閑話:ロボット×悪役令嬢ジャンルは今これを読んでるよ! 今回の敵はこれ! 1
「クソッたれがぁ!!!」
深夜の路地裏、罵倒と共にポリバケツが蹴り飛ばされてゴミが散乱した。
荒い息を吐き、薄くなったスリッパで地団駄を踏み出したこの男は、名を大池利一と言う。年齢は54歳で、最終学歴は中卒で、中学生になると同時に新聞配達の仕事を始め、中学卒業と同時に働き始めた。当時は『金の卵』ともてはやされた若者たちの一人であった。
高校に進学するやつは馬鹿だ。女が勉強するのは金の無駄だ。
大池利一の座右の銘である。中学生活の3年間ずっとそう思い続けていたし、中学卒業後の29年間ずっとそう思い続けている。
だから大池は気に食わない。
自分よりも若い連中が、高校を、あるいは大学を卒業して入社したガキの方が、大池よりも高い給料を貰っていることが腹立たしい。
大池は結婚できないのに、大池より若い高卒大卒のガキ共が結婚していることが腹立たしい。
大池の両親はもう死んでいるのに、ガキ共の親が生きていることすらも腹立たしい。
―――特に、若い女に命令されることが何よりも腹立たしい。
だから仕事を辞めてやった。
大池がいなければあの会社は立ち行かないのだ。今に戻ってきてくれと泣きついてくるに決まっている。
だが、それだけでは大池の怒りは収まらない。名前を覚える価値もないあの女よりも高い給料が払われなければ、あの女よりも高い地位が約束されなければ、あの女が土下座で許しを請う姿を見なければ。
当然、その日が来ると思っていた。
その瞬間が来る日を、大池は今か今かと待ちわびた。
変なところで、変な義理が働いた。転職して評価されて重要な地位に就いてしまうと元の会社に戻るのに苦労する。そう考えた大池は、新しい働き口を探すこともしなかった。
すぐに前よりも生活が良くなるのだからと、生活のグレードも上げた。毎日の晩酌は安酒から月桂冠に代わり、酒の肴も以前はたまの贅沢にと頼んでいたものを毎日注文するようになった。
残った貯金は、みるみるうちに減っていた。
当然、その日が来ることはなかった。
貯金は無くなり、家賃は払えなくなり、生活保護という知識は大池の中に存在しなかった。仮に知っていたとしても、カスみたいなプライドのせいで申請することはあり得ないのだが。
現在は住所不定の無職である。
詰みだった。
高校に進学するやつは馬鹿だ。女が勉強するのは金の無駄だ。大池利一の座右の銘である。
やはり正しかった。大池は確信した。あいつらは馬鹿過ぎて、大池が必要な人材だということにすら気付けないのだ。しかし、まさかこれほどまでに馬鹿だとは、大池にとっても想定外だった。
そして、その馬鹿たちのせいで、大池は詰んだのだ。
怒り心頭で会社の戸を叩いき、あの女を出して土下座させろと地団駄を踏みながら叫んだ。相手にされず、連日直訴するようになった。
そして現れたのは、件の女社員ではなく警察官だった。
現在は住所不定の無職、前科一犯である。
「―――大池利一さん、ですね?」
そこに、声を掛ける男がいた。
すっかり夜も更けているのに、律義に身なりの良いスーツに身を包んでいる。キツネのように細い顔で、キツネのように細い目で、ゴミの匂いが服に付くのも厭わずに、路地裏へと踏み込んでくる。
「なんだ手前はぁ! 【放送禁止用語】かぁ!?」
大池が放ったその言葉は、とある事件によって絶滅した朝鮮人たちを揶揄する時に使われる、ひどく侮辱的な言葉であった。同時に、その事件によって日本が放棄した、朝鮮半島を不法占拠する者たち――世界各国から集まった、マフィアやテロリスト、思想犯――を表す言葉でもあった。
「フフ、あながち間違いでもありませんね。大池さん、どうかお話を聞いていただけませんか? 私たちは貴方を、貴方のような優秀な人を必要としているのです」
優秀。
必要。
その言葉は、荒んだ大池の心の中に、するりと入り込んだ。
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―――制裁を与えなければならない。そうは思いませんか?
―――貴方をこんな目に合わせたあの女に。あんな女が評価される間違った社会に。あの女を社会に出した学校に。
―――貴方は正しい。その事を世に知らしめるためにも、是非とも成し遂げて欲しいことがあるのです。
―――この腐った社会を管理する者たちを育てる学び舎に、あの女の母校に、貴方自身の手で正義の鉄槌を下すべきなのです。
にちゃりと笑う大池の目には、狂気の色が宿っていた。
高校に進学するやつは馬鹿だ。女が勉強するのは金の無駄だ。
大池利一の座右の銘である。
今こそ、過ちは正さねばならない。