馬鹿が裸でやってくる その8
尻。
バニーガールの衣装に包まれた尻を四つん這いの姿勢で左右に振りながら、麗奈はローズ・スティンガーのコックピットシートを覆う市松模様の布を外していた。布の裏のクッション材が姿を現す。
「あら、予想よりも随分とボロボロになっておりますわね……」
≪まぁこのシート、ローズ・スティンガーが取り込んだのって四百年以上前なんだもん。まだちゃんと形が残ってるだけ凄ぇよ≫
以前に麗奈がマリアに確認したところ、ローズ・スティンガーのコックピットシートは市松模様などではない無地のものだったらしい。となると、これは麗奈の前にローズ・スティンガーに主として認められていた曽祖父、豪蔵のものに相違あるまい。
つまるところ、この織物は、麗奈の祖母である緋蜂からしてみれば、テロリストによって命を奪われた父親の形見の品に他ならない。
麗奈も前々から抵抗を感じてはいたのだ。曽祖父の形見の上に尻を下ろすことに。だから機会があれば交換し、緋蜂に渡したいと考えていた。今はバスジャックの現場に向かうかたわら、シートの布地交換の真っ最中だった。
惜しむらくは、交換用のシーツを用意する時間はあっても、バニーガールの恰好から着替える時間まではなかったことだろう。だから今の麗奈は、ウサミミのカチューシャだけが足りないバニーガール姿のままだった。
そうして正面方向に尻を向けた体勢で、あらかたシーツの交換が終わった頃、
『おい麗奈! 聞こえてるか!?』
「あいたぁ!?」
突如コックピット内に聞こえた五十鈴らしき声に麗奈は思わず飛び上がり、天板に思いっきり頭をぶつけた。涙目になりながら振り返り、真新しい赤いシーツに張り替えたコックピットシートに改めて座る。尻の上辺りにある丸尻尾のせいで微妙に座りが悪かった。
「え、五十鈴? どうして五十鈴の声が聞こえますの?」
疑問符で溢れる脳裏に、ローズ・スティンガーが視覚情報を送り込んだ。モニターに映すのではなく、麗奈の脳にイメージを直接。後方から急速に近付いてくる機影が一つ。おそらくは五十鈴から事前に聞いていた案内役だろう。ローズ・スティンガーは世界最強だ。だがコックピットの機材を更新できない関係で、通常の戦闘用ドール・マキナであればまず確実に搭載されている地図照合機能が搭載されていない。だから他の機体に目標地点を誘導してもらう必要があった。
≪おいおいマジかよ。四百年以上前の通信規格だぞ。まだ使われてんのか?≫
「五十鈴? わたくしの声が聞こえていますか?」
『おーい麗奈ー! 聞こえているなら返事しろー!』
「聞こえておりませんのかしら?」
《あーっと、麗奈。左上に六個並んでるトグルスイッチあるだろ? それ全部上に上げろ。どれかは繋がるはずだ≫
マリアに言われた通り、麗奈はトグルスイッチに手を伸ばし、一つ目を上に跳ね上げ、
―――パキン!
「折れましたわよ!?」
≪ンアーッ!?≫
≪感想:四百年以上前のものですからね。当然ですが経年劣化しています≫
≪て、丁寧に! 残りは丁寧にな!?≫
言われた通り丁寧に、一つずつ上に上げていく。それでも二つが追加で折れたが、三つは上に上げることに成功する。
「―――五十鈴、聞こえますか?」
『お、聞こえる聞こえる! おっしゃ繋がった繋がった!』
そうしている間に、後ろから近付いてきた空色の戦闘機がローズ・スティンガーに並んだ。中国軍が開発した可変機構搭載型ドール・マキナ、燕撃だ。ローズ・スティンガーが合流のために落としていた速度を上げて並行する。
「そちら、丁さんの超機臣ですわよね? どうして五十鈴が乗っておりますの?」
『戦争してた頃にローズ・スティンガーとの連絡に使ってた通信機を爺さんから借りてきたんだよ! 詩虞の後ろに乗ってる!』
「なるほど、安心しましたわ。五十鈴のことですから丁さんをだまくらかして操縦しているのではないかと不安でしたが」
『俺を何だと思ってんだよ!?』
「ドール・マキナオタクですわ」
『それは否定しないがそこまでするほど馬鹿じゃねえよ!』
五十鈴はそう反論するが、麗奈は知っている。東京湾に停泊する二つの軍艦、ドイツ軍の揚空艦ルスタンハイツ・ヴァイスエルフと、アメリカ軍原子力空母サウスアイランド。この二隻には直掩機が搭載されているに違いあるまいと推測した五十鈴が、鼻息荒くガーランやエーリカにちょっとでいいから操縦させてくれないかと頼み込んでいたことを。ちなみに当然だが断られている。
『アホなこと言ってねえで作戦を詰めるぞ。九州まであと10分もねえだろ』
「ええ、そうですわね。五十鈴、丁さんとお話は出来ますか?」
『直接は無理だ。俺が経由する』
「それで構いません。作戦ですが、わたくしに良い考えがあります」
≪それ失敗フラグだぞ≫
麗奈はマリアの言葉を無視した。五十鈴に自分の考えを伝えると、呆れた声が返って来た。
『おいおいマジでか? 本当に出来んのかよそんなこと』
「出来ますわ。わたくしが誰で、実行するのが何だと思っておりますの?」
『サッカーのルール理解できずに競技機ごと蹴り飛ばしたじゃねえか』
「全ては過去! 終わったことですわ!!」
『過去ォ!?』
≪止めろ止めろ! 劇的な幕引きシーンをギャグみてーなやりとりでオマージュするな!!≫
麗奈はマリアの言葉を無視した。
「ともかくです。オモイカネに覆われたドール・マキナならまだしも、ただのバスの外装であれば問題ありません。案内役が単なる戦闘機ではなく、ドール・マキナにもなれる超機臣なのは幸いでしたわね」
『…………。麗奈! 詩虞はオッケーだってさ!』
「よろしい! 全ての条件はクリアされましたわ!」
≪だから失敗フラグ立てるのやめーや≫
「飛ばしますわよ~~~!!」
『待て待て待て! 燕撃はもう最高速なんだよ! これ以上は出せないから先行くな馬鹿!!』




