UFOの日の真実 その4
「ブァ~~~~~ッッッ…………カじゃないの?」
エレオノーラはそう吐き捨て、去っていった。
時は放課後。麗奈と有栖、そして六華は、ライナスの決闘を前に、別クラスの異文化部部員を呼びに来たところだった。その一人がエレオノーラだ。
廊下は、決闘を見に行こうとする生徒たちで溢れている。人の波に紛れたエレオノーラは、すぐに見えなくなった。周りの生徒と違い、彼女の行き先は寮か図書館だろう。
このクラスにはもう一人の部員、エーリカ・レムナントもいるのだが、今日は休みの様だ。学園内でも寮内でも平日に休日区別なくべったりと付きまとわれているエレオノーラ曰く、昨日から姿を見ていないらしい。
仕方がないと、麗奈たちはライナスたちと合流することにした。男子たちは既に、鍋島から決闘の場所として指定された場所へと移動しているはずだ。
「ええっと、武道館、だっけ? 」
「いえ、野亜さん。細かいですが、武道館ではなく武闘館ですわ」
武闘館、というのは正式な名称ではない。花山院学園にある建物の一つで、空手や柔道、合気道、ボクシングなど、格闘技系の部活の活動場所が階を別にして、一つの建物に集められているのだ。
収容人数も建物の大きさも、日本武道館とは比べ物にならない程に少なく、小さい。一つの部活に二、三十人程度の部員がいて、その全員で鍛錬をするのであれば不足しない程度の広さはある。だが武道館のように、花山院学園の生徒全員を収容するのは、どう考えても物理的に不可能だ。
という説明を聞いた六華は、
「実はその武闘館の地下に、武道館っぽいのがあって、全員が収容できるとか? そういうの漫画で読んだことあるよ!」
≪俺も全く同じこと思ってる≫
「いくらなんでも、そんなものはありませんわ」
≪ねえのかよ! つまんねえ世の中だなぁオイ!≫
「六華ちゃんも読んだことあるんだ。でもあれって確か、東京ドームの地下じゃなかったっけ?」
≪つーかなんでボクシング? ロボット作品なら決闘だってロボットでやるもんだろ≫
(無茶苦茶過ぎますわ……。いくら花山院と言えど、何でも出来るわけではありませんわよ)
≪俺の時はそうだったぞ。お互いに新型機を持ち込んでな、決闘を挑んできた馬鹿どもを千切っては投げ千切っては投げの五人抜きよ。正確には一人は戦う前に棄権したんだけどな≫
知っている。有名な話だ。
時は一五五〇年、場所はリントヴルム王国、現在はドイツと呼ばれるこの国で、一人の公爵令嬢が、一機の新型ドール・マキナを発表した。
ローズ・ローヴェ。
ドール・マキナの歴史、その中でも転換点の一つだと言われている傑作機だ。当時のそのほかの最先端機、その5倍ものスペックを誇ったと言われ、ローズ・ローヴェで初導入された様々な技術は、現代でも多くのドール・マキナ開発に使われている。マリアが歴史に名を残しまくった、記念すべき最初の一つでもあった。
そうして三人で雑談を交えながら、ついでにマリアの言葉を無視しながら歩みを進めると、目的地が見えてきた。
やはりというか当然ではあるのだが、多階建ての建物の周りには、建物の中に入り切れない生徒たちで溢れている。高等部だけではなく、中等部や初等部の生徒も多い。放課後になるまでの間に、決闘のことはすっかり噂になっているようだった。
ちなみにだが、教師たちは誰一人として止めようとしなかった。今日一日、放課後にライナスが決闘をするとは思えないように、実にいつも通りに授業は進んでいった。
「……これ、中に入るだけでも随分と苦労しそうですわね」
結論から言うと、麗奈のそれは杞憂だった。
麗奈たちが武闘館に向かって歩き出すと、モーゼが海を割るかのように、人垣が左右に分かれていく。
「なんかこれ、ズルしてる気分」
「気にすることはありませんわ、野亜さん。わたくしたちは異文化部。そしてライナス様は留学生であり異文化部の部員でもあるのです。ならばわたくしたちが介入するのは、至極当然なことですわ」
≪武力介入~~~!≫
「それよりも問題なのは……」
麗奈は聞き耳を立てた。
「し、獅子王様だわ……!」「いつ見てもお美しい……」「踏まれたい、あの御御足」「やはり今回の決闘、思うところがあるのでは……!?」「金! 暴力! 女帝!!」「つーか何で決闘することになったの?」「お前知らないのかよ。獅子王様の婚約者候補の一人、ライナス王子に色目を使った女がいて、その女には婚約者がいて、その婚約者にお前の監督不行き届きだからって、獅子王閣下が王子に女共々ボコるように命令したらしい」「そこを王子の計らいで、婚約者の男子生徒とだけボクシングで話を付けることになったらしいぞ!」「えっ、俺は鍋島が婚約者を王子に妊娠させられたから決闘を挑んだって聞いたぞ」「女って二ヶ月かそこらで妊娠が分かるの?」「やーい、お前の婚約者妊娠済み~」「おい、止めろよ! 想像すると、うっ……なんか、こう、股間に来るものが……!? なんだ、この力は……」「お前も資質があるようだな……。暗黒面のパワーは素晴らしいぞ」「私がお前の子供の父だ」「止めろ! 俺をダークサイドに堕とそうとするんじゃあないっ!?」「オッズは王子がかなり優勢だ! もうすぐ締め切るぞー!」「王子に三口くれ」「こっちは鍋島に十口だ!」「「「ライナス様に百くださいまし!!!」」」「「「百ゥ!?」」」「オッズは王子が超優勢だーっ!」「つーか女連中、これをファン投票か何かと勘違いしてねぇ?」「武闘館の地下に果たして本当に武道館が存在するのか。その謎を解明するため、我々調査隊はアマゾンの奥地へと向かった」「いやアマゾンに行っても分かんねーだろそれ」「この学園って、前身はドール・マキナの訓練施設じゃなかった? じゃあ地下にあるのは格納庫とかなんじゃないかな?」「獅子王様が他国の有力者で逆ハーレム作ってるのってマジだったんだ」
と、そんな声がちらほらと聞こえてくる。
「噂に尾ひれ背ひれが生えまくっておりますわね……」
頬を引きつらせながら麗奈が言う。
≪網タイツ付けた生足とすね毛まで生えてそうだな。それとそこのNTRを布教している男は止めろ! NTRは脳を破壊する!≫
「というか一部、非常に不名誉な噂まで流れているようなんですが」
「ねぇ、獅子王さん。一部の生徒、いや一部って規模じゃない気もするけど、賭けを始めてるんだけど、あれって止めなくていいの?」
「……止めようと思えば止めれますが、止めたら止めたでまたわたくしの悪評が立ちそうなのが悩みどころですわね。いえ、放っておいて結構ですわ、野亜さん。天皇祭……いわゆる学園祭なのですが、そこでも似たようなことはやっておりますので」
直後、人垣から人が一人、麗奈の方へと飛び出してきた。有栖は瞬時に間に割り込み、
「どわっとっとっと……!?」
それが先ほど分かれたはずのエレオノーラだったので、手刀の形を解いて、前のめりに体勢を崩していたのを受け止め、
「あっぶな……。悪いわね、アンタ……ゲッ!」
受け止めたのが有栖だと気付いたエレオノーラに、そんな声を出された。
「エレンちゃん? なんでこんなところに?」
「……人波に、押し流されて……」
ばつの悪そうに視線を逸らしたエレオノーラが、絞り出すようにそういう。それを見た麗奈は、「有栖」と言いながらパチンと指を鳴らし、その意を受けた有栖は即座にエレオノーラを確保した。
「うわっ、ちょ、放せチビ!」
「チビって、そんなに身長変わらないでしょー」
「現実を見なさいよ! 10センチは違うわ! くっそびくともしない! チビのくせに力つよっ!?」
「さて、有栖、野亜さん、エレオノーラさん、行きますわよ」
「はーなーせー!」
ジタバタと暴れるエレオノーラを引きずりながら、麗奈一行は割れた人の波の間を進む。その姿を多くの生徒に目撃されたせいで、麗奈は再びあることないこと噂されるのであった。




