――
そして、全てが暗闇に包まれた。
~登場人物~
ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手
ミネア・ルンハイト……ノイシュの義妹。女性。ヴァルテ小隊の術戦士で、魂を自在に操る等の支援術の使い手