馬鹿が裸でやってくる その3
当作品は未成年者の飲酒を推奨するものではありません。お酒は二十歳になってから。ただし上級国民を除く。
「おーし、全員飲み物持ったな!? そいじゃ、カンパ~イ!!」
「乾杯!」「乾杯!」「Prosit」「乾杯」「……乾杯」「か、乾杯」
五十鈴の音頭に合わせ、春光、ライナス、ガーラン、アージュンにルドラ、そして詩虞が全員バラバラのタイミングでグラスを掲げた。
学生寮、五十鈴の部屋だ。一人で住むには広すぎる部屋だが、一度に七人もが集まれば流石に手狭となっていた。というかガーラン一人で三人分くらいの面積を占有していたりするのだから、狭い原因は大体この大男のせいだ。
中央、囲まれたテーブルにあるのは具材満載の土鍋だ。本日は、男だけでの鍋パーティーである。
五月初頭、季節外れの鍋を彼らが囲むことになったのは、実にシンプルな理由だった。ガーランが、鍋を食いたかったからである。無論、学食や寮食でも注文すれば鍋は出てくる。出ては来るのだが、残念ながらどちらも期間限定なのだった。ごめんなさいねお坊ちゃん、それ、冬になってからなんですよ。
ところでこれは余談なのだが、同じ寮の別の部屋にてラセリハが優美とお泊り会をしているのも全く同じ理由だったりする。婚約者だからか従兄妹だからか、妙なところで通じ合っていた。まぁお互いに、相手が今何をしているのかを知っていたりはしないのだが。
壁に埋まるような形で置かれた巨大なテレビには、バラエティー番組が映っている。これはルドラとアージュンの要望だった。正確にはバラエティー番組ではなく、この後の歌番組が目的だ。花山院学園に通うアイドルが登場するからだ。
周囲が思い思いに飲み食いする中、中国の軍学校からの留学生、丁詩虞特務大尉はじっと、琥珀色の液体が注がれた手元のグラスを注視していた。酒だ。紹興酒である。
「どした詩虞、食わねえのか?」
隣、五十鈴に向けて、困惑した視線を向ける。
「オレも誘ってくれたのはありがたいのだが、……コレは、どうしたんだ?」
詩虞がそう言うのは、多種多様な酒だった。ワイン、日本酒、焼酎、ウォッカにウイスキー。中国酒からは白酒と紹興酒。どの種類も色々と銘柄が用意されている。ビール缶は氷が満載されたクーラーボックスの中だ。
「ああ、隣にコンビニあるだろ?」
そう言った五十鈴は、あのコンビニの成り立ちを教えてくれた。コンビニが出来るより前、あの場所には酒屋があったのだ、と。
日本でも最高最大クラスのエリート校、その敷地の隣に酒屋などと、普通はあり得ることではない。おまけに花山院学園の周辺にある他の店は、喫茶店が一つあるだけなのだ。その異様さは、より際立っていると言えるだろう。
名目上は、獅子王家に急な来客があった時、酒が足りなくなっても買いに行けるようにとの、加えて、寮に同行した大人の使用人や護衛に向けてのものである。
無論、嘘である。
無くなるはずが無いのだ。獅子王家の酒蔵には酒屋顔負けの多種多様な世界中の銘酒が大量に並んでいるのだから。飲むはずが無いのだ。護衛や使用人が、主が暮らすすぐ側で。
「つまるところ、だ」
五十鈴はそう説明すると、さらに言葉を続けた。
「あんな場所に酒屋があるのは、俺たち学生が買うためなのさ。学園の食堂やら購買やらで堂々と売るのは流石に体裁が悪いからな。ああ、ちょっと前に若い兄ちゃんが新しい店員になったけど、あの兄ちゃんはたぶん売ってくれねえだろうな。だから買い時は兄ちゃんが帰った後だ。1時間くらいで閉まるけど、店主の爺さんなら売ってくれるんだよ」
「待て、五十鈴。その店員ならオレも知ってはいる。だが彼が退勤する頃となると、校門がすでに閉鎖されている時間のはずだ」
「おう、だからちょっと塀を超えて、今さっき買ってきた」
なんてことないように五十鈴が言うが、何言ってるんだこいつと詩虞は思う。学園を囲う塀の高さは、詩虞の目視では約4メートル。当然だが見張りはいるはずだし、監視装置だってあるだろう。そして何よりこの酒の数である。
4メートルの壁を登って? これだけの量の酒を?
「あ、お前は止めとけよ。俺なら見つかっても大目玉で済むけど、お前らがやってるところを見つかったらマジでシャレにならねえだろうから。欲しい時は俺に言ってくれ」
「……いや、そもそも酒を飲むな。出撃要請が入ったらどうするんだ」
「心っ配っいらねえよ!!! どんだけ酔っていようがぁ、オレサマたちがあんーな雑魚どもに、負けるわけがねぇだろがいっ!!! ガハハハハハハハ!!!」
詩虞の疑問に、ガーランがやや呂律が回らず、普段よりも幾分か早口になった反論を返した。周りには空になったビール缶がいくつも転がっている。あいにくと詩虞は酒を飲むペースをよくは分かっていなかったが、それでもガーランが飲むのがハイペースだということくらいは分かる。
「ああ、それは大丈夫だよ。関係各所には今日、みんな出撃出来ないって伝えてあるから」
そう言った春光は、涼しい顔でグラスを傾ける。グラスの中身は氷と、無色透明の液体だ。
「水か?」
「ううん、芋焼酎」
「まさか、貴様も飲んでいるのか……!?」
余りに普段と変わりない様子だったので、到底酒が入っているとは思えなかった。
「言っとくけど春光はザルだぞ。こいつの親父さんはビール一本ですぐに顔真っ赤になるけど」
「母さんもザルだからそっちの血かなぁ。そうだ、五十鈴、麗奈さんはどうだったの? 強かった?」
「なんで俺に聞くんだよ……?」
「ほら、花見は僕行けなかったからさ」
「知らん。あいつ、酒は一杯も飲まなかったからな」
「警官の息子が未成年の酒の強さに興味を持つな……! そもそも貴様は止める側の人間だろう!?」
「まぁまぁ、落ち着いて、丁大尉。事前の訓練みたいな部分もあるんだよ」
そう言うと、春光は話を続けた。
「二十歳になれば社交界でも当たり前にお酒が出るからね。人によっては誕生日を迎えたその日に、なんてこともあり得るわけ。で、自分がどれくらい飲めるかを知らずに、勧められるがまま口を付けて即座に醜態なんてやってしまったら、最悪お家が没落さ」
「……一理ある、のか?」
そう言った詩虞は、手元の琥珀色の液体をジッと見つめた。それを見た五十鈴が腰を浮かし、
「ま、つってもそりゃ俺らの都合だしな。ジュースでも―――」
「いや、いい、五十鈴。それには及ばない」
という静止の言葉に、途中で動きを止めた。
詩虞は知っている。深く親密になるのに、同じ秘密を共有するのが有効な手であると。だから一緒に酒を飲んで、お互いに弱みを握りあおうというわけだ。
色々と考えることはある。足を引っ張るしか能がない駐日中国大使館の連中。連携が取れていない中国政府と中国軍。教官抜きでやらなければならない軍の訓練。だが―――
難しいことを考えるのは、もうやめだ。
そう思うと、詩虞は琥珀色の液体が入ったグラスに口を付け、初めての酒を呷った。
作中では事情もあって当たり前のように飲んでいますが、現実ではいかなる事情があっても未成年者の飲酒は許されません。彼らが飲酒しているのはこれがフィクションだからであり、上級国民だからです。ストップ、未成年飲酒。
まぁでも2000年ごろの中高生なんて普通に親の晩餐に付き合ってゲフンゲフン




