獅子王麗奈の憂鬱 Cパート&次回予告
親の仇でも見るような目で、エレオノーラ・ペトロフは頭上のプレートを見上げていた。
(私の舌は私の敵、ね……)
風情のある木造建築の校舎だった。花山院学園の旧校舎だ。麗奈たちはあの後、無事に部の設立を認められ、旧校舎の教室の一つを部室として与えられたのだ。今は翌週の週明け、その放課後になっていた。
「Oh、エレン! 来てくれたのですね!!」
「うわっととと……、だから抱き着くんじゃないわよ、アンタ!」
背中、布地越しに柔らかさを感じながら、エーリカに身体全体で後ろから押される。扉を開けると、新校舎のものと比べて抵抗が強い。意外に大きな音が鳴ったことに若干驚きつつ、どうにか動揺を表に出さないことに成功したエレオノーラは部屋の中を見回した。ちなみに未だに背中に抱き着いたままのエーリカは、エレオノーラが一瞬びくりと小さく身体が跳ねたことには気付いている。
休みの間に誰かが持ち込んだのだろうアナログテレビ。寮に備え付けの馬鹿でかいものと比べるとひどく小さい。
テレビに接続されたゲーム機。そこから繋がる四つのコントローラーそれぞれを、五十鈴とライナスとルドラとアージュンが握っていた。レースゲームだ。四人の後ろ、詩虞も座って画面を見ている。
五十鈴の操作キャラが赤甲羅にぶつかり吹き飛ぶ。ルドラとアージュンがゲームでも現実でも互いにぶつかり合いながら足を引っ張り合う。その後ろからライナス操るキャラがアイテムで黒いミサイルに変身してごぼう抜きし、そのまま一位でゴールを通過した。
「ふはははははは! これで私が五回連続一位! これぞ王者の風格というものですね!!」
「くっそNPCが赤甲羅じゃなきゃ俺が一位だったはずなのに!」
「「フンッ! フンッ! フンッ!!」」
「貴様ら、もうレースは終わったのにいつまでぶつかっているんだ? 変われ五十鈴。次はオレの番だ」
「あ、敗者のイスズ、コーラのお代わりお願いします」
「へーへー、先輩らはー?」
「「同じものを頼む!」」
やはり土日の間に持ち込まれた冷蔵庫にコーラを取りに行こうとした五十鈴と、教室の出入り口のところで立ち止まったままだったエレオノーラの目が合った。
「あ、ペトロフも来てんじゃん。おーい、ガーラーン、ペトロフ来てんぞー!」
五十鈴に呼ばれたガーランは教室の奥、窓枠に腕をかけていた。鼻から盛大に煙を吐き出し、携帯灰皿で煙草状薬の火を消した。
「おぅ、こっちだこっち」
胡乱な目付きになるのを自覚しながら、エレオノーラはガーランの方へと足を進め、
「あ、お前もなんか飲む?」
「あー、オレンジジュースある?」
「ワタシはコーラお願いシマース!」
「あるある。あいよー」
「い、五十鈴様! 私がやりますから座っておられてください!」
「いやいやハリシャ先輩、こういうのは後輩がやるもんなんですから気にしないでくださいよ」
なんか使用人くさいわねこいつ、とエレオノーラは思う。エレオノーラはやってくれるんなら五十鈴でもハリシャでもどちらでもいい。
教室前方に遊ぶ空間を作ったせいだろう、教室の後ろの方には机と椅子が集められていた。新校舎の方と違い、旧校舎の机は運搬可能な個人用サイズのものだ。その机の一つ、こちらに背を向ける形で六華が座っている。何をしているのかと背中越しに確認すると、机の上には教科書とノートが広がっていた。真面目なことだ。
教室内にいるのはこれだけだ。ボス猿とお付きのチビ二匹の姿は見えない。
ガーランの元へとたどり着くと、煙草とは思えぬ爽やかな香りがしていた。相変わらず背中にはエーリカが抱き着いていて、そういや日本にはこんな妖怪いたわね、と祖母から昔聞いた話をふと思い出した。
「おう、存外素直に来やがったな」
「うっさいわね、消去法よ消去法。図書館にいたらこいつが乗り込んできて周りがいい顔しないし、寮に戻ってもこいつが部屋に突撃してくるんで二人っきり。まっぴらごめんだわ、騒がしくっちゃありゃしない。そんなら他の連中に押し付けられるこっちに来た方がマシってだけよ」
なんで自分はこんな言い訳するように事情を説明しているんだろう、とエレオノーラはなんとなく恥ずかしくなった。誤魔化すように、
「で、一体何の用?」
「おう、これに名前書いてくれ」
ガーランが取り出したのは、入部届だった。今まで空白だった部活名の欄は既に埋められており、代わりに名前の欄はまだ何も書かれていない。その部活欄に書かれた文字を、エレオノーラは実に忌々しそうに睨みつける。
「イヤよ。なんでアタシまでそんな面倒くさそうなことに関わらなきゃならないの」
「いや、所属しとくだけでいい。別になんもやらんでいい」
「は? どういうこと? 何企んでんの?」
「オレサマが何か企んでる訳じゃねえよ。逆だ、馬鹿が馬鹿なこと企まねえように、」
「タクラムタクラム聞いてたら、頭の中がこんらがらってキマした。あれ? こんがららって? こんららがって?」
「こんがらがってるわね」
「おいイスズ! この女引き取っといてくれ! 手前の大好物の金髪巨乳だ!!」
「だだだ大好物とかじゃねえよ!? 風評被害やめてくれない!? そ、そうだな。エーリカもゲームやる? プ、Play video games together?」
「Oh、Yes! Play for the first time!」
「ほう、カモが来ましたか」
「止めろよライナスお前、ガチの初心者なんだから操作方法教えるところからだぞ」
「……交代しよう。オレのコントローラーを使うと良い」
「いや、私のコントローラーを使うべきだ。手袋をしているからな。ルドラの手垢が付いたものよりも清潔だ」
「なんだと?」
「貴様こそなんだ?」
「……なんでこいつらは人に譲る時でも張り合うんだ?」
ハリシャがエレオノーラたちにオレンジジュースとハーブティーを持ってきた。礼を言って受け取り、エレオノーラは適当な椅子に腰かける。
「……よし、話を戻すぞ。ぶっちゃけた話、ロシア、つうか手前は微妙な立場にいる。ドイツ、イギリス、アメリカ、中国、インド。ドール・マキナ先進国からの留学生の中で、ロシアだけは何も軍事力を提供していないからだ」
(いや美っ味!? このオレンジジュース美っ味!! なんつーもんを飲ませてくれんのよ。これに比べると今まで飲んできたオレンジジュースはカスだわ)
「……聞いてっか?」
「聞いてる聞いてる」
話半分も聞いていない。一杯五千円の最高級オレンジジュースに、エレオノーラの意識はごっそり持っていかれていた。
「で、それが何? 南アメリカの連中もアフリカから来た連中も、戦力を提供してないってのは一緒じゃない」
「そう、それが問題なんだよ。連中からしてみれば、手前は与しやすい立場なのさ。それでいて国力はぶっ飛んで高い。オレサマはな、手前が馬鹿どもが馬鹿するための旗印にされるんじゃねえかって危惧してるわけよ」
「安心なさい。頼まれたってやらないわよ、そんなこと」
「安心出来ねえんだよなぁ。手前はどうにも推しに弱そうで」
「ぐ……!」
ちょっと自覚があった。けれどもよりにもよって相手はドイツ人。素直に頷きたくはない。余計な反骨心が沸き上がる。
「けどそれ、アタシになんかメリットあんの?」
「手前このままじゃ国に帰っても、何の成果もありませんとしか言えねえぞ? それよかレイナ・シシオウと一緒に、他国の馬鹿共の諍いを仲裁してましたって言えた方がよかねえか?」
「そ、それはそうかもしれないけれど……」
「あ、こちらお茶菓子です」
絶妙なタイミングでハリシャが菓子が乗った皿を差し込む。ほとんど意識せずエレオノーラがその菓子を口に含み、
(美ッッッ味!!!!!)
「……ここに来ると美味いもん食えるぞ」
「入部するわ」
即答だった。入部届の空欄に、ロシア語筆記体でエレオノーラ・ペトロヴァの名前を即座に書き込む。ついつい手癖でペトロフではなくペトロヴァと書いてしまったのだがそれにも気付かない。一方ガーランは一目でそれに気付いたのだが、ロシア語の筆記体はまるでボールペンの試し書きをしたかのような、難読性が非常に高い文字だ。充分に習熟した者でなければ分からないだろうと指摘はしなかった。ただ、何とも言えない表情になった。
エレオノーラはお茶菓子の残りに顔を緩ませていたのだが、ふと警戒した表情でガーランを見る。
「なによ、やらないわよ」
「いらねえよ」
ガーランは思う。ちょろすぎて心配になる。やっぱり先んじて首輪付けたのは正解だったな、と。
「ちょっとあなた方! 何やっておりますの!?」
直後、六華の声が部室に響いた。後から有栖と春光も部屋に入ってくる。
「これからアフリカの方たちと顔見せをするんですのよ! ほら、はやく片付けて片付けて!」
「何だよ麗奈、ここでやんのか?」
「ええ、もちろん! 向こうが数の暴力で来るのです。ならば、わたくしは質と量の暴力で迎え打ちますわ!」
「まぁ、国家間の力の差を見せつけるには一番正しいやり方ではあるな」
ガーランがぼやくのを、エレオノーラはどうでもいいと聞いていた。麗奈の声で入室に気付いたのだろう、六華が後ろを振り向き席を立った。ガーランも立ち上がり、二人して麗奈の下へと歩いていく。だけれどもエレオノーラはそっぽを向いて、窓の外へと視線を向けた
エレオノーラ・ペトロヴァは知っている。己が異端であることを。
祖国では、エレオノーラは長年にわたりいじめられていた。理由は分からない。母から継いだ銀髪かもしれない。父方の祖母から継いだ日本人の血なのかもしれない。あるいはエレオノーラは無関係で、父がハーフなのに軍の高官にいることが気に入らないから、そのとばっちりだったのかも知れない。今となってはどうだっていい。重要なのは、輪の中で一番の異端者は、すなわち排斥の対象になるということだ。ライオン気取りのドブネズミどもめ。
エレオノーラ・ペトロヴァは知っている。己が異端であることを。
この国ではロシア人自体が珍しいのだろう。エレオノーラが名乗ったペトロフの姓は、本来は男性が使う姓だ。ロシア語では、男と女で姓の末尾が変わるからだ。だけれどもエレオノーラを担当した相手はそのことを知らなかったのだろう、父と姓が異なることをチクチクチクチクと追及してきて、ロシア語の常識を嘘だと決めつけて取り合わなかった。結局、別の外交官がエレオノーラが言っていたことは正しいと指摘してその場は通されたのだが、そういえばあのクソ野郎から謝ってもらってないことを思い出した。次に会った時は殴ろうと思う。とりあえずこの時、エレオノーラは決めたのだ。面倒だから日本にいる間は男性姓を使おう、と。
エレオノーラ・ペトロヴァは知っている。己が異端であることを。
だからこそ、こう思うのだ。遅かれ早かれ、ここに属することになっていただろう、と。ここは異端があつまるための場所。異端だからと排斥されることが無い場所。狭い巣穴のネズミではなく、本物の獅子が威張る場所なのだから。だから、決して、滅茶苦茶美味いお菓子とジュースに懐柔されたわけではないのだ。
ああ、だけれども、一つだけ失敗したなとエレオノーラは思う。ちらりと扉へと視線を向ける。教室の中からは見えない、廊下からしか見えないあの文字を思い出す。
麗奈たちが手に入れた部室、扉のすぐ上には、学年とクラスを示すプレートから、その部の名前が書かれたものに交換されていた。
達筆な筆文字で、プレートにはこう書かれている。
異文化部、と。
私の舌は私の敵。すなわち、口は災いの元。
●
マリウス教の教皇の下へ、可愛い孫娘からの手紙が届いた。日本へと留学したラセリハからの手紙だ。
便箋を取り出し、開く。教皇の身を案じる言葉と季節の挨拶から文は始まり、良き友人が出来たこと、婚約者ガーランからは良くしてもらっていること、ライナスと再会できたこと、お寿司、天ぷら、うな重、海鮮丼、親子丼、海老天丼、カレーライス、とんかつ、ちらし寿司、ラーメン、そば、うどん、お好み焼き、たこ焼き、
「食べ物ばっかじゃな!?」
大量に並ぶ食べ物の名前と感想に目を滑らせつつも便箋をめくっていく。
「いや食べ過ぎじゃないかの……。明らかに一日三食じゃすまない数なんじゃが……」
再開した時、もしかして横に広がっとるんじゃないかの……とちょっと、いやかなり不安になるが、教皇はその不安をなんとか振り切った。
「きのこたけのこ戦争ってなんじゃ……」
とりあえず、教皇は便箋八枚分に及ぶ食べ物とその感想を突破した。そして最後に再び教皇の身を案じる文ののち、再開を期待する言葉で文は閉められている。
便箋をめくる。
一枚目に戻る。
封筒を手に取り、取り出し忘れたものが無いかを確認する。が、もちろん中身は空だ。便箋を再び確認し、重なって見落としたものが無いかを調べる。が、そういったものも無かった。
深く、深くため息をつく。立ち上がり、窓際へと移動する。
窓から見える空は、晴れ晴れとした青空が広がっている。
この空の向こう、遠き島国にいる、愛おしい孫娘のことを思う。
……ワシが頼んでおいたローズ・スティンガーの調査、忘れてない?
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≪次回予告!!≫
≪生徒会の試練を乗り越え、異文化部を設立した麗奈たち≫
(セーラー服やチャイナドレスやバニーガールの恰好をした麗奈の映像)
≪彼女たちを待ち受けていたのは、新たなる戦いだった≫
(バニーガールの恰好でローズ・スティンガーのコックピットに座る麗奈の映像)
≪はるか遠く、海の向こうからの襲撃者を迎え撃つため、イクス・ローヴェが新たなる力を解放する!≫
(全身の装甲が取り外されたイクス・ローヴェの映像)
≪敵は、あそこだ! 敵は、あそこだ!! 敵は、あそこだ!!!≫
(エアろくろを回すジェシカ・ノイベルト(※ヴァイスエルフの艦橋クルー)の映像)
≪次回、ドール・マキナ・ラプソディ、第五話。『馬鹿が裸でやってくる』≫
≪次回も、悪因には悪果あれかし!!≫
≪ていうかコレあれだな。エロ衣装でのテコ入れ回……! ダメだ先生ー! ソシャゲになったら季節限定ガチャでの限定衣装にされちまう~~~!≫
≪感想:最後ので台無しですね……≫




