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馬鹿が裸でやってくる その12


「測距寄こせぇ!」


『ヴァイスエルフ取得データ、イクスとの共有確立を確認!』


 イクス・ローヴェ・パンツァーのコックピット内サブモニターの一つに、空から海上を見下ろした映像が表示された。ルスタンハイツ・ヴァイスエルフが現在進行形で取得している動画データだ。


『推定敵機数、64機! カレトヴルッフ、カルージャ、アルジーナ、順次発進します!』


 ガーランはジェシカからの追加情報には返事をせず、マスコミたちに向けていた機体を海の方へと向けた。サブモニターから適当な一機を攻撃対象に設定する。頭部のマルチブレードアンテナが周辺情報を取得し補正を掛ける。


「推定距離は約40キロ。ま、全裸男(フルフロンタルマン)なら余裕で届く距離だぁな。……だがなぁ、そりゃあ別に、手前らの専売特許ってわけじゃあねえんだぜぇ?」


 バチリ、とイクス・ローヴェ・パンツァーの背中から延びる二本のハイブリッド・キャノンの周辺に紫電が走る。


「風向きよぉ~し、湿度よぉ~し、ついでに他の諸々全部まとめてよぉ~~~し! ほんじゃま、とりあえずやってみっかぁ!」


 イクス・ローヴェ・パンツァーが足を開き、腰を落とした。地面のアスファルトが踏まれただけで割れ、足が地面にめり込む。


 コックピット、サングラスにモニターの光を反射させながら、ガーランは獰猛な笑みを浮かべた。モニターが、ロックオンのマーカーを表示する。


「ハイブリッド・キャノン! テストショットォ!!!」



 音が、消えた。



 大口径レールガンの発射で、強力な衝撃波が発生したからだ。余波は、離れた場所にいたはずの人々にまで余裕で到達した。警官の帽子が吹き飛ばされる。重いテレビカメラを構えていた撮影スタッフがたたらを踏む。ニュースキャスターのお姉さんのスカートが大きく翻ったが、カメラが明後日の方向を向いていたので放送事故は避けられた。イクス・ローヴェ新形態で祭りが始まっていた匿名掲示板ではパンツもパンツァーも映らなくて「カメラさんもっと下」という書き込みが相次いだ。


 近くの影響はもっと凄まじい。踏み砕いたアスファルトの破片がさらに細かく砕かれた。大きな破片が宙を飛ぶ。一番近い位置に駐車されていた新聞記者八代志知樹24歳の車がひっくり返り、そこに吹き飛んだアスファルト片がガンガンとぶつかり、何度も横転を繰り返しながら、あっという間にボッコボッコにひしゃげていく。新車だった。三年ローンで購入し、俺は今日から風になるぜとゴールデンウィーク初日に合わせて今朝納車されたばかりである。総運転時間は30分にも満たない。紛れもない、新車だった。


「俺の新車ァーーー!!!?」


 八代志知樹24歳の絶叫は、誰の耳にも届かなかった。


 同時、地平線の向こう側から、黒い爆炎が立ち昇った。イクス・ローヴェ・パンツァーの砲撃が全裸男(フルフロンタルマン)に命中したのだ。


「ットライーーーックッ!!!」


 ガーランが中指立てながらガッツポーズ。しばらく間をおいて届いた爆発音を聞いて、ふと麗奈の中に恐ろしい予感が浮かぶ。


『……あれ、さすがに死んでおりませんの?』


『派手に爆発したってこたぁ弾薬庫(胴体)にぶち当たったっつーことだ。コックピット(キンタマ)が落ちて海の上を漂ってるだろうさ』


『下品な例えは止めていただけます? それと、もしかして一匹一匹、そうやって長距離砲撃で倒すおつもりですの?』


『アホ言うな。全部命中したとしても弾が足りねえよ。だからよ、そら来たぜ! 騎兵隊の登場だ!!』


 再び飛んできた多数の砲弾が、右斜め上からの極太ビームによってまとめて薙ぎ払われた。アージュンが操縦するガネシタラ・アルジーナの大口径ビーム砲、ナヴィープラーヴァによるものだ。


 さらに、ナヴィープラーヴァの射線を通らなかった砲弾が次々と空中で撃ち落とされた。ライナスの愛機、カレトヴルッフがハイブリッド・ライフルで狙撃しているのだ。


 それでも抜けた砲弾は、ルドラのガネシタラ・カルージャが振るう長槍トリシューラによって切り払われた。最後まで残ったものをローズ・スティンガーが全て処理するが、その数は大きく減っていた。


『こいつらだけで迎撃できる数になるまでは減らす! あとはレイナ、手前等の出番だ!』


 イクス・ローヴェ・パンツァーと並ぶようにカレトヴルッフとアルジーナが着地し、カルージャはローズ・スティンガー同様に空中に留まる。各々が砲弾の迎撃を始め、


『ハイブリッド・キャノン! フォイアー!!』


 ガーランだけは長距離砲撃で敵の数を減らしていく。


 それらを数度繰り返した頃、ライナスが提案した。


『思ったより時間がかかりますね。ちょっと飛んで行って何機か落としてきましょうか?』


『馬鹿かイギリス人。そうやって無理に接近しようとして、どれだけのドール・マキナが全裸男(フルフロンタルマン)の餌食になったかを知らんのか?』


『ははは。アージュン先輩では出来ないのでしょうけれど、私ならあれくらい避けながら近付くのは余裕です』


『言ったなイギリス人! うちのルドラもそれくらいは出来る!』


『待て、アージュン。なぜそこでオレの名前を出す? 遠回しに死んで来いと言っているのか?』


『あーっと、盛り上がってるところすみません。こちらヴァイスエルフ、石川春光です』


『あら、春光さんも来られてたんですね』


『酷いなぁ、麗奈さん……。ライブラは東京近郊でしか使えないからね。今回はこっちから指示を出すよ』


≪ず、ずりぃー!!! お前原作ゲームだとどんなステージでも強制出撃で最弱ユニットで撃墜されたら強制ゲームオーバーだったじゃねえか!!≫


 麗奈はマリアの言葉を無視した。


『ライナス殿下の先ほどの提案ですが、全面的に却下です。敵群は領海の外に布陣しています。原則、僕たちの活動可能範囲は日本国内に限られます』


『領海は最大12海里、約23キロ。全裸男(フルフロンタルマン)は40キロほど先にいるから、まぁ当然だな』


『実際にはいくつも小島を挟んでいるので、皆さんがいる場所からちょうど12海里が領海の境界というわけではありませんが、それを考慮しても領海の外ですね』


『仮にですが、もし私がそちらで戦ったとなるとどうなります?』


 ガーランは一瞬だけ考え、


『ロシアと中国が黙っちゃいねえだろうな。既にディン・シーユーやエレオノーラ・ペトロヴァが留学しちゃいるが、俺らが侵略しないか監視するには一人じゃ不十分と主張して、日本国内に軍隊を常駐させようと交渉してくる、ってところか』


『米軍空母が既に停泊していますからね。素人考えですがそこを突かれると不利だと思います』


『クックック……日本で代理戦争がいつ始まってもおかしかねえな』


 ガーランと春光の意見を聞いたライナスは、それでもこう思う。()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。だが、


『つーわけで止めとけ、ライ』


『ガルがそういうなら止めておきますか。ところで素人質問で恐縮なのですが』


≪クソ謙遜インタラプトカウンタースペル止めろ≫


『私が駄目でレイナさんが突っ込んでいいのは何故なんです?』


『日中露対海賊同盟というものがあります。簡単に言えば、わたくしや(ディン)さん、あとついでにエレオノーラさんも、ロシアや中国の領海に近付き過ぎなければ、日本海で海賊狩りが出来ます』


 アタシを数に入れんじゃねぇー! という通信が入ったが、誰もが無視した。


『つーわけでレイナ、あと何機か落としたら、突っ込め』


『あっさり言ってくれますわねぇ……』


 こうして会話している間も、ガーランが砲撃によって全裸男(フルフロンタルマン)を間引き、密度が減ってきた砲弾の迎撃は続いていた。


報告(リポート):ミス麗奈。当機の計算によると、残り四機の撃墜で、ローズ・スティンガー抜きでも十分に迎撃できるだけの安全マージンが確保されます≫


 ドライコインの言葉を聞き、麗奈はその瞬間が訪れるのを待つ。


 イクス・ローヴェ・パンツァーのハイブリッド・キャノンが放たれ、地平線の向こうでニ十一回目となる黒煙が昇った。突入まで、残り三機。


 アルジーナのナヴィープラーヴァが、飛んできた砲弾を薙ぎ払う。突撃まで、残り二機。


 カレトヴルッフのハイブリッド・ライフルが、薙ぎ払ったビームの範囲外の砲弾を撃ち落とす。残り、一機。


 カルージャの振るった槍が、狙撃し切れなかった砲弾を切り飛ばす。そして、



『―――行けレイナ! 全部まとめて叩き切ってこい!!』



 二十四機目の全裸男(フルフロンタルマン)が撃墜されると同時、ローズ・スティンガーが空を疾走(はし)った。


 大気が、爆ぜた。イクス・ローヴェ・パンツァーの主砲を優に超す衝撃波を発生させ、赤き女神がオレンジの軌光を引きながら空を駆ける。海が割れ、莫大な海飛沫をまき散らしながら敵の群れへと直進する。極端な前傾姿勢だ。刀身を右肩に乗せ、切っ先は真後ろを向いている。


 途中、


報告(リポート):敵砲弾、直撃コース≫


 見えている。麗奈の高速思考能力(パンテーラ)によって、ローズ・スティンガーの移動方向から飛んできた巨大な鉛の塊を。


≪避けて見せろよ!≫


 音速を超えた速度で砲弾が飛ぶ。その砲弾を遥かに超える速度でローズ・スティンガーが進む。高速思考能力(パンテーラ)による遅延知覚の影響があってもなお急速に両者の距離は近付き、麗奈はそれを、


(―――邪魔!!!)


 激突した。切るでもなく、防ぐでもなく、弾くこともしない。姿勢を変えず、ただただ直進を続けたのだ。


 轟音が鳴った。衝撃波で海上が綺麗な円痕を作る。砲弾が木端微塵に砕け散る。



 傷一つ付かなかったローズ・スティンガーが、速度を更に上げて直進した。



 完全な、ノーダメージ。赤き女神に対し人類が生み出した破壊の力は、極小の瑕疵すらも与えることは出来なかった。


 そして、ローズ・スティンガーは寝かせていた刀身を起こし―――


   ●


「海の上を、雷が走ったんです」


 ジェシカ・ノイベルトは、今回の戦闘におけるレポート作成の情報提供の場で、ろくろを回すような姿勢でそう証言した。当時、上空のルスタンハイツ・ヴァイスエルフ艦橋にいた通信クルーだ。


「現実の雷じゃなく、もっと漫画的(カトゥーン)な感じです。ほら、現実の雷って、左右へ揺れるのよりも下に進むベクトルの方が強いじゃないですか。でも、あの動きは違ったんです。全裸男(フルフロンタルマン)は広く分布していました。アッヘンバッハ先輩やシュンコウ君も解析してくれましたが、だいたい一キロ四方の範囲内に散っていたらしいです。そこを、こうジグザグー、と」


 ジェシカは人差し指を立てて、左右に細かく振りながら言う。



「1秒とかからず、ローズ・スティンガーはバラバラの位置にいた全裸男(フルフロンタルマン)40機を、一瞬の間に全部切ったんです」



   ●


「―――巧偽雲耀(こうぎうんよう)・迅雷」


 ローズ・スティンガーは全ての全裸男(フルフロンタルマン)を背にし、剣を振り下ろしていた。直後、背後から無数の轟音が重なった。残る40の全裸男(フルフロンタルマン)、その全てが、一機残らずほぼ同時に爆発したのだ。


≪あー、これイベント戦闘扱いで、撃墜数にはカウントされなさそうだなー≫



 ―――善因には善果あれかし。悪因には悪果あれかし。天与えぬなら人が為すべし。



 故に、



「―――人誅!」



 悪因、()くして悪果と為した。


≪バニーガールの格好ってのが締まらんな。でもバニーガール姿で戦うのはロボットアニメ女主人公のノルマみたいなもんだからさ、あんま気にすんなよ≫


 台無しだった。


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