表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/104

第1話 ~いつの間にか、心まで奴隷になってた~


 ノイシュはゆっくりと目を開けた。


――ここは一体……?


 首を振って周囲を見渡すものの、視界の先は闇に包まれた様に暗くほとんど何も捉えられない。


 背中には柔らかい質感があった。干し草の様なものを包んだ亜麻布の肌触り……どうやら自分は寝床にいるようだ――


「……ノイシュ、まだ起きてる?」


 馴染みのある少女の声が耳に届き、ノイシュはそちらの方へとゆっくり手を伸ばした。


 温かく、柔らかい感触……それがミネアの肌だと分かった。


 顔を向けると、彼女の輪郭(りんかく)朧気(おぼろげ)に浮かび上がった――


「うん、起きてるよ」


 ノイシュが言葉を返すと、義妹がゆっくりと頷くのが分かった。表情は上手く読み取れない――


「…さっき、一緒に私の故郷に行こうって言ってくれたこと……すごく嬉しかった。私の生まれ育った街はね、グベールって言うの」


「……グベール、か」


 そう口にした途端、ノイシュは激しい既視感に襲われた――


「――ノイシュが寝付くまで、聞いていてくれる? 私の、小さかった頃のこと」


「そういえば、ほとんど聞いてなかったよね」


――そうだ、前にもミネアと二人、こうして一緒に寄り添っていた事があった――


「お父さんはグスト、お母さんがフルダ、そして弟はフィンデルって言ってね、グベールは街といっても小さな集落だし、うちは街の中でも特に貧しかった。だからよく幼い弟を連れて粉焼き(パン)屋に出かけては、要らなくなったくずを貰ってたりして――」


ノイシュは追憶するミネアの身体を静かに抱きしめた。


 少女の感触が両腕に伝わる。不意に頬から涙がこぼれ、胸中で痛みを伴う柔らかい感情に震えた。


 全てが、あの時と同じだった。そう、僕はあの一夜の出来事を夢の中で思い出しているんだ――


「ノイシュ……?」


 ミネアの怪訝な声が肩越しに響く。


「――いいんだ、続けて……」


「うん」


 そこでミネアが言葉を切る。ノイシュは少しだけ両腕に力を込めた。


 ここから先を、自分は殆ど覚えていない――


「……あの日、私はいつもの様に弟を連れて粉焼き(パン)屋のおじさんから屑を貰ったんだけど、その帰り道、私はあの男に会った……」


 そこでミネアは言葉を切り、しばし沈黙する。


 月明かりしか差さない部屋では彼女の表情はうまく判別できず、ノイシュは彼女の続く言葉を待った――


「……後ろから誰か来たと思って、振り返った直後のことだった。口を塞がれて、無理やりに裏通りへと……少し離れた所で遊んでいた弟は、私の異変に気がつかなくて……それ以来、私たちは二度と会う事はなかった」


 小さく吐き出されるため息と、小さく揺れる肩の感触。


 ノイシュは自分の胸が痛みとともに強く鼓動するのが分かった。そっと掌を伸ばし、義妹(いもうと)の後ろ髪を撫でた――


「……それからは、ずっと苦痛と絶望の日々だった。身体が細い私は、ずっと買い手がつかなくて……あの男は機嫌を損ねる度に、私を鞭で打ってきた。鎖で繋がれたまま奴隷商人とあてのない旅を続けるうち、次第に自分がどこにいるのか、どうやって逃げようか、そんなことさえ考える気力もなくなって……いつの間にか、心まで奴隷になってた――」


 ふとノイシュは強く目を閉じ、心をえぐる言葉に耐えている自分に気づいた。


 そうしなければ、思わず大声を挙げてしまいそうだった。


 そうしなければ、ようやく聞けた彼女の過去を、ここで終わらせてしまいそうだった――


「だからあの日、お義父(とう)さんが私を拾ってくれて、ノイシュに出会えて……本当に嬉しくて……お義父さんとノイシュには、返し切れない、返しきれなぃッ――」


 不意にミネアが泣いた。

 

 子どもの様に泣くじゃくる。


 ノイシュはひたすらに義妹(いもうと)を抱きしめた。ひたすら彼女を、温めようと――


――僕の方こそ、君と出逢えて、本当に、本当に生きてるって……ッ――


 涙でにじむ視界がゆがみ、やがて白く溶けていくのをノイシュは感じた――




 ~登場人物~


ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の(じゅつ)戦士で、剣技と術を組み合わせたじゅつけんの使い手


ミネア・ルンハイト……ノイシュの義妹いもうと。女性。ヴァルテ小隊の術戦士で、れい力を自在にあやつる等の支援術の使い手



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ミネアの過去……ツラい。゜(゜´ω`゜)゜。 オドリックに拾ってもらって、ノイシュ達と一緒に過ごせて本当に良かったね……ミネア(´;ω;)ウゥゥ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ