第6話 ~こんな惨劇を義妹が望んでいるなんて……ッ~
「貴様らも私の力になるがいい……ッ」
不意に頭上で響く哄笑が耳朶を打ち、ノイシュは顔を上げた。
直後に上空から閃光が放たれていくのを視認する。
眼を細めながら見据えると、そこには暗紅の輝きに包まれる髪の長い少女の姿――
――ミッ、ミネア……ッ
次の瞬間、彼女が片腕を上げた。
直後に肢体から赤黒い帯状の光が次々と放たれていくのをノイシュは視認した――
――あれは魂吸収術……っ
急いでノイシュはそれらを視線で追った。
その先には逃げ惑うレポグントの術士隊の集団が視界に映る。
悪魔が発現させた術は蛇の様にうねりながら彼らに殺到し、瞬く間にその距離を縮めていく――
――ダメだッ、間に合わない……っ
直後、絶叫やうめき声が遠くから次々と響き渡る。
ノイシュは思わず自らの胸を強く握った――
――そんなっ、そんな……ッ
とっさにノイシュは顔を上げて義妹を見上げた。
「ミネア、止めるんだっ」
眼前に映る少女が静かにこちらへと顔を向けてくる。
その間にも多数の魂を取り込んだ魔蛇達は、主人の肢体へと吸い込まれていく。
「たしか、お前は――」
「僕だよ、思い出してっ……」
不意に胸中で込み上げるものを感じ、ノイシュは無意識に唇を震わせた。
「僕だ、ノイシュだっ……ずっと一緒にいた――」
「――無駄だッ」
暗紅の悪魔が吐き捨てるようにそう告げてくる。
彼女の表情は冷たく、今まで義妹が見せたことの無いものだった――
「あの女の魂は、今まで取り込んできた魂達の中に埋もれてしまった。それに……」
そこで暗紅の悪魔が不敵な笑みを浮かるのにノイシュは気づく。
「全ては、あの娘が望んだことでもある」
――なっ、何だって……っ
ノイシュは眼を見開いた。
「どういうことだっ、こんな惨劇を義妹が望んでいるなんて……ッ」
「あいつは混沌としたこの世界に絶望していた――」
そう告げながら暗紅の悪魔がゆっくりと目を細めていく。
「――なのにミネアは勇気もなく、何もできない自分を罵っていた。だから、私が覚醒した……ッ」
そこまで口にすると、暗紅の悪魔が仰々しく両腕を広げた。
「絶望、無慈悲という感情への羨望、そして限りない破滅願望……ミネアの抱えた感情が、私を創造したのだ――フフッ、フハハハハアアァハハァッ」
暗紅の悪魔が顔を上げて哄笑する。
思わずノイシュはうつむき、彼女の言葉を胸中で反芻した。
そんなの有り得ない――そう思いたい。
しかし、確かに義妹は自分のもつ優しさに傷ついていた。
自分の弱さを嘆いていた。
この戦いに、絶望していた――
「――私はこの身体を使い、世界に渦巻く混沌を終わらせてやる」
再び暗紅の悪魔の声が耳に届き、ノイシュは顔を上げた。
彼女がその右手を彼女の眼前へと振り上げ、こぶしを握る――
「大神官達の魂を取り込み、無能な彼らに代わって新しい秩序をつくる。その為には圧倒的な犠牲が必要なのだ……っ」
決意が内在した彼女の言葉を聞き、ノイシュはそっと眼を細めた。ミネア、君は本当に、世界の破壊を望んでいるのかい――
「いずれ、世界中が目の当たりにするだろう。あの少女が望んだ世界をな……っ」
暗紅の悪魔が視線をこちらへと向けてくるのにノイシュは気づいた。
とっさに唾を呑み込み、大剣の柄をにぎる。彼女の眼差しは鋭く、強い殺意が込められている――
「お前は邪魔だ、ここで死ね」
~登場人物~
ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手
ミネア・ルンハイト……ノイシュの義妹かつエルンの義姉。魂吸収術という超高位秘術の使い手。通称『暗紅の悪魔』