UFOの日の真実 その10
エーリカ・レムナントが、学園に姿を見せなくなってから数日が過ぎた。
ガーランと詩虞も来ていない。この2人は、米軍から依頼されたアンノウン飛翔体の捕獲作戦、ガーランが勝手にセカンド・ロズウェルと名付けた作戦のために、ドイツ軍艦ヴァイスエルフでスクランブル待機しているからだ。
けれどもエーリカは、その面子の中には含まれていない。彼女はラプソディ・ガーディアンズの参加者ではない。ラプソディ・ガーディアンズに参加しているのは米軍原子力空母サウスアイランドであって、エーリカ本人は誘拐などを防ぐためにと、サウスアイランドで生活してきただけの単なる民間人だからだ。
と、少なくとも麗奈はそう聞いていた。
「厳戒態勢にでも入ってしまって、サウスアイランドから降りられなくなっているのかしら?」
異文化部の教室で、麗奈はぼそりと呟いた。
「所在ははっきりしてんでしょ。気にする必要なんてないじゃない」
同じ部屋にいたエレオノーラは、ロシア語で書かれた本を読みながら、麗奈の呟きに言葉を返した。
静かな放課後だった。なにせ2人の他に人の姿がない。今朝、またもやライナスが決闘を挑まれたからだ。
またですの、と麗奈は思ったが、五十鈴曰く、
「いや、だってあと一ヶ月ちょいで夏休みじゃん? やっぱこう、後顧の憂いを断って迎えたいってやつじゃないの?」
とのことだった。どうやら順番待ちが起きているらしく、挑戦者たちは皆、ライナスが怪我から復調するのを待っていたらしい。
ちなみにこれもやはり五十鈴から聞いたのだが、ライナスへの決闘ブームを引き起こした元凶である鍋島と周防は、それはそれは仲睦まじく朝から晩までいちゃついているらしい。ついでに「夏休み明けに周防先輩が妊娠してるか賭けねえ?」なんて言い出したので一発殴っておいた。
そして今はガーランや詩虞もいないので、有栖や六華も五十鈴たちを手伝っている。
麗奈は立場上関与するわけにいかず、エレオノーラは他に依頼者が来た時の備えという名のサボりである。
「ええ、まぁ、それはそうなんですけれども。あの騒がしさがないと、どうにも静かすぎるように思えてしまって」
パタン、とエレオノーラが本を閉じた。
「ハァ、そんなに気になるんなら乗り込めばいいじゃない。なんだっけ、えーと、なんとかアイランド」
「サウスアイランドですわよ。エレオノーラさん、本当名前を覚えませんわね……」
「興味ないもんは覚えらんないのよねー。で、どうすんの? 乗り込む?」
「いえ、流石にそこまでは……。ああ、でも、そうですわね」
セカンド・ロズウェル作戦の参加者は、ガーランと詩虞だけではない。麗奈とローズ・スティンガーもだ。ローズ・スティンガーを他国の軍艦に乗せるというのはクルーの精神衛生に悪すぎるということで、麗奈は学園に残っている。
「例の作戦の帰りにでも、顔を見に行くくらいはしてもいいかもしれませんわね。ねぇ、エレオノーラさん?」
「いやアタシは行かねーから。行くなら一人で行きなさいよね」
素直じゃないですわねぇ、と麗奈は思う。
だって、エレオノーラはページを進める指がずっと止まっているのだから。
風を入れようと窓を開ければ、ライナスたちが戦う声が外から聞こえてきた。
「カバディカバディ!」「カバディカバディ!」「カバディカバディカバディカバディ!」
≪カバディやってんじゃねぇよ!!!≫
―――そしてエーリカが学園に来ないまま、再びフー・ファイターが姿を現さないまま、2週間が経過した。
その間にライナスは、
「ちょいやーっ!」
柔道で一本背負いを決めたり、
「シャアアッ!」
フェンシングでブービー音を鳴らしたり、
「チェストー!」
「あの、それ、頓死手です。で、これでチェックメイト」
「ぬわーっ!?」
チェスではあっさりと負けたり、
「私のターン! 【森】! か~ら~の~、【飛びかかるジャガー】!!」
トレーディングカードゲームにいそしんだり、
「ちくわ大明神」
クイズ対決で珍解答を連発したりしていた。
という話を、土曜の獅子王道場での鍛錬の合間、麗奈は五十鈴から聞いていた。
剣術の次は水泳術だ。もうすっかり五十鈴に水着姿を見せるのも慣れ、ささっと着替えてプールサイドに出る。
その瞬間だった。五十鈴の携帯電話が音を立てて着信を知らせ―――
「なぁ麗奈」
「なんですの?」
「出たってよ」
「何がですの?」
「だから、ええっと―――幽霊」
「……それをはやくいいなさいまし!!」
―――善因には善果あれかし
―――悪因には悪果あれかし
「ゴールデンウィークでのバニーガールの恰好といい、今回の競泳水着の恰好といい、タイミングに悪意を感じますわ……!」
≪視聴者サービスだな!≫
ローズ・スティンガーのコックピットで、五十鈴から強奪したパーカーを羽織った水着姿で、麗奈は愚痴った。
そして、日本近海に現れたフー・ファイターへと向かって、ローズ・スティンガーが空を駆けていった。
「お、UFO。マジでよく出るんだな奥多摩」
学園の隣のコンビニの店員に、未だにUFOだと勘違いされたまま。
そのコンビニに設置されたハイテク時計は、時刻以外にも温度や湿度など様々な情報が一緒に表示されるタイプのものだ。そこには、今日の日付も同時に表示されている。
六月二十四日。
UFOの日だった。
●
―――同時刻。東京湾。白いカタツムリのような形をした軍艦、ルスタンハイツ・ヴァイスエルフが海中から浮上した。
艦内ではけたたましいアラームが鳴り響いている。スクランブルだ。
『ディン特務大尉。スクランブル。至急発進してください。繰り返します。ディン特務大尉。スクランブル。至急発進してください』
その声に背中を押されながら、詩虞は大急ぎで艦内を走っていた。今回は艦内待機だったから、いつもの制服姿ではない。戦闘機のパイロットが着るような耐Gスーツを着ている。
その姿が、空と海への迷彩を意識したであろう青い戦闘機。超機臣、燕撃のコックピットへと消え、キャノピーが閉じる。さっと発進プロセスを確認し、
「丁詩虞! 燕撃、出るぞ!!」
発進シグナルがレッドからグリーンへと変わった瞬間、詩虞は機体を発進させた。
燕撃が発進した後も、ヴァイスエルフの喧騒は続いている。発進する機体が、もう一機残っているからだ。
『イクス・ローヴェ、セッティングデッキに固定完了! R.A.S.シーケンス、スタート!』
無数のアームによって、イクス・ローヴェから全身の装甲が取り外された。詩虞同様、耐Gスーツを着たガーランがコックピットを操作する。
「ローヴェ、インストレーション・システム・コール、イエーガー!!」
左右のコンテナが回転する。青色のEのマーキングがされたコンテナで止まり、開かれたコンテナから細かい装甲が次々とイクス・ローヴェに取り付けられていく。
青い装甲。元のイクス・ローヴェと比べると格段に細身だ。さらに肩、腰、脚に一つずつ、大型のイオンブースターが取り付けられた。
さらに背面、バックパックには、X字状のアームによって大型イオンブースターが保持されている。
この大型イオンブースターは、1基あれば中型、つまり10メートルに届かないドール・マキナが空を飛ぶのに不自由しない程度の推進力を有する装置である。それが、合計10基も搭載されている。正気とは思えない設計だった。
最後に、機体全長に匹敵するほどに巨大なシールドを左手で掴んだ。
Jäger Completed。
『イクス・ローヴェ・イエーガー、R.A.S.、コンプリーテッド!』
艦橋下のカタパルトレールが展開され、
『イエーガー、発進!!!』
イクス・ローヴェ航空高速飛行戦闘特化形態、イクス・ローヴェ・イエーガーが発進した。




