馬鹿が裸でやってくる その7
ここで着替えイベントを発生させるために、麗奈が自身の非日本人的な外見にコンプレックスを持っている必要があったわけなんですね
麗奈は客人たちに着物を見繕った。自分の着替えなど後回しだ。
六華が着ている着物は乳白色の生地に、処々に水色の星の結晶の模様が入ったものだ。この中で唯一普通の日本人然の外見ということもあり、普通に似合っていた。
エーリカは黒い生地をベースに、赤や白の花と金の線で彩られたひときわ派手な着物だ。最初はちゃんと着付けていたのだが、胸の苦しさに音を上げて、今は肩を見せた花魁スタイルになっている。麗奈の祖母が見たら卒倒間違い無しだろうと麗奈と有栖は頭の片隅で思う。
ハリシャは桜色の生地で、淡い色の花が入ったものを自ら選んだ。麗奈や有栖が手伝うまでもなく、自分一人であっさりと着付けてしまった。
一番難航したのがエレオノーラだった。着物を着るのを渋ったのではなく、本人が気に入ったものを見つけるのにかなりの時間がかかったのだ。最終的に本人が選んだのは、幾何学模様が入った青緑色のものだ。
「いい仕事をしましたわ~~~!」
初めての体験に、麗奈は大きな充実感を得ていた。さて自分は今日はどれを着ようか、と考え始めたところで、エレオノーラに後ろから肩を叩かれた。
「ねぇ、獅子王麗奈。さっき色々と探してるときに、ちょっと見つけたんだけどさ」
そう言ったエレオノーラが持っているのは、紺のセーラー服だ。
「これ、中等部の制服よね? アンタが着てたやつ?」
「ええ、そうですわね」
「えっ、獅子王さんの中等部の制服!? 見たい見たい!」
エレオノーラはニンマリと笑った。
「ねぇ、獅子王麗奈。ホストはゲストを楽しませるのが責務だとは思わない?」
「まぁ、わたくしは別に構いませんが」
というわけで、着替えてみた。最後に着たのは一ヶ月半ほど前のことだが、なんだか随分と懐かしいようにも感じる。そして、
「卑猥ね」
というのが、エレオノーラの第一声だった。
「ちょっと、卑猥ってどういうことですの!?」
「乳がデカくて布地が浮いてヘソが見えちゃってんじゃん」
麗奈が両手でバツを作るようにヘソを隠した。
「中等部の頃は下にTシャツとかキャミソールを着てましたわよ!」
「う~ん、エレンちゃんに同意かなぁ」
「野亜さんまで!?」
「いや、ほら、高等部のブレザーを見慣れてるせいか、なんか、こう、いけないものを見てる気分」
「いたって普通の恰好ですわよー!?」
「イエース! It's normal!」
「アンタの恥的感覚じゃ当てにならないわ」
≪スマン、俺たちがお前をエッチな身体にデザインしたばっかりに……≫
「じゃあ次、これ着てみない?」
そう言ってエレオノーラが取り出したのは、綺麗な赤色のチャイナドレスだった。
「なんでここにこんなものが!?」
「え、普通に洋服のグループの奥の方にあったわよ」
「あー、麗奈ちゃん、そっちには全然立ち寄らないから」
「それは気付かなかった理由であって、こんなものがこんな所にある理由にはならなくてよ!?」
「いや、アレじゃないの? アンタの親が使ってたんじゃ?」
「使うって、何にですの?」
「え、そりゃぁ……夜のマンネリ防止に?」
≪ふしだらな母と笑いなさい≫
「人の親で変なこと考えるのやめていただけます!?」
……一応、念のため、麗奈及びその両親の名誉のために補足しておくが、これはそのような行為に用いたものではなく、麗奈や有栖や春光の母親が花山院学園の高等部学生だった頃、文化祭で使用していたものである。
「まぁまぁ、ちょっと着てみてよ」
「いえ、流石にこれは……」
「ねぇ、アンタたちも獅子王麗奈がコレ着てるところ、見てみたいわよね?」
再びエレオノーラがニンマリと笑う。六華とエーリカは目を輝かせて、ハリシャは諦めたように苦笑し、そして有栖は携帯電話のカメラを向けていた。
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麗奈はイロモノマネキンにされた。チャイナドレスの次はナース服。ナース服の次はミニスカポリス。ラメの入ったボディコンに、正気と思えぬほど露出が激し過ぎる夜会ドレス。日常生活ではまず着ることが無い様々な服を着せ替えられていく。
そして今はバニーガールの格好をしている。あとは頭にウサミミのカチューシャを装着すれば完成だ、というところで、有栖の携帯電話に着信があった。
「もしもし~? 五十鈴ちゃん? …………。うん、みんなで遊んでるところ。……。うん、麗奈ちゃんもいるよ。……。え、テレビ? あるけど」
「わたくしで遊んでいるの間違いでは?」という麗奈の文句を無視して、有栖は化粧台に置かれていたテレビリモコンでテレビの電源を付ける。ゴールデンウィークのアニメ特番が流れていた。
「何番ー? ……。ほいほい、1番ね」
有栖がチャンネルを切り替える。テレビに映ったのは、三車線道路を走る一台のバスが、恐らく報道ヘリによって上空から撮影された映像だ。奇妙なことに、バスの周囲には一台の車の姿も見えない。前後左右はおろか、対向車線からもだ。
そして、麗奈たちがそこに出てきたテロップにでかでかと書かれた文字を認識するのと、フリーハンドがオフであっても麗奈たちにまで聞こえる程の大声で五十鈴が叫んだのは同時だった。
『バスジャックだってよ!!』
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―――善因には善果あれかし
―――悪因には悪果あれかし
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コンビニ店員三栖がそれを見たのは偶然だった。店の周りの清掃をしようとホウキとチリトリを手に店先に出て、空が暗くなったことでまた日食か、となんとはなしに空を見上げたからだった。
三栖は見た。恐らく発進地点はすぐ近く。隣の花山院学園がある敷地よりさらに奥。オレンジ色の光が勢い良く天へと登り、一瞬の間に何十回と明らかに慣性を無視したジグザグ飛行を行い、そして跡光を残しながら西の空へと消えていくのを。
UFOだ。間違いない。コンビニ店員三栖は確信をもってそう思う。ポカンと口を開けた間抜け面で、西の空を見上げたままで。なんでも世界的に有名なUFOの日が来月に控えているらしく、何日か前に仕事から帰って夜中にテレビを付けたらUFO特番をやっていたのだ。だからUFOだとしか思えなかった。もしかしたらミステリーサークルの一つでも残っているかも知れない。
そうして掃除もせずに西の空を見上げたままでいると、後ろから自動ドアが開く音とチープな電子音が聞こえた。
「三栖君? 何かあったのかい?」
振り返ると、コンビニ店長の爺さんだった。三栖はホウキを持ったままの右手で西の空を指差し口から唾を飛ばしながら、
「ててててて店長! UFO! UFOUFOUFO!!」
「あぁ~~~~~~」
元酒屋現コンビニ店長の爺さんは、魂が抜けるような声を漏らしながら過去を回想する。あれはそう、まだ第二次世界大戦が始まるよりも前。イガグリ頭で花山院学園の野球少年をやっていた頃のことである。今の若い子はアレをそういう風に言うんだねえと思いながら、己の経験を口に出す。
「ここいらに住んでりゃ、たまーに見るよ」
「マジっすか!? すげえな奥多摩!?」
ここでローズ・スティンガーをUFOだと誤認させるために、コンビニ店員を先んじて出す必要があったわけなんですね




