UFOの日の真実 その9
翌日、放課後、異文化部の部室にて、
「え~、では政府から依頼があった案件について、今日こそ打ち合わせをやりたいと思います」
と、昨日の決闘騒ぎなどなかったかのように、春光が『部外秘』と赤いスタンプが押された資料を取り出しながらそう言った。
部室の中、異文化部の部員は大体が揃っていた。ラプソディ・ガーディアンズには参加していない六華やエレオノーラの姿もあり、部外秘の文字を見た六華は「私、ここにいて大丈夫なのかな……?」と不安になりだした。いないのはエーリカだけだ。昨日に引き続き、休みだった。どうやら東京湾に停泊しているアメリカ合衆国の海軍空母、サウスアイランドから呼び出しがかかったらしい。エレオノーラは寮でもその姿を見ていなかった。
「……今更だが、昨日、あんなことをしている場合ではなかったのではないか?」
呆れたように詩虞がそういうが、それも仕方のないことだった。なにせこの男は日本政府から名指しで、作戦の打ち合わせのために学園に登校しろ、と連絡が来ているのである。なのに昨日は打ち合わせの打の字が、決闘での打撃という意味になってしまったのだ。
「あー、それは大丈夫ですよ。本当に緊急の案件なら、こんな風に打ち合わせの暇も無くスクランブルがかかってます。いつもみたいに」
「……まぁ、確かにオレたちは毎回スクランブル発進させられているが。それともう一点。ライナスがこんな状態だが、作戦に支障があるのではないか?」
詩虞がそう言って目を向ける先、ライナスは顔中に絆創膏や湿布が張られていた。痛々しいことこの上ないが、怪我があってもなおその美貌には陰りが無い。
「大丈夫ですよ、問題ありません。私は今回の作戦、どうせ参加できませんので」
「……何?」
「ちなみに私だけでなく、マハーラージャ先輩たちもですね」
ライナスが話を振った先、双子のインド人兄弟、アージュンとルドラが揃って頷いた。
「……そういえば、昨日は先輩たちは姿が見えませんでしたね」
「うむ、少々私用があってな」
詩虞の疑問に、マハーラージャ兄弟の黒髪に青のメッシュを入れた方、アージュンが答えた。もう片方、金髪に赤メッシュのルドラは無言で紅茶を口に運んでいる。
「それに作戦内容は軽くだが、事前に話は聞いている。一応、ガネシタラ用の強襲ユニットはそれぞれ持ってきてはいるのだが、要求されるスペックを考えると、今回は我々の出る幕はなさそうだ」
「はい。パールヴァートとマーハサーガ、最高速度だけを見れば必要な条件を満たしてはいるのですが、継続飛行可能時間などを考えると、足手まといになると言わざるを得ません」
と、アージュンの言葉に2人の従者ハリシャが補足を入れた。ハリシャはマハーラージャ兄弟の愛機の整備士でもあるからだ。機体のスペックは把握している。
「カレトヴルッフも不参加です。瞬間的な加速はともかく、長時間の高速飛行は不可能ですからね」
「……それで、オレに一体何をやらせるつもりなのだ?」
「ええ、それをこれから説明します。まぁ簡単に言うとですが―――」
春光はそう言いながら、資料の他にもう一つ、別のものを鞄から取り出した。新聞だ。日付は6月4日。詩虞にも見覚えのあるものだった。一面記事は『幽霊戦闘機、またもや出現!』と大きな文字で飾られている。
「UFOの捕獲です」
●
フー・ファイターについて説明しよう。
第二次世界大戦の最中、世界各地で目撃が相次いだ未確認飛行物体のことである。最初はその異常極まるマニューバから、あれはきっとローズ・スティンガーに違いない、という意見が主流だった。
だがその後、該当する飛翔体が目撃された多くの場合で、ローズ・スティンガーには別の場所での活動が確認されている、つまり、アリバイがある事が判明したのである。
なにせローズ・スティンガーの当時の主、獅子王豪蔵までもが目撃しているのだ。いよいよ正体不明の飛翔体を誰何する声は大きくなり、連合国軍・枢軸国軍を問わず、あれは敵軍の秘密兵器なのではないか、という意見が多くなった。
そして第二次世界大戦の終結から半世紀が経ってもなお、フー・ファイターの正体は未だに判明しておらず、戦争終結直後の1947年にUFOが観測されたことから、フー・ファイターとはすなわちUFOだったのではないか、と考えられているのである――――――
と、いうことを「つーかフー・ファイター? って何なの?」とエレオノーラが疑問の声を上げたので、それに答える形で詩虞が説明していた。
「アンタ詳しいわね……。何、オタク?」
「いや、戦闘機乗りの間では有名な話というだけだ」
「? アンタらってドール・マキナ乗りじゃなかったっけ?」
「ああ、オレの燕撃は超機臣……戦闘機との可変機構を」
「あーいいわ。そういうのいいわ別に」
自分から話を振っておきながら、一番聞きたい部分だけを聞き終えたエレオノーラは早々に興味を失った。五十鈴はヒクヒクと顔を歪ませる詩虞を横目にしながら、
「で、その誰かさんの戦闘機がどうしたん?」
「いや待て五十鈴。フー・ファイターとは誰何を意味するWhoではなく、フランス語で火を意味するfeuと言われていてだな、」
「詩虞こそ待て待て。そっちの話はもういいから。もっと優先する話あるっしょ?」
五十鈴はそう言いながら春光の方を向くと、春光はうん、と一つ頷いた。
「日本近海、太平洋側だね。そこに何日か前から所属不明の飛行隊が出没しているらしいんだ」
「む? そちらは米軍の担当ではなかったか? あの空母、サウスアイランドだったか」
「そう。その米軍空母から依頼が入ったんだ。手を貸して欲しい、ってさ」
「それは……なんというか、奇妙な話、だな?」
「そうでもねえさ」
さっきからずっと部外秘の書類とにらめっこをしていたガーランが口をはさんだ。
「というと?」
「戦闘記録を確認してるんだが、どうも米軍の連中、件のUFOを捕まえたいらしい。ハッ、サウスアイランドからロズウェルに改名すべきだなぁオイ」
「捕まえたい……なるほど、だから超機臣か。海上でアンノウンを撃墜してしまっては、回収部隊が到着する前に海中に沈むか波に流されてしまう」
「ま、素直に考えりゃそうなんだろうなぁ」
「うん? それ以外に何があると?」
「あぁ? 最初から言ってるじゃねえか」
ニマニマと、妙に機嫌よさげにガーランは言う。
「UFOだ、ってよ。はてさて、半世紀越しにUFOの日の真実がつかめるかもしれねえなぁ?」
ガーランは宗教が嫌いだ。けれども逆に、オカルトは大好きなのだった。




