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ノイシュとミネアと魂(アニマ)~戦乱の中で育ち、戦いと愛に身を投じる少年少女達~   作者: たんとん
第Ⅰ部 従軍戦記編 第Ⅰ章 ―バーヒャルト近郊の戦い―
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第8話 ~ヴァルテ小隊、集結~


 明るい日差しが木々を照らし、新緑の若葉を鮮やかに映している。その隙間から降り注ぐ心地よい木漏れ日を浴びながら、ノイシュは丘をのぼっていった。


「ノイシュ、早く」


 不意に義妹(いもうと)の声が耳に届き、前方へと視線を投げる。緑道の先は強い日差しが視界を遮り、戦士服を身につけたミネアの姿を上手く視認できない。


 すぐ行くよ、と言って鎖帷子が擦り合う音とともに緩やかな坂を進む。不意に胸の奥がやさしく震えるのを感じた。このまま、時が止まってしまえば良いのに――


 丘を登り切ると一気に視界が開けて、その光景にノイシュは目を見開く。


 頂上からは聖都の全景を見渡すことができた。山の斜面を削って整地された都市は階層状となっており、凱旋門を皮切りに下の階層から商業区、工匠区、居住区、公職区と続く。そして最上層には王城や諸教会の尖塔群が屹立し、城壁の化粧石は陽光を浴びて鮮やかな白亜を彩っている。二千年の歴史をもつ聖都の洗練された佇まいにノイシュは思わず息を吐いた。


「……何だか、嘘みたい」


ノイシュが横目で視線を移すと、いつの間にか義妹がとなりひとみを細めていた。


「わずか十万歩先ではレポグント軍が侵攻し、激戦を繰り広げているのに……」


「そうだね……」


 ノイシュは静かに頷き、胸の鼓動を抑えながらも彼女の手を握ろうとする――


「ノイシュ、ミネア」


 不意に別の声がしてノイシュが振り向くと、見上げてしまう程の大柄な男が近づいてくる。背中には地面に届きそうな程の大盾を結わえており、自分達と同じ戦士服にはメイ術士学院の紋章が綴られている。


 巨躯の戦士は目の前まで来ると、どこか高貴さを漂わせる紫色の瞳で見下ろしてきた。


「とうとう、出陣だな」


 抑揚はないが、彼の声はどこか優しい響きをもっていた。


「ウォレン、みんなは」


 そう言って義妹が微笑むと、巨躯の男は大きく頷いた。


「あぁ。もう集まっている」


 後ろを振り返るウォレンの目線を追うと、そこに小さな人だかりができているのに気づく。


「早く、顔を見せるといい」


 巨漢に促されるまま義妹とともに足を向けると、やがて人集りは自分と同じ年代の男女であること、そして彼等は一人の少女を囲んで盛んに声を上げているのが分かった。


 囲まれた少女の顔立ちはまるで美しい塑像の様に整っており、細い四肢と乳白色の肌が透明感のある雰囲気を強く醸し出している。聖女という言葉が当てはまりそうなその佇まいのせいか、意図せず人を惹き寄せてしまったらしい。

 

 少女の方は特に慌てる様子もなく「素敵ですね」「握手して下さい」といった群衆の声にいちいち耳を傾け、丁寧に応対している。


 ノイシュは思わず苦笑した。勇猛さなど全く感じさせないこの少女が、まさか様々な攻撃術を操り、術士学院創設以来の秀才と謳われているなんて――


「ノヴァ」


 ミネアの声が聖女に届いたらしく、不意にその金糸雀色の瞳をこちらを一瞥してくる。


「それでは皆さん、ごきげんよう」


 ノヴァは折り目正しく群衆に一礼するや、膝下まである幅広の服を翻してこちらに向かってくる。


「ミネアさん、お待ちしてました。いよいよですね」


 そう告げながら微笑みを向けてくるノヴァに、ミネアが思わず苦笑していた。


「うん。それにしても、ノヴァってすごいね。全く緊張してないみたい……」


「そんな事ありません。これから赴く戦地で、私の術がどれだけお役に立てるか……考えるだけで胸が高鳴ります」


 胸に手を当ててゆっくり目をつむる彼女を見て、ノイシュもまた義妹と同じ表情をしてしまう。どうやら彼女の頭の中は戦場の恐怖より、己の霊力の方が気になるらしい――


「来たか、ミネア、ノイシュ……」


 再び名前を呼ばれ、振り返ると自分達と同じ戦士服を着た一重まぶたの男性がこちらを見据えている。尖った輪郭と鋭い双眸はまるで獲物を狙う狼の様な凄みがあり、ノイシュは義妹とともに慌てて敬礼する。


「マクミル隊長っ……たった今、ノイシュ、ミネア両隊員、到着しました」


 マクミルが返礼し、やがてゆっくりとその目尻を下げていった。


「ノイシュ、よく来たな。最前線でのお前の働きを期待している」


 隊長の言葉を聞き、ノイシュは思わず腰に下げた大剣の鞘に触れる。

 

 仲間達と比較されるのは嫌いだった。どうしても自分のアニマに対する劣等感が拭えない。


この大剣にしても、限られた霊力で術剣の威力を高める為に業物を選んだに過ぎない。決して恵まれているとは言えない自分の体力で、果たしてどこまで剣を扱い切れるだろう――


 胸中に渦巻く不安を見見透かされたらしく、マクミルが静かに口角を上げる。


「大丈夫だ、前衛には俺もミネアもいるし、いざとなったらウォレンも駆け付けさせる」


 僅かな感情の機微も見抜く彼の洞察力に驚き、ノイシュは素直に頭を下げた。隣からは義妹の気遣わしげな視線が伝わってくる――


「……有り難うございます。でも、できればそんな場面にならない様にしたいと思います」


 あぁ、と言う隊長の言葉に顔を上げると、マクミルが顔を背けて合図を送っていた。


「ヴァルテ小隊の諸君、集合せよっ」


 隊長の命令を聞き、そして少し離れた所からウォレン、そしてノヴァが歩み寄ってくる。


 そこで、ノイシュは周りを見回した。


――ビューレは、どこに……


「ノイシュ」


 不意に背中から受ける小さな声に振り向くと、そこには黒髪を後ろで束ねた少女が立っていた。

 

 背が低く、愛嬌のある顔だが常に垂れた目尻はどことなく悲しげな顔つきに見えてしまう。


 そして何より印象的なのはその肌で、左眼のまわりから頬骨にかけて深い青味を帯びた痣があった。どうやら生まれついた時からあるらしく、大神官候補である修道士の回復術でさえどうにもならないのだろう――


「あの、ノイシュ……」


ふとノイシュが我に返ると、ビューレが不安げな表情を濃くして見つめていた。


「ごめん、どうしたの」


慌てて声を発するとと、少女はゆっくりとうつむいた。


「うん……」


顔に痣のある少女は暫くそのまま黙っていたが、不意に顔を上げた。


「あっ、あの、ノイシュの任務は前衛で危険だから……」


彼女の声が次第に小さくなっていき、やがて再びうなだれてしまう。


「……だから、気をつけてね……」


ノイシュは眼を細め、彼女の想いについて考えを巡らせた。目の前の少女は普段から暗く、伏し目がちなことが多い。


 でも、だからこそ心根は素直で優しいのだろう。あまり言葉を発しない彼女が、こうして自分の身を心配してくれたのだ。そんな彼女に自分は、どうしてあげれば良いのだろう――


 ノイシュは彼女に向かい、静かに微笑んでみせた。


「ありがとう、ビューレ。必ず一緒に、またこの聖都へと戻ってこよう」


 とっさに顔を上げる修道士の姿が視界に映った。


「う、うん……っ」 


 ノイシュは眼前の少女へと眼差しをむけたまま、ゆっくりと頷いた。


「君の回復術があるから、前衛の僕達は安心して戦えるんだ。そう……信じてるから」


 青痣の少女がそっとその両手を握りしめる姿を、ノイシュは見た――


「うん、私も……っ」


「二人とも、私語は慎むようにっ」


 不意に語気を強めたマクミルの声が届き、慌てて隊長へと向き直る少女の姿をノイシュは追った。頭巾の付いた黒の外套と白の修道衣という身なりはまさしく修道士の姿であり、どうしても同じ神職であった父の姿が脳裏に浮かんでしまう――


――父さん……


 ノイシュは静かにうつむいた。さっきはビューレに気を遣って『一緒に生きて戻ろう』などと口にしたけれど、自信はなかった。


 中途半端な霊力しかない自分ができる事といえば、せめてこの命を犠牲にして戦うことくらいなのだから――


「ヴァルテ小隊の諸君」


 不意にマクミルの声が耳に響き、ノイシュは顔を上げて隊長の方を見やった。


「君達が勇気をもってこの地に集ってくれたこと、まずは隊長として最大の謝意を述べたい。我々はこれより目的地であるバーヒャルトへと赴く」


 マクミルが小隊の仲間達を見渡していく。その眼つきにノイシュの胸の中は縮み上がる様に震えた。


「そこでは戦地にいる友軍が我らの到着を待っているはずだ。おそらくかの地では、想像を絶する激しい戦いが待っているだろう」


 隊長が言葉を切り、力強く拳を振り上げる。



「しかし、我らヴァルテ小隊はこの身にアニマある限り敵軍に立ち向かい、彼等を退け、必ずや勝利を勝ち取ろうではないかっ」


 マクミルが腕を水平に振った。ノイシュがその先を見据えると、眼下に街の全景があった。


「ここから聖都の様子が見えると思う、一千年の歴史を持つあの都市には数多の人々が生活をしている。敵の魔手から彼らの命や家族を守るため、我らは戦わなくてはならないのだ……ッ」


 ノイシュはマクミルの演説を聞きながら、ようやく彼が集合にここを選んだのかが分かった。自分達が何を守るべきかはっきりと見せる為に、この場所を――


 不意にマクミルが一人、背を向ける。


「さぁ、行こうっ、かつてこの世界に存在した平和というものを、我々が体現させるんだっ……」


 そう告げるや、隊長はバーヒャルトがある東側へと歩を進めていった。


「不束者ではありますが、これより私ノヴァ・パーレムも参陣致します」


 聖女の雰囲気をたたえる少女がすかさず声を発し、行軍を始めた。その声音はいつもの落ち着きを保ちつつ、凛とした響きを含んでいた。


「あぁ、行こう……」


 ウォレンが頷き、二人の後を追っていく。


 ビューレは指を折り曲げて印を組むと、行軍する彼らに向けて護符を送った。


「ノイシュ、ミネア……」


 不意に修道士の彼女が振り向き、こちらにも神の祝福を与えていく――


「……あなた方も、どうか無事でありますように」


 とっさに礼式を取る義妹にならい、ノイシュは地に片膝をついた。


「……修道士様のアニマにも、神のご加護を」


「ありがとう、ノイシュ……」


 ビューレはこちらに背を向けると、先立つ仲間達の後を追っていく。ノイシュは礼式を解きながらミネアに視線を送ると、義妹もまた澄んだ翠色の瞳をこちらに向けていた。


――ミネア、僕達も行かなきゃ……


 ノイシュはそう告げようと口を開くが、言葉が出なかった。ノイシュは静かにかぶりを振ると、彼女に向けて微笑んでみせる。ミネアもまた微笑み返してくる――


「……私、先に行くね」


 ミネアはノイシュに背を向け、ビューレ達の後を追っていく。ノイシュは強く眼をつむった。


――僕達は、戦わなくちゃっ……僕の力で民衆や女王陛下を守るなんて、きっとできない……でも、せめてともに戦う仲間達や、君のために僕は死力を尽くして……っ――


 ノイシュは眼を開けると、義妹の後を追うべく一歩を踏み出した。


~登場人物~


ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の(じゅつ)戦士で、剣技と術を組み合わせたじゅつけんの使い手


ミネア・ルンハイト……ノイシュの義妹いもうと。女性。ヴァルテ小隊の術戦士で、れい力を自在にあやつる等の支援|術の使い手


マクミル・イゲル……ヴァルテ小隊の隊長。男性。ヴァル小隊の術戦士で、増強術という支援術の使い手


 ウォレン・ガストフ……ヴァルテ小隊の隊員で、戦士。男性。あらゆる術を無効化する術(たい)性の持ち主


 ノヴァ・パーレム……ヴァルテ小隊の隊員で、術士。女性。様々なこうげき術の使い手


 ビューレ・ユンク……ヴァルテ小隊の隊員であり、術士。また修道士でもある。女性。回復術の使い手


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― 新着の感想 ―
[良い点] もう完全に戦死する覚悟をしてしまってる様子のノイシュ……読んでいて痛々しいです><; 登場した小隊の仲間たちの中では、私はウォレンが好きです!頼りになりそう!(*'ω'*)
[良い点] 序章の一軍単位で術をかけて戦う描写で、物語のスケールの大きさを感じました。 その後のノイシュとミネアのやり取りも、戦争の只中にある緊張感を孕んでいて良いと思いました。 設定や世界観も、他…
[良い点] 適度に読み応えのある文体が好みです。 義妹と共有する過去の思い出が、二人の繋がりを深くしているのがわかりやすかったです。一方で、ノイシュの一目ぼれという要素もよく伝わってきました。 [気に…
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