馬鹿が裸でやってくる その6
翌朝、酒瓶を抱えて五十鈴の部屋で雑魚寝している男連中とは対照的に、麗奈たちはきちんと布団を敷いて寝ていた。
「んごっ」
頬を何度も弱い力で押される感覚で、エレオノーラは目を覚ました。焦点の合わない視界の中、黒い何かがもぞもぞと動いているのが分かる。ついでに誰かが抱き着いている。柔らかな抱かれ慣れた感触で、きっとエーリカに違いないと確信する。ふと思う。なんでこいつ、アタシと同じベッドで寝てるんだ、と。部屋の鍵をピッキングでもしたか、こいつならやりかねないな、とまで考えたところで、自分が寝ているのはベッドではなく床に敷いた布団であり、天井にも見覚えがないことにようやく気付いた。
(あー、そういえば、獅子王麗奈の家に、泊まったんだっけ……?)
起き上がろうとするが、エーリカにしっかりと浴衣を握られているせいで不可能だった。首だけで周りを見渡す。肩と首の間に入り込むように黒猫がいる。白猫は見つからなかった。ついでに、他に寝ているのは六華だけだ。麗奈も有栖もハリシャも、その姿は見当たらない。
一体自分がいつ、どうやって布団に入ったのか、全く記憶になかった。そして気付く。ピンチだ。猫と巨乳に挟まれて、自分がどれほど危険な状況にあるのかに今さら気付く。
トイレに、行きたい。
意識した瞬間、急激に限界が近付いてきた。猫と巨乳に挟まれている。猫は惜しい。巨乳は惜しくない。
猫。
巨乳。
トイレ。
猫!
巨乳!
トイレ!
するりと抜け出した。エーリカからではない。浴衣からだ。あまりメリハリの無い肢体なので、特に引っかかることなく脱出できた。パンツ一枚なのは少し気になったが、どうせもう風呂で全部見られているのだし、それに昨日から男の姿は門にいた警備員くらいしか見ていない。だから別にいいかとエレオノーラは思う。漏らす方がダメージがデカい。黒猫が温もりの残る浴衣の中へと潜り込んだ。やっぱり、ちょっと惜しかったかも知れない。
そして、エレオノーラはトイレを求めて客間から出ていき―――
―――しばらくして、ハリシャに手を引かれて戻ってきた。
「何をしているんですか、エレオノーラ様!?」
「いや、トイレ行きたくてさ」
「トイレの前に服を着てください! ここには男性もいるんですよ!?」
「全然いないじゃない」
「私たちに気を使って目につかない様にしてくださってるんですよ!」
「あー、分かった、分かったから先にトイレ」
「先に服です!!」
予備の浴衣を渡された。浴衣を羽織り、再びトイレを求めて客間を出る。
しばらくして、再び戻ってきた。ふすまを少し開き顔だけを見せ、
「ごめん聞くの忘れてたわ。トイレってどこ?」
●
マジで決壊する五秒前。人生で五本の指に入りそうなほど滅茶苦茶勢いよく大量に出たトイレの帰り、エレオノーラは麗奈と廊下で鉢合わせた。麗奈の髪がしっとりと濡れているのにエレオノーラは気付く。
「おはようございます、エレオノーラさん」
「なに、朝風呂?」
「ええ、日課の鍛錬で汗をかきましたので。エレオノーラさんも入りますか?」
「あー、別にいいわ。今日は結構すっきり起きれたし、ィ~~~」
会話の途中でエレオノーラがグイッと思いっきり伸びをすれば、背中からゴキゴキと音が鳴った。次いで肩に手を当ててグリグリと回す。実に親父くさい吐息を漏らす。
「あの、エレオノーラさん? 学生寮には整体やエステを受けれる施設もあるのですが、ご利用したことは?」
「今初めて知ったわ」
「そんな気はしておりましたわ……。ああ、美容院もありますわよ。わたくしもよく利用しておりますの」
「いや、そっちはいい。いつも自分で切ってるし」
「ご自分で、ですの?」
エレオノーラは「ヘッ」と吐き捨てるように息を漏らし、
「刃物持ってるヤツ相手に、無防備になりたくないのよね」
≪軍曹か何か?≫
麗奈は何と答えていいか分からず、誤魔化すように「とりあえず、客間に戻りましょうか」と提案した。二人並んで廊下を進む。
「美容院はお嫌いなようですが、整体はお受けになられた方がよろしいと思いますわよ。わたくしから見ても身体が歪んでいるように見受けられますわ」
「う~ん、そんな時間があったら本の続きを読みたいわ……」
「筋金入りですわね」
≪歪みねぇな!≫
(いえ、身体は歪みまくっておりますわよ)
≪ホイホイチャーハン!?≫
(朝からチャーハンなんて出ませんわよ)
≪くそっ、ネタが通じねえ!? これだからお嬢様ってやつは!≫
≪感想:そもそも今は西暦2000年ってことを忘れてませんか?≫
●
「Oh,Wonderful!」
「……なんで家の中にブティックがあるのよ」
思わずエレオノーラはぼやいた。麗奈と有栖を除き、他の皆は興味深そうに目移りしている。
見渡す限りの服、服、服。大量の衣服が、所狭しと部屋の中に並んでいた。エーリカが早速突撃して、すぐに姿が見えなくなった。
「うふふ、我が家自慢の衣裳部屋ですわ」
朝食の後、六華たちに服を貸すために麗奈と有栖が案内したのだ。有栖以外は全員が浴衣姿のままで、一人だけ朝食前に着替えてきた有栖の装いは、二の腕が隠れる長さの白のブラウスに、膝小僧が覗くピンクのキュロットパンツだ。
「獅子王さん、これ、どれ着てもいいの?」
「もちろんですわ、野亜さん。お好きなものを選んでくださいまし」
「アタシ、別に浴衣のままでいいんだけど」
「あの、エレオノーラさん? 一応言っておきますと、浴衣は本来、寝間着ですからね?」
「休みの日は一日中パジャマでゴロゴロするくらい普通よ普通。だいたいアンタ自分がどんな身体してるか自覚あんの? アタシらが着れる服なんてないでしょ。どれもブカブカに決まってるじゃない」
「心配いりませんわ。わたくしがエレオノーラさんや野亜さんくらいの身長の頃の服も収められています」
「つまりアンタのお古ってことね」
麗奈は顔を曇らせた。
「……ええ、まぁ、いえ、胸のせいで一度も袖を通せなかった物もありますので……」
「ハッ、不幸話に見せかけた自慢話じゃない」
「そもそもだけど、麗奈ちゃん、昔から着物ばかり着てたからお洋服はほとんど着てないんだよね。一応着る機会があるかもだから、用意だけはしてあったんだけど」
「キモーノ!!」
遠くからエーリカの声が聞こえ、足音を立てて戻って来た。
「ワタシ、キモノ、着てみたいデス!!」
「あ、私も着てみたいかも。七五三か何かで着てる写真見たことあるけど、さすがに覚えてないし」
「ええ、構いませんわよ」
「じゃあボク色々と持ってくるね。エレンちゃんとハリシャちゃんはどうする?」
「では、私もご一緒させていただければと。エレオノーラ様は?」
全員の視線がエレオノーラ一人に集まる。けれどもエレオノーラは毅然と、全く怯むことなく、
「いや、だからアタシは浴衣のままで」
エーリカに軽々と抱き上げられ、
「いいって言ってんでしょお~~~!」
そして、抵抗むなしくそのまま一緒に連れていかれた。




