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馬鹿が裸でやってくる その1

5話ですわ! ちょっと更新頻度を上げたいので投稿1回あたりの文字数を減らしていきますわよ~~~!(なんか見た)


   善の小なるを以って為さざること勿かれ。

      ―――劉備玄徳(161 - 223)


   ●


≪これまでのあらすじ≫


≪花山院学園の入学式を襲ったテロリストを撃退したのは、第二次世界大戦末期に暴走し、大量虐殺を引き起こした人類史上最強最悪の金属生命体、ローズ・スティンガーだった!≫


≪再び世に現れたローズ・スティンガー、その主である獅子王麗奈の下へと、いくつかの先進国から強力なドール・マキナと共に、その操縦者たちが転校してくる≫


≪日本政府は彼らを組み込んだ多国籍防衛部隊、ラプソディ・ガーディアンズを設立≫


≪少し遅れて、アフリカと南アメリカからも留学生が大勢編入してくることが判明。麗奈たちは文化摩擦を解決するための部活を設立するための行動を取っていたら、ローズ・スティンガーがサッカーをした≫


 パパパパーパパーパパパパーパパー、デーデン!(効果音)


≪『馬鹿が裸でやってくる』≫


   ●


「獅子王さん、私を助けて!!」

「獅子王麗奈、アタシを助けなさい!!」


 西暦2000年5月2日、火曜日の放課後のことだった。翌日は先勝の憲法記念日で、翌々日は仏滅の国民の休日で、翌々々日は大安のこどもの日。つまり、ゴールデンウィークを直前に控えた最後の放課後だった。


 場所は異文化部―――わずか一カ月足らずの間に100名近い留学生が続々と転校してきたことで少なからず、いや間違いなく確定的明らかに発生する文化摩擦的問題を解決するために急遽設立された部活―――の部室だ。


 部屋に飛び込んできたのは、対照的な二人だった。


 一人は野亜(のあ)六華(りっか)。茶髪をボブカットにした、普通の学校であればどのクラスにもいそうな、一番ではないがだいたい三番目程度には可愛いと思える、何の変哲もない少女だ。


 もう一人はエレオノーラ・ペトロヴァ。銀髪をボブカットにした、青い瞳のロシア人の、日本人の無知のせいで男性姓のペトロフを名乗る羽目になってしまった少女。不機嫌そうに顔を歪めているが、これは本当に機嫌が悪いわけではない。だいたいいつもこんな表情だ。


 二人は互いの言葉に、互いの視線を合わせた。


「何、アンタも何か問題起きたの?」


「エレンちゃんも? あ、もしかして部活関係? じゃあ先でいいよ」


「いいの?」


「うん。私のは、まぁ、個人的なものだし」


 そうして二人は再び、美しい金髪碧眼の少女へと視線を向けた。背が高く、ブレザー制服の上からでもはっきり豊満と分かる胸。外見からはそうは思えないが、日本生まれ日本育ちの純日本人。ここ異文化部の部長、獅子王麗奈へと。


 麗奈はティーカップを机の上に置き、六華とエレオノーラの方へと身体を向けると長い足を組んだ。とても様になっている。この場所が年季の入った木造の教室であり、机も椅子もやはり年季の入った学校机である、という点に目を瞑れば、だが。


 二人はその辺から椅子を持ち出して麗奈の前に座った。六華は普通に、エレオノーラは背もたれを前に。その姿を見た麗奈が眉根を寄せた。


「エレオノーラさん、下着、見えておりますわよ」


 色気もへったくれもない、グレーの無地のパンツだった。花山院学園の女生徒は常日頃から下着(中身)まで完全武装する者が多いのだが、留学生のエレオノーラはその風習には染まっていなかった。


≪でも男はこんなのでも喜んじゃうんだよな。今くらいの年の男子なんてほとんど発情した猿だからな≫


 麗奈の頭の中、麗奈にしか聞こえない男の声が響く。麗奈に憑りついた先祖の霊、自称創造主、マリアの声だ。マリアいわくこの世界は、マリアが異世界転生する前の世界で作った複数の乙女ゲームが一つに融合した世界とのことである。


「あー、まぁ、別にいいじゃん。今は女しかいないんだし」


 エレオノーラは、部室をぐるりと見渡すとそう言った。


 他に部屋にいるのは麗奈の秘書兼護衛兼自称お姉ちゃん、日本人形のような風貌の低身長少女、在須(あれす)有栖(ありす)


 姉妹か双子か間違えられそうなくらいに麗奈とよく似た顔立ちの、けれどもきっちりと制服を着込んだ麗奈とは対照的に、アメスク的着こなしで全く間違えられることがない金髪ツインテールのアメリカ人留学生、エーリカ・レムナント。


 最後の一人は褐色肌のインド人留学生、ハリシャだ。


 誰かが持ち込んだ24インチのアナログテレビは、レーシングゲームが一時停止中。有栖とエーリカがテレビの前に座り、コントローラーを置いたハリシャは鼻歌を歌いながら六華たちの飲み物を用意し始めた。


 六華が首を傾げる。


「他の皆はどうしたの?」


「買い物に行ってますわ。なんでもゴールデンウィークは、男子だけで泊まり込みで遊ぶらしくって」


「そう! それよ、そのゴールデンウィークって言うやつ!」


 エレオノーラが麗奈の言葉を遮り叫んだ。表情の不機嫌さがさらに増し、


「まさか日本にも同じタイミングで大型連休があるとはね。想定外だったわ」


 ロシアでも五月初め、春と労働の祝日やメーデーによって、日本のゴールデンウィーク同様に休日が数日続くのだ。


「それでちょっと困ったことになったのよ。アタシがロシア文学の研究を手伝うのを対価に、小説を融通してもらってるってのは覚えてる?」


「それはもちろん。つい二週間ほど前のことですもの」


「そう。で、まぁ、本と一緒にレポートも送られてくるわけよ」


「そのレポートに何か問題が?」


「あー、いや、レポートに問題っつーか、アタシに問題っつーか」


 エレオノーラが言葉を濁し、そこにハリシャが飲み物を運んできた。


「どうぞ。本日はアッサムのセカンドフラッシュです」


「あぁ、あんがと」


「ありがとうございます、ハリシャ先輩」


 お茶請けは持ってきていない。複数の学校机を組み合わせて作った疑似ティーテーブルの上に、既に三段のケーキスタンドが置かれているからだ。


≪これさ、ちゃんとしたティーテーブル用意しない?≫


 部室内のテレビもゲームも冷蔵庫も電動湯沸かし器も、全部外から持ち込まれたものだ。が、ティーテーブルは持ち込まれていなかった。


(良いではありませんの。これはこれで味がありますわ)


≪あー、なるほど? 価値観のベースが違うんだな。俺がパンピーから悪役令嬢転生したからティーパーティーに憧れがあるのとは逆で、お前は生まれも育ちも令嬢だから、こういうのが魅力的に思えるわけだ。ふーんおもしれえ女構文じゃん≫


 麗奈はマリアの声を途中から無視した。エレオノーラが身を乗り出し、最上段からマカロンを摘まんで口に放り込む。


「あむ。ほーいや、アンタが一人だけって珍しいわね」


 というのも、ハリシャは双子のインド人留学生、ルドラ・マハーラージャとアージュン・マハーラージャの世話役として渡日、留学しているからだ。エレオノーラにそう言われ、ハリシャは悲しげな表情を浮かべた。


「そう、そうなのです! お坊ちゃまたちがひどいんです! 自分たちだけで全部やるからと、お休みが終わるまでお(いとま)を出されたんですよ! ああ、なんということでしょう……。というわけでいかがでしょうかエレオノーラ様! 私にお世話されませんか!?」


「いや遠慮するわ。アタシ別にお嬢様ってわけじゃないし。自分のことは自分で出来るし」


 さすがに部活以外には何の交流もない学校の先輩に世話を焼かれるほど厚顔無恥にはなれなかった。ハリシャが再び悲しげな表情を浮かべてコントローラーの下へと戻っていく後ろ姿を見送る。


「ハリシャ先輩がゲームしてるの、なんか意外だね」


「マハーラージャ先輩たちのお相手を出来るようにと特訓しているそうですわ」


「従者根性が染みついているわね……」


「Hey、エレン! Let's together!」


「あーはいはい後で後で! さきにこっち片付けさせなさい! ……で、話を戻すわよ。つーかどこまで話したっけ」


「レポートが送られてきて、問題があると」


「そうそう。それそれ。レポートがね、日本語で送られてくるわけよ」


「まぁ、提携先は日本の大学の研究室ですから、そうでしょうね。それで、日本語訳がひど過ぎて、読むことすら苦痛とかでしょうか?」


 エレオノーラは、気まずげに目線を逸らした。



「そもそもアタシ、日本語読めないのよね……」



「「えっ」」


 麗奈と六華の声が重なった。


「……でもエレンちゃん、日本語ペラペラだよね?」


「話せるのと読み書きは別よ! アタシはバーブシカ、ええっと、おばあちゃんが日本人で、おばあちゃんが使ってたから日本語は話せるわけね。でもおばあちゃん、読み書きは出来なかったから」


「だからエレンちゃんも日本語は読めない、と」


 エレオノーラは無言で頷いた。


「これまではどうされてましたの?」


「ミーシャに口頭で読んでもらってたわ」


 ミーシャ、というのは花山院学園の教師の一人に、エレオノーラが勝手に付けたあだ名だった。身長は188センチメートル。人よりやや毛深く、詩集を愛し、大学時代にはアメフト全日本大学選手権で三度も母校を優勝に導いた27歳の好青年である。よく初等部の子供たちを相手に人間アスレチックになっている。そしてその母校にはロシア文学の研究者が在籍しており、そのおかげでエレオノーラは九死に(活字中毒の)一生を(禁断症状を)得た(緩和出来た)のだった。


「けど明日からしばらく休みじゃない。さすがに休みの日まで手伝ってもらうのは悪いし。それにいつまでもこのままって訳にもいかないし」


≪あの熊みたいな先公と二人っきりってのも身の危険感じそうだしな≫


 余談だが、エレオノーラをはじめとする留学生の大半は、通常の授業などでは英訳されたレジュメを配られている。日本語は読み書きどころか話すことも出来ない留学生が大勢いるからだ。幸いなことに花山院学園の生徒は一部の例外(六華のような特待生)を除いて英語を日常会話レベルで使えるため、さほど不自由はしていない。


「というわけでレポートを読んで、あと代筆もお願いしたいのよね。あ、それと読み書きも教えて。まさか初等部一年の教室に乗り込むわけにもいかないし」


≪こんな不機嫌系銀髪碧眼美少女が同じ教室にいたら小学一年生の性癖が破壊されちまうもんな。テレテテッテテ~、性癖破壊爆弾~~~!≫


 麗奈はマリアの言葉を無視した。


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