第20話 ~胸が張り裂けそうな勝利~
「ミネア……ッ」
ノイシュはそこで言葉を吐く自分に気づいた。
視界の先では覚悟を決めた義妹の表情があった。
彼女は強く眼を閉じると唇が開き、何かを口ずさむ。確か、大神官エスガルが詠唱していた術句――
次の瞬間、ミネアから仄かな燐光が湧き上がった。
不気味な暗紅の色合、その身体を覆うように蠢く蛇の様な帯状の放出物、その顔や肌を幾何学模様が黒く染めていく――
「なっ、なにぃっ……」
敵神官が大きく口を開き、初めて驚愕する姿を見せた。義妹がそっと眼を開ける――
「どけっ、ミネア……ッ」
突如として大喝が響き、ノイシュは顔を向けた。
視界の先ではいつの間にか巨躯の戦士が現れ、ミネアを庇うべくその前に立ちはだかる。
義妹が眼を大きく見開き、瞬く間に赤黒い光芒が消失していく――
――あれは、ウォレン……ッ
ウォレンが勢いよく大盾を地面に打ち据えた瞬間、荒れ狂う大神官の魂吸収術が衝突した――
「うっ、っおおぉおぉぉッ」
次の瞬間、ウォレンの雄たけびとともに耳を聾する轟音と振動が周囲に響き渡る。
ウォレンの巨盾に激突した敵神官の波動が赤黒い稲妻を空中に四散させていく。
眼前の勇士がひたすら歯を食い縛り、巨盾を懸命に支え続け続けている――
「ノイシュ、今だッ」
不意にウォレンが声を挙げながらこちらへと視線を向けてくる――
――そうだっ、今、僕がやるべき事……ッ
ノイシュは唇を引き締め、眼を見開いた。
そして剣の柄を握り、小刻みに揺れる脚に力を込めて数歩脇へと地を踏み締める――
――父さん、ミネアッ、お願いだっ……あと一振りだけ、僕に力を……ッ
「うっ、ぁあぁっぁッ……」
ノイシュは再び大きく剣を振り上げた。
途端に傷口から血が噴き溢れ、臓物から激痛が踊った。
脱力感とともに全身が震えて狙いが定まらない。が、それでも眼前だけは強く見据える――
「行ッけえェぇ――ッッ」
ノイシュが一気に剣を振り下ろすと、瞬く間に自らの術が発現した。
刀身から烈風とともに衝撃波が広がっていき、ノイシュは思わず腰を落として片膝をついた――
――く……ッ
それでも気を張りながらノイシュが前方を見据えると、不可視の波動が甲高い音を立て、空を切り裂きながら敵神官へと殺到していくのが分かった。
エスガルがこちらの攻撃に気づいた瞬間、彼の放つ赤黒い光芒が一気に主へと吸い込まれていく。
すぐさま衝撃波を回避すべく大神官が身体を引いていく――
「があぁあぐっぁッッ……」
次の瞬間、エスガルの右腕が不自然に歪曲した。
筋骨の破砕音が生々しく響き、エスガルの下腕が錫杖とともに空高く舞い上がった――
~登場人物~
ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手
ミネア・ルンハイト……ノイシュの義妹。女性。ヴァルテ小隊の術戦士で、霊力を自在に操る等の支援|術の使い手
ウォレン・ガストフ……ヴァルテ小隊の隊員で、戦士。男性。あらゆる術を無効化する術耐性の持ち主
エスガル……レポグント王国の大神官。バーヒャルト救援部隊の指揮官。男性。術士。