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馬鹿が裸でやってくる その4

 お風呂回ですわ~~~!


 どたぷんどたぷんという擬音が聞こえそうな麗奈の胸を、六華とエレオノーラは凝視していた。


 獅子王家の大浴場だ。有栖を除くお泊り会メンバー全員が湯船につかっている。広い浴場なのをいいことに、エーリカは顔と胸だけ水上に出して大の字になっていたりする。


「おっぱいって、本当に浮くんだね」


 六華が思わず呟いた。


「つーか何? これ見よがしに見せつけてくれて。何なの、自慢なの?」


 あまり体を見せたくはないのだろう、しっかりと肩までつかったエレオノーラが、ジットリとした視線を麗奈の胸に向けたままで放った声が大浴場に反響する。麗奈は短くため息をついて、


「合わせて8キロありますわよ、コレ」


「8キロ……8キロぉ!? え、なに、ソレ一つで生まれたばかりの赤ん坊よりも重いってこと?」


「微妙に生々しい例えを出すのはやめていただけます?」


「……じゃあ、アタシの体重の10パーセントくらい」


「ケンカ売ってますの……!?」


 何がとは言わないが、麗奈の場合は二つ合わせておよそ13%を占めている。エレオノーラが麗奈よりも20センチメートル近く背が低いとはいえ、スルーするには困難極まる情報だった。


 エレオノーラは自分の胸を自分の手で覆い、大きさを確かめるようにしながら、


「日本には大は小を兼ねるなんて言葉があるけど、この場合は、ええと、過ぎたるは及ばざるがごとし、だっけ。多少は欲しいところだけど、そこまでのものは要らないわね」


「わたくしだって、ここまでのモノは要りませんでしたわよ……」


「ハッ、自慢にしか聞こえないわね」


 そう言ったエレオノーラは面々を見回し大浴場を見渡し、脱衣場を仕切る曇りガラスの扉へと視線を向けた。


「つーかあのチビはどうしたのよ。来ないの?」


「ああ、有栖は個人用の方でしょうね。あの子はわたくし以外に、あまり肌を見せたがりませんので」


「はぁ? 何よそれ。そんなのアタシだって同じなんだけど。ちょっとカンベンしてよね。人間は自分より下のやつがいるからこそ安心を覚えるのよ。アイツが来なけりゃアタシが一番貧相な身体してんじゃないの」


 有栖が来ない理由に、六華は見当が付いた。オモイカネ式義肢(ミスリル・リムス)。有栖の両手両足は、生身の腕ではないからだ。とはいえ表面は有栖の肌の色に合わせた特性のスキンで覆われており、傍目からは生身の手足にしか見えない。だがそれは、服の外に出している範囲に限られる。有栖は体育の着替えの際にも、人前ではTシャツやスパッツを脱いだりしない。その部分には、義肢の接合部があるからだろう。


 六華がその事を知っているのは、以前にラセリハと六華の妹の誘拐事件で有栖が獅子奮迅の活躍をし、裂傷や銃痕によってスキンで隠された鈍色の部品が覗く手足を見たことがあるからだ。その一方で、エレオノーラやエーリカはその場にいなかった。だからそのことを知らないのだ。


 同時に、一体何を言ってるのこの子は、とも六華は思う。


 六華からしてみれば、エレオノーラは麗奈とも別方向の美人だ。銀色の髪にクール系の美貌。普段から眉根を寄せ、不機嫌さを隠しもしていないが、それくらいで打ち消せるようなものではない。一緒に風呂に入ったことで初めて分かった、すらりとしたボディラインも美しい。男性から見れば痩せすぎの、しかし女性から見れば理想的な瘦せ体型だ。


 そっと、六華は水中で自分の腹肉を摘まんだ。率直に思う。ヤバい、と。花山院の学食は余りに美味し過ぎて、ついつい食べ過ぎてしまうのがいけないのだ。最後に体重を量ったのは、身体測定があった3週間ほど前。いったい今、あれからどれだけ増えたかを知るのが恐ろしい。


 ちらりと流し目で視線を移す。エーリカの肢体は見ずとも分かる。普段から露出の多い格好をしているのだから。だから六華が見るのはハリシャだ。やはり美人だった。麗奈やエーリカに並ぶ高身長に、全く駄肉がないしなやかでスレンダーな身体をしている。


 六華は思う。間違い無い。この中で一番貧相な身体をしているのは、絶対に自分である、と。


 一応、エレオノーラについて弁護しておこう。彼女はロシアにいた頃、頻繁にいじめに遭っており、身体や顔立ちについて罵詈雑言を投げつけられたことも数え切れないほどあった。そのせいで、特に自身の容姿に関しては、自己評価と客観的評価が著しく乖離しているのだ。


 仮に、だ。仮に、普通の学校に留学することになって、周りからちやほやされたとしても、決して調子に乗ることはなく、加えて強い警戒心からイケメンたちに誘われても断固として拒否し、一人その足で連日図書室に通い、同じく図書室通いが趣味の陰キャと出会い、趣味を通して少しずつ仲良くなっていくのだが、陰キャがワンチャンあるんじゃないのと手を伸ばした瞬間に突然警戒度がマックスに跳ね上がって拒絶するような、人になかなか懐かない野良猫みたいな人物、それがエレオノーラ・ペトロヴァという女だ。もちろん後ほど陰キャに「よくも僕の純情を弄んだな!!」と勝手に逆上されるところまでがワンセットである。


≪特定キャラの特定フラグを立てないと攻略できない特殊条件の攻略対象キャラ……!≫


 何かを受信したマリアの声を麗奈は無視した。


 そして六華が、あれ、エーリカはどこに? と思った直後、エレオノーラの真後ろの水面が勢い良く盛り上がり、


「That's right! エレンは瘦せすぎネ!」


「うわっ、止めろ! だから抱き着くなぁー!!」


 エーリカに背中から抱き着かれ、エレオノーラが暴れて水面が激しく叩かれる。


「そうですね。確かにエレオノーラ様は、少々瘦せすぎなように私も思います」


 と、ハリシャがエーリカの意見に賛同した。


「お風呂に入って血行が良くなったことで分かります。色白というわけではなく、普段から顔の血色が悪いようですね。失礼ですがエレオノーラ様、昨晩は何時間お眠りに? 今日の朝食と昨日の夕食はちゃんと取られましたか? どちらも寮の食堂ではお見かけしませんでしたが」


 ピタリとエレオノーラが暴れ止んだ。気まずそうにハリシャから視線を逸らす。


「えー、あー、その、レポートの現実逃避でちょっとだけと思って読み始めた小説が思いのほか面白くて、その、気付いたら夜中の三時くらいで」


「夕食を抜いて、遅刻ギリギリまで寝て、起きたら大急ぎでシャワーだけ浴びて、そして朝食も抜いた、と。合っておりますか?」


「……はい、合ってます」


「駄目ですよ、エレオノーラ様。そんな不摂生をしていては、いつか倒れてしまいます」


「……はい、すいません」


「というわけで、このお休みの間は、しっかりとお世話させていただきますね」


「……はい、お願いします。はっ、いや、待って!? 誘導尋問……!?」


 もはや抵抗は無意味だった。エレオノーラの抗議の声をハリシャは全て笑顔で無力化する。この瞬間、五泊六日に渡り、褐色黒髪スレンダーインド娘によって、色白銀髪スレンダーロシア娘がひたすら世話を焼かれることが確定したのである。


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