第19話 ~僕にも、君を守ろうと思えるから~
やがてエスガルの身体が一閃し、赤黒い光芒が発せられていくのをノイシュは見た。大神官の顔や肌に黒い幾何学模様が次々と刻まれていく――
――……エスガルを倒す方法が、たった一つだけある――
ノイシュはそっと眼を細めた。
――そう、敢えてエスガルの秘術を浴び、僕の魂が消滅する寸前にこちらが衝撃剣を放てばいい――
ノイシュは詠唱を終えると、仄かな燐光が自らの身体を包んでいるのに気づく。
――いくら大神官とはいえ、あの秘術を使った直後では捷速に動けないはず……僕の命を引き換えにした、反撃……っ――
ノイシュは大きく息を吸い込んだ。
無意識に熱くなっていく瞼を腕で拭い、エスガルをしっかりと見据える。
叫びたくなる程の痛覚が身体中を駆け巡っているものの、不思議と胸の奥は澄み切っていた――
――それはもしかしたら、戦争とはいえ人命を奪った僕にも、君を守ろうと思えるから、なのかもしれない……――
光芒が手にした大剣へと静かに伝っていくのを見届けると、ノイシュは敵神官へと狙いを定めた。視界の先ではエスガルが鋭く眉尻を吊り上げていた。
「何という粗末な霊力だ。愚か者め、せいぜい苦しんで死ね……っ」
大神官が錫杖を高くかざした途端、その身体を包む燐光が激しく瞬いていくのが見えた――
――来いっ、エスガル……ッ
ノイシュは激痛に耐えながらも懸命に剣を振り上げた。
――君のために、僕の魂を……っ
ノイシュは敢えてそこで静止し、エスガルの攻撃を待った。眼前では大神官の周りで渦巻いて赤黒い光芒が、複数の帯状に姿を変えていく――
「死んで、我が糧となれ……ッ」
エスガルが錫杖をこちらに向けた瞬間、その身を包む暗紅の光帯が無数の蛇の如くうねりながらこちらへと殺到してくる――
――来たっ、エスガルの魂吸収術ッ――
ノイシュはひたすら眼前の光景を注視した。赤黒色の魔蛇は驚異的な速度でこちらとの距離を縮めながら甲高い音を立てた――
次の瞬間|、眼前の景色に少女の姿が現れてノイシュは大きく眼を見開いた。翠色の瞳、褐色の長い髪、緋色の戦士服――
~登場人物~
ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手
ミネア・ルンハイト……ノイシュの義妹。女性。ヴァルテ小隊の術戦士で、霊力を自在に操る等の支援術の使い手
エスガル……レポグント王国の大神官。バーヒャルト救援部隊の指揮官。男性。術士。