第14話 ~蠢(うごめ)く死霊兵達~
「ノイシュッ……」
不安と驚愕を隠せない義妹の声が耳に届き、ノイシュは眼を細めつつも剣の柄を強く握った。
「……猊下を止めなければ、我が軍はここで全滅するかもしれませんので」
「俺も同じ思いだ、ノイシュ」
不意に脇から土を踏む音が耳に届き、ノイシュが視線を向けた先にはマクミルの姿があった――
「つまり、司令官である私を倒し、こちらの部隊を総崩れにするということか……ハ、ハハッ、ハハハアアァアァッ……ッ」
エスガルが突如として顔を上に仰ぎ、不気味に口許を歪める。
「バカなっ、あれだけ力の差を見せつけられて、なおも刃向かってくるとは……ッ」
次の瞬間、エスガルの身体を再び黒い煌めきが包み、それが拡張していく。
とっさにノイシュが構えた直後、死の霞が幾つもの帯状に姿を変じた。
やがてそれらが宙を舞いながら彼の近くで転がるリステラ軍の精鋭兵達の口許や耳の穴から、その体内に侵入していく――
「蘇るがいい、我が下僕達よっ」
エスガルの声に呼応する様に、突如として精鋭兵達の遺体が血のように赤い眼光を開いた。
そして糸に吊られたかの様に不自然に身体を持ち上げていく。
ノイシュは背筋に寒気を覚え、眼を見開いた。
彼等が生き返った訳ではないのは、その表情の無い顔つきからすぐに分かった。その数、四体――
「そ、そんなっ……」
すぐ隣でミネアが震えながら首を横に振った。
「驚いたかな、霊力を操る少女よ」
エスガルが義妹へと視線を向け、嬉々とした声を上げる。
「私ほどの術者となれば、取り込んだ魂をも自在に操ることが可能なのだよっ……私と戦いたくば、まずはこの死霊兵どもを打ち破るが良いっ」
エスガルが錫杖を払うや、死霊兵達が剥いた白目をこちらに向け、身体を震わせた。
「止めてっ、こんな事、もう止めてッ……」
ミネアが声高に叫ぶが、濁った眼をした死霊兵からの返事はない。傀儡の戦士達等が躊躇なくこちらへと距離を詰めてくる――
「やむを得ない、戦おう……っ」
諦念と戦いの決意が交じった隊長の声音を聞きながら、ノイシュはただ義妹を見つめていた。
彼女が悲愴な眼差しを彼等に向けている。ノイシュは強く眼をつむった。
――勇敢に戦い、死んでいった戦士達と僕達は戦わなくちゃいけないのか……
「……いいか、ノイシュは衝撃剣を詠唱した後、奴等に攻撃するんだ。ミネアは霊力放出術を使ってノイシュを援護するように」
マクミルの声にノイシュが眼を開き、彼へと視線を向けた。隊長は視線を敵兵に向けたまま武具を構える。
「お前達が術を発現させるまで、俺が敵兵を食い止める。奴等を撃破し次第、すぐに大神官を捕縛するぞ……いいな」
緊張をはらんだ隊長の声を聞き、ノイシュは前を見据えながら静かに頷いた。
「絶対に、死ぬなよ……ッ」
その直後にマクミルが地を蹴り上げ、凄まじい速さで敵前へと疾走していく――
「――ノイシュ……」
少女の声にノイシュは振り向いた。その瞳は恐怖と不安に彩られている。
ノイシュは眼を細め、無理に微笑んでみせた――
「……ウォレン達も、きっと来てくれるから大丈夫さ……支援術、頼んだよっ」
ノイシュは再び敵前を見据え、義妹の事を無理に意識から閉め出した。
大剣の構えを解くと術句を紡ぎ始める。自らに内包する魂を解放するべく、意識を集中させていく――
~登場人物~
ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手
ミネア・ルンハイト……ノイシュの義妹。女性。ヴァルテ小隊の術戦士で、霊力を自在に操る等の支援術の使い手
マクミル・イゲル……ヴァルテ小隊の隊長。男性。ヴァル小隊の術戦士で、増強術という支援術の使い手
ウォレン・ガストフ……ヴァルテ小隊の隊員で、戦士。男性。あらゆる術を無効化する術耐性の持ち主
ノヴァ・パーレム……ヴァルテ小隊の隊員で、術士。女性。様々な攻撃術の使い手
ビューレ・ユンク……ヴァルテ小隊の隊員であり、術士。また修道士でもある。女性。回復術の使い手
ケアド……リステラ王国の高等神官であり、次期大神官の最有力候補者。大隊の隊長であり術士。男性。
エスガル……レポグント王国の大神官。バーヒャルト救援部隊の指揮官。男性。術士。