第2話 ~ずっと、一緒に暮らしてきたのに~
父が戦死したことで、少年ノイシュは苦渋の決断を下しながらも自らの運命を歩み始めていく――
ノイシュは奥歯を噛みながら目の前に映る光景を見つめた。そこには一台の荷車が留まっており、さらに四つ足歩行の痩せた獣が二頭繋がれている。そして幌のない粗末な荷台の上には、自分達と同い年くらいの少年少女達が横並びに乗り込んでいた。
――みんな……ッ
ノイシュは思わず眼を細めた。きっと自分を恨んでいるのだろう、彼等はうついたままこちらを見ようともしない。その顔には子どもとは思えない強い苦痛と諦めがきざまれていた。いたたまれずに視線を空に向けると、そこには薄黒い雲が広がり周囲の空気を容赦なく鈍色に染めていた――
ふとノイシュは掌に体温を感じ、顔を向けると髪の長い少女がいつの間にか隣で立っていた。
――ミネア……
彼女は何かを感じ取っただろう、その表情は言い知れない不安を隠せずにいた。
「ノイシュさん、どうしてみんな荷車に……っ」
ノイシュは義妹の手を静かに握り返した。
「……みんな遠くの養護院に行くんだ」
ノイシュは思わず声が詰まりそうになるのを何とかこらえた。
「今日から別々に暮らすことになったから」
「そんな、だって……っ」
ミネアはゆっくりと首を横に振った。
「ずっと、一緒に暮らしてきたのに……っ」
ノイシュは何も言えずにうつむいた。彼女の言う通りだった。これまでずっと彼等とは兄弟みたいに一緒に育ってきた――
――でもね、父さんの戦死通知が届いたから僕は行かなきゃいけないんだ……っ
「ごめん、ミネア……ッ」
翠眼を大きく見開く義妹をこれ以上正視できず、ノイシュはうつむいた。
「もう僕には、あの子達を守ることができないんだっ……」
そう告げた直後、ノイシュは彼女の身体が震えるのを感じた。
「ノイシュさん……ッ」
次の瞬間、鞭の乾いた音が周囲に響いた。とっさに振り向くと馭者が獣を操っているのが分かった。荷車が動き出し、その上に乗せられた子ども達がゆっくりと離れていく――
「……ワッツ……」
そうつぶやく義妹の声が聞こえた瞬間、ノイシュは温かった掌に冷たい空気が割り込むのを感じた。直後に土を躙る音が聞こえて振り向くと、そこには去っていく荷車に向かって駆け出す義妹の姿があった――
「ルエリ……ッ」
ミネアは懸命に彼等を追うが、獣達は速度を速めていき、少しずつ距離が開いていく。荷車にいる孤児達はミネアの声掛けに誰も反応せず、ただうずくまったまま膝に顔を埋めていた。これ以上、何も感じまいとする様に――
「ザザキッ、待ってっ……」
彼等のやりとりを見ながらもノイシュは動くことができなかった。胸の中は痺れる様な痛みと速い鼓動が脈打っている。彼等に罵られそうな恐怖で膝が震えていた――
「来るなっ、ミネア……ッ」
――あの声は、ワッツ……ッ
思わずノイシュが顔を上げると、荷台の上で立ち上がる一人の少年と彼に向かって立ち竦むミネアの姿が見えた。追跡する者のいなくなった荷車は少しずつ姿を小さくしていき、やがて見えなくなった――
――ワッツ、ごめん……ッ――
ノイシュは強く目をつむった。彼は三人の孤児の中では一番の年上で、ミネアが好きだと密かに教えてくれた――
――ごめんっ、僕が、無力で……ッ
不意に足音が耳朶を打ち、眼を開けると義妹が目の前に立っていた――
「私の事は……捨てないで……っ」
彼女の頬に一筋の涙が溢れていった。次の瞬間、その場で膝を立てると握り合わせた両手に顔を埋めて祈るような姿勢をとった――
「お願いっ、私を捨てたりしないでッ」
――ミネア……ッ
とっさにノイシュは一歩前に進み出ると、唇を開いた――
――ミネア、君は術の素質があるから僕と一緒に術士学院へ行こう。そして卒業したら、戦場で戦うんだ――
そう告げようとするものの、喉から言葉が出て来ない。代わりに胸中からは自分の声が湧き上がってくる――
――違うだろう、お前は単にミネアを傍においておきたかったんだ。彼女を誰にも奪われたくない、そう思って……ッ――
「……私、二度と奴隷にはなりたくないっ、もう一人なんて嫌……ッ」
そう言って震える義妹を眼前に見ながら、ノイシュは掌を強く握った――
――この時ノイシュ15才、ミネア14才。それから3年の月日が流れた――