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UFOの日の真実 その2


 四人はテーブルをはさんで、向かい合う形でソファに腰を下ろした。五十鈴や有栖は二人して、いくつものファミリーサイズのお菓子をバリバリバコバコと開封、テーブルの上に並べていく。


(ディン)さん、こちらをお返ししますわ」


 麗奈が森林堂の、一度に多数の本を買ったお得意様用の丈夫な紙袋から、コンビニ袋に入った荷物を取り出す。詩虞(シーユー)が元々持っていたものだ。中には袋がパンパンになるほど大量の新聞が入っていた。


「ああ、すまない獅子王」


「いっぱい入ってるよね? どうしたのこれ?」


「どうもこうも、コンビニで買ったものだ」


 詩虞(シーユー)は多数の新聞をテーブルの上に並べていく。様々な出版社の全国紙、スポーツ新聞に経済新聞、工業新聞に農業新聞と、全く共通項は見えない。ただ一点、それらの日付が全て今日、六月四日であることを除いては。


「それで、そろそろ教えていただけますか? 追われていたのはこの大量の新聞が理由なのでしょうけれど、一体誰に追われておりますの?」


「中国領事館だ」


「は? なんで?」


 五十鈴がポカンとした表情で問う。麗奈と有栖も同じような表情をしていた。


「……正確には、追われているかもしれない、という可能性レベルの話だ。だがオレが連中なら、今日この日、間違いなく監視の目を緩めることはしない」


 麗奈には思い当たる節があった。有栖と五十鈴は首を傾げた。それを見た詩虞(シーユー)は、


「……今日が、何の日か分かるか?」


 有栖と五十鈴は顔を見合わせた。有栖は当てずっぽうで「詩虞(シーユー)ちゃんの誕生日とか?」と、五十鈴はいくつかの全国紙に載っていた一面記事から「幽霊戦闘機の日?」と答え、麗奈は二人の答えを聞いて額に手をやり眉根を寄せた。


「空気を読んでいるのか本気で言っているのか、判断に困りますわね……」


「なんだよ、じゃあ麗奈には分かんのかよ」


「……言ってもよろしくて?」


「ああ。おそらく獅子王が考えていることで合っている」


 詩虞(シーユー)の言葉を聞いた麗奈は一つ頷き、



「六月四日は、天安門事件が起きた日ですわ」



 六四天安門事件。一九八九年六月四日に、中国の北京(ペキン)市、天安門広場にて発生した大虐殺事件だ。当時、民主化を求めて集まったデモ隊に対し、中国政府は軍隊による鎮圧を敢行した。


 当時の中国陸軍は、国産ドール・マキナ、新型の戦車型超機臣(チョウキジン)に配置転換が行われたばかりであり、近く軍事パレードでお披露目が予定されていた。だが、軍事パレードの前に天安門事件が発生。民間人の大量虐殺という最悪の形で、新兵器が披露されてしまったのである。


 この事件から、他国は戦車型超機臣(チョウキジン)に対する忌避感情が強くなり、超機臣の研究・開発が中国一国に偏っている原因にもなっている。


「あれから十一年が経つが、中国当局はこの件について情報統制を徹底している。国内では調べるだけで命の危険がある程だ」


「それが分かってんのに調べてんのかよ……」


「ああ。国内で調べられないなら国外で調べるしかない。これは()()()()にとっても千載一遇の好機だ」


≪こいつ絶対中華系乙女ゲームの攻略キャラクターだろ! 攻略ルート入ったらクーデターで国家転覆が起きること間違い無し! 俺には理解(分かる)。だって俺らも中国を舞台にした乙女ゲーム作ろうって話出た時にみんな真っ先に提案したし。まぁ前に作ったゲームのせいで俺らの会社の連中全員中国に出禁にされてたから取材できずにボツったんだけどさ。ともあれ気を付けろ麗奈。六華がこいつとデキるのだけは避けるようにしろ。とんでもないことになるぞ≫


 麗奈はマリアの言葉を無視した。


≪私を信じろシンイチ! マジで数字に出るから!≫


「あ、もしかして詩虞(シーユー)がしばらく休んでたのってそのせい?」


 詩虞(シーユー)は深々とため息をつく。


「その通りだ。携帯電話も没収され、ほとんど監禁に近かった」


≪あー、そういや聞いたことあんな。中国だとソシャゲとかネトゲが五月半ばくらいから六月中はサービスそのものが止まったり、チャット機能が使えなくなったりするって。よく考えると馬鹿なことしてるよな。そんなことやるってことは私たちは大量虐殺を実行しましたって証言しているようなもんじゃねえか≫


「よく出てこられましたわね。今日がその六月四日ですわよ?」


「日本政府がラプソディ・ガーディアンズに仕事を依頼したと聞いた。その任務で燕撃(イェンジー)への出動要請が出されていて、その打ち合わせをするから明日は登校するよう連絡があったんだ。そこでオレは何も知らない風を装って、休んでいる間にどれくらい授業が進んだかを今日中に確認しておきたいので寮に戻りたい、と具申した。どうやらそれが通ったらしい」


「よく通ったな、って思ったけど、よく考えりゃ駄目って場合の言い訳が難しいな」


 詩虞(シーユー)はニヤリと笑い、


「ああ。よもや上も『今日は駄目だ。何故なら天安門事件が起きた日だからだ』などとは言えまい。かといって無理にオレを留めた場合、翌日に学園での歓談で、どこから天安門事件の名が飛び出すか分かったものではないだろう。だから勝算は高かった」


「なるほどねー。でも詩虞(シーユー)ちゃん、学園まで待てなかったの?」


「確かに学園まで行けば、領事館の目は無くなるだろう。だが南アメリカやアフリカの留学生たちの中に、祖国の手が回っている者が紛れ込んでいる可能性が高い。ならば人の出入りが激しい駅で、人混みに紛れるほうが、まだ勝算がある」


「で、そうやって新聞を買った直後に俺らと会ったってわけだな」


「ああ、おかげで助かった。このような場所まで提供してもらえるとは感謝の極みだ」


「で、肝心の天安門事件については記事になってんのか?」


「分からん。店先で確認する余裕も無かったからな。悪いが手伝ってもらっていいか?」


「ええ、もちろん」

「オッケー!」

「あいよ」


 三人ともが、それぞれの言葉で二つ返事で了承した。麗奈以外は適当にお菓子を摘まみながら読み進め、


「麗奈、食わねえの?」


「いえ、わたくし、ジャンクフードは―――」


「はい麗奈ちゃん、あーん♪」


「あーん」


「…………」


「ングング……。なんですの、五十鈴?」


「いや、お前ちゃんと読んでる?」


 そう言われた麗奈は、五十鈴たちの数十倍の速度で新聞を読み進めていた。五十鈴たちがまだ一つ目の新聞の三、四ページ目なのに対し、麗奈は既に三つ目の新聞に手を伸ばしている。


「……速読が出来ますので」


 嘘、というわけではない。正確にはきちんと文面を追っているのだが、同時に発動しているパンテーラによって、周囲からは一瞬で読んでいるように見えるのだ。


 そうして、雑談を交えながら四人は作業を続けた。


   ●


「おい、居たか?」


「いや、見失った。クソッ、あの小僧、どこに消えた!?」


 街中、森林堂から羽村駅までの道中で、黒スーツに黒のサングラスをした二人の東洋人が、息を整えながら話していた。


「待て、見ろ! あの男は……! 何か知っているかもしれない」


 なおも周りを見渡していると、目的の人物ではないが、その人物と交流のある相手を見つけた。紫色の、長い髪をした男だ。マスクにサングラスで顔を隠していた。慌てて追いかけ、後ろから声をかける。


「待て、貴様、ライナス・ロンゴミニアドだな? 聞きたいことがある?」


「はい? そういうあなた方は、どちら様でしょう?」


「それを答える必要はない。こちらの質問に答えてもらおう」


「なるほど、分かりました。少々待ってもらってもいいですか?」


 そう言うと、ライナスはサングラスを外しマスクを外し、


「「「キャ~~~~~~~!!!!!!」」」


 直後、辺りを歩いていた女性たちが黄色い悲鳴を上げてライナス目掛けて殺到した。二人の黒服の男など目に入らぬ勢いで。


「「う、うわあああああ!」」


「ははははははは! 捕まえてごらんなさ~い!」


 ライナスが走り出す。


「「「キャ~~~~~~~!!!!!!」」」


 女性たちが走り出す。


「ぐわあああ!?」「ぱ、パワーが違い過ぎる!!」



 羽村市の一部で、暴動のごとき大騒ぎが始まった。



   ●


 防音が聞いた部屋の外、午後五時三十分を知らせる放送が流れている。


 麗奈一人で全体の八割ほどを読破したものの、全員で全ての新聞に目を通し終わった。だが、


「天安門事件の記事は一件も無し、か……」


 疲れた風に五十鈴が言う。


「テレビ欄も確認してみたけど、それらしい番組はどこにもないねー」


 有栖はそう言いながら、テレビのリモコンでチャンネルを順に変えていた。


「そうか……。やはり十一年も経っていると、世間の記憶も薄らぐものなのだな」


『次のニュースです。本日三時過ぎに羽村市で発生した暴動ですが、買い物に来ていたイギリスからの留学生、ライナス・ロンゴミニアド王子を一目見ようとした人々によって発生した騒動であることが判明しま』


 有栖は無言でテレビの電源を切った。


 沈黙が、室内を満たしていた。奇妙な緊張感で満ちた空気の中、詩虞(シーユー)はすっかり炭酸の抜けたコーラで一度のどを潤し、


「やはり十一年も経っていると、世間の記憶も薄らぐものなのだな」


≪こいつ、聞かなかったことにしたな……≫


 他の三人も乗っかることにした。


「去年だったらちょうど十年目だし、なんかあったかもしれねえな」


「新聞ってどこかの施設に全部保管されてるって聞いたことあるよ。去年の今日の新聞を見せてもらう?」


「それよりも、十一年前の事件直後の新聞を申請した方がよろしいのではなくて?」


「……いや、どちらも止めておこう。万一だが、そちらを張られていたら誤魔化しようがない。オレとしても、これ以上のリスクは取れない。今日はもう解散としよう」


「そっか。じゃ、帰るか。証拠隠滅していこうぜ」


「ええ」



「すまないな、二人とも。デートの邪魔をした」



「デートじゃありませんわよ!?」

「デートじゃねえよ!?」


「む? ……そうか、なるほど。表沙汰にする訳にはいかないという訳か……! 安心しろ、今日あったことはオレの心の中に秘めておこう」


「なるほどじゃないが!?」


「というか(ディン)さん!? 有栖! 有栖がおりますわよ!? それなのにどうしてデートと言うことになりまして!?」


「何を言っている? 護衛はノーカウントだろう?」


≪う~ん、これが文化の違いってやつかぁ……≫


「だから違いますわよぉ~~~!!!」



 麗奈と五十鈴が詩虞(シーユー)の誤解を解くのには、結構な時間がかかった。



UFOの話をする前にね! 天安門事件の話もするんですけどね!

一応言っておくと、これは中国への挑発とかではなくって、

・この世界でも天安門事件は起きたのだという世界観の掘り下げ

・天安門事件を追う中国人留学生というキャラクターの掘り下げ

・中国以外で戦車型可変機が作られない理由の掘り下げ

とわりかし役割が多いので重要度と必要性が高い話だったりします。


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