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獅子王麗奈の憂鬱 その9


「わたくし、おすしというものを食べてみたいです!」


 というラセリハの要望で、ついでに六華とか優美とかエーリカとかエレオノーラとかもまとめて引き連れて、寿司を食べに行った。


 昼休み、花山院学園の食堂で、とある扉を開ければ、立派な寿司屋のカウンターが広がっている。当然ながら回らない寿司だ。


 なんで? と言われてもあるんだからしょうがない。


(いや本当に、なんで学園にお寿司屋さんがあるんでしょうね?)


≪寿司食いねえ!! あ、つーかここ周回プレイで解禁される隠しショップじゃん。ひょっとして2周目とかだったりする? 雑魚をやたら簡単に倒せるのも強くてニューゲームってやつ?≫


 神の御業(製作者の仕業)である。


   ●


「うおおおおおお! オレサマのケツが真っ赤に燃えるゥ!!!」


 なお、生魚が無理だからとラセリハの誘いを断ったガーランはトイレに篭っていた。辛いものの食べ過ぎだった。



   ●


 そして放課後、部活を作ろうと活動を始めた七名が集まっていた。


「これでコロンビアの方々の問題も解決、と……」


≪ コ ロ ン ビ ア ≫


 麗奈はマリアの言葉を無視した。


「さて、これで残る課題は一つですわね」


「ああ、一番デカい要望がな……」


 麗奈の言葉に、五十鈴が深刻な声で返す。


「ブラジル留学生グループ、DMサッカーU18代表チーム、『オブリガード・フチボゥ』。要求は一つだけ。DMサッカーがやりたい、と」


「やはり国内には?」


 春光が首を横に振り、


「日本全国のブラジリアンスクールに問い合わせてみたんだけど、どこもやっていないってさ」


「私の方も駄目でした。ブラジル以外の南アメリカ留学生に当たってみましたが、経験者は三名のみ。しかも生徒ではなく、使用人や護衛の方でした」


 と、ライナスも自分の成果を報告する。


「どうするの、獅子王さん」


「試合会場は敷地内に確保できるのですが、やはり対戦相手がいないというのが致命的ですわね……」


≪馬ッ鹿だなぁお前、こんなことも解決できねえのかよ≫


(……何か妙案でもあるんですの?)


≪あるよ、あるある。すっげえ簡単な方法だ。なければ作ればいいんだよ。俺はそうやって来たぜ? ドゥー、イィーットゥ、ユアセルゥ……≫


「……!」


 麗奈が目を見開く。


「お、なんか思いついた?」


 五十鈴は後から思うのだ。このタイミングで止めておくべきだったな、と。なんでここでこんなこと言っちまったんだろうな、と。未来の五十鈴は思うのだ。


「解決策を見出しましたわ! 五十鈴、オブリガード・フチボゥの皆さんを試合会場にお集めになって!」


「おっしゃ任せろ!」


 そして残念ながら、現在の五十鈴は麗奈の希望を叶えるため、勢い良く駆け出してしまったのだ。



 場所は野外に移る。花山院学園の前身は、ドール・マキナの訓練施設だ。だからドール・マキナ数十機が集まって活動可能な、広大な空間だって余裕で用意することが出来る。


 そこに、3メートル程度の大きさのドール・マキナが集まっていた。オブリガード・フチボゥの有する競技用ドール・マキナだ。数は全部で11。それぞれが協力しながら、サッカーフィールド用の白線を地面に引いていく。普通のサッカーフィールドに比べ、広さは倍近い。


 その光景を、麗奈たちは離れた場所で見ていた。白いテーブルや椅子にティーセット。優雅なティータイムを楽しみながら、会場が整えられていくのを見ている。エーリカにエレオノーラもその輪の中に加わっていた。エーリカがエレオノーラを巻き込んだ形だ。


 そして、試合準備が整った。だが、フィールドに立つのはオブリガード・フチボゥの11機だけだ。対戦相手は未だに現れない。



 ―――否。



 麗奈だ。制服姿のまま、ドール・マキナにも載らず、生身でただ一人、試合会場中央へと足を進めている。


 誰も彼もが困惑した視線を麗奈に向けていた。フィールドに立つオブリガード・フチボゥの選手たちに控えにいる選手たち。有栖も、六華も、五十鈴も、春光も、ガーランも、ライナスもが。例外はいつの間にかチアリーダーの格好に着替えたエーリカと(ちなみにこの学園にチアリーディング部はない)、心底どうでもいいと思っているエレオノーラだけだ。


 麗奈が、センターサークルの中央で立ち止まった。人差し指をピン、と立てて天を指差す。その姿に影が落ちる。雲ではない。日本上空にのみ滞空する第二衛星天照(アマテラス)が太陽を隠し、日食を作り出しているからでもない。


 巨大な、赤いサソリが周囲の森林から飛び出したからだ。


 そして、



 ―――善因には善果あれかし



 ―――悪因には悪果あれかし



 麗奈を操縦席に引き込み、ローズ・スティンガーが人型に変形した。ゆっくり、静かに、地上へと着地する。


『……あのー、麗奈ー? 麗奈さーん? こりゃいったいどういうことでしょうかねー?』


 五十鈴だ。引きつった顔で、拡声器で声を掛けていた。


『わたくし、気付きを得たのです。思えば、試合ができる相手を探すばかりでした。しかし、答えはここにあったのです。そう! わたくしが対戦相手になればよいのだと!!』


 ちなみに競技用ドール・マキナは全長3メートル程度に対し、人型に変形したローズ・スティンガーの高さは12メートル程である。


『……それー、ちゃんと試合になんのかー? 1対11だぞー?』


 ローズ・スティンガーが先ほどの麗奈と同じポーズを取る。びしりと人差し指で天を指す。


『一切問題ありません! なぜならばローズ・スティンガーは強靭! 無敵!! 最強!!! お遊戯ごときで負けるはずがありませんわ!!』


 あいにく、オブリガード・フチボゥの面々は日本語が分からない。英語なら分かる。なのでライナスは通信機を手に、麗奈の声を英訳していた。


 そして、彼らは一斉に殺気立った。お遊戯だと、お前たちがやっていることは何の役にも立たないお遊び。粉砕玉砕大喝采だと、麗奈が言ってない言葉まで勝手に追加したせいだった。


「……ねぇ、あの馬鹿王子あることないこと言って煽ってるわよ。放っといていいの?」


 それに気付いたエレオノーラは有栖に声を掛ける。が、有栖は穏やかな表情で首を横に振った。


「いやー、もう遅いかなー」


『試合開始を宣言なさいまし、五十鈴!!』


『あー、もうどうなっても知らねえからな! 試合、開始ィーッ!!』


「さぁ始まりますローズ・スティンガー VS オブリガード・フチボゥ。実況はわたくしライナス・ロンゴミニアド、解説はガーラン・リントヴルムでお送りいたします」


「勝手に解説にしてんじゃねえ」


「ローズ・スティンガー、今、キックオフ!!」


 直後、ボールがゴールネットに突き刺さった。五十鈴が大きくホイッスルを鳴らす。


「ゴォーーールッ! ローズ・スティンガーいきなりゴールを決めました! おや、審判が大きく手を振っています」


『麗奈ー! キックオフシュートは無得点だからー!!』


「ということです。どうでしょう、解説のガーランさん」


「競技機でもそこそこパワーはあるからな。狙おうと思えば狙えちまう。生身のサッカーだとキックオフシュートは国や人数によって有効だったり無効だったりだが、少なくともDMサッカーの場合は、どのレギュレーションでも一律で無得点扱いだな」


「なるほど。さあゲームが再会、というか一機しかいないローズ・スティンガー側がキックオフするのおかしいだろということで、オブリガード・フチボゥのキックオフで最初から仕切り直しになったようです」


 オブリガード・フチボゥの二機がセンターサークル内に移動する。ローズ・スティンガーが離れた場所に位置取る。


「さあ改めて試合が、」


 片方が、隣の機体へとボールを蹴り送り、


「ゴォーーーッッッルッ!!!」


 二機目がボールタッチする前にローズ・スティンガーが割り込んでボールを蹴り抜いた。五十鈴が大きくホイッスルを鳴らす。大きく手を振っている。


『麗奈ー! 隣のやつがボールにさわるまでー! 他の選手はセンターサークルに入っちゃ駄目だからー!!』


『ちょっと今のはローズ・スティンガーが勝手にやったことでしてー! 決してわざとじゃありませんのよー!!』


「ねぇ、これやっぱ無理なんじゃないの?」


 エレオノーラの呟きを、ローズ・スティンガーの集音能力はばっちり拾った。


『いけます! いけますわ! ローズ・スティンガーの可能性は無限大! 100パーセント勇気ですわ!!』


「いや意味わかんないわよ」


『ローズ・スティンガーも完全に理解したとわたくしに伝えてきておりますわ! 試合を再開なさいまし、五十鈴!!』


 オブリガード・フチボゥの二機が再びセンターサークル内に移動する。ローズ・スティンガーが再び離れた場所に位置取る。


「さぁ三度目の正直。改めて試合が、」


 片方が、隣の機体へとボールを蹴り送り、受け取った。


「始まりました!」


 そして、ボールと競技用ドール・マキナ二機がゴールネットに突き刺さった。


「ゴオオオオオオオオオルッ!!!」


 五十鈴が大きくホイッスルを鳴らす。センターサークルで蹴り抜いた姿勢のローズ・スティンガーに向かって、レッドカードを取り出し見せつける。


『デッドボール!! 退場ーーーーっ!!!』


『サッカーにデッドボールなんてありませんわよ!? えっ、ありませんわよね!?』


「……中のやつ死んだだろ的な意味でしょ」


   ●


 幸い、どちらも死んではいなかった。目を回していたので選手交代にはなったが。


「絶対に上手くいくと思いましたのに……」


≪ああ、完璧な作戦のはずだったんだがな……≫


 選手交代。ローズ・スティンガーに代わり、花山院学園高等部ドール・マキナ・マーシャルアーツ部より11名。麗奈は再び観客の立場に戻っていた。ローズ・スティンガーも森へと帰っていった。


「絶対に、上手くいくと思いましたのに……!」


「なんであれでうまくいくと思えたのよアンタ」


≪やっぱローズ・スティンガーもベースはサソリだからなぁ。昆虫に人間のスポーツのルールを理解させるのは無理があったか……≫


「いえ、ドリブルで全部抜けれる自信がありましたし、シュートも止められない自信がありましたし、それにこのくらいの狭さなら端から端まで一瞬で移動できますし」


「意外と大人げないわねアンタ……。そういや蹴られた機体、よく無事だったわね。ひょっとしてローズ・スティンガーって大したことなかったりするの?」


「まさか、そんなわけありませんわ。きちんと壊れないように加減しましたのよ」


「そもそも蹴っ飛ばすんじゃないわよ」


「さすがに足元のボールを奪うのは難しくて……。機体ごと蹴り飛ばす方が簡単でしたのよ」


「蛮族か?」


 ハァ、とエレオノーラはため息をつくと、DMサッカーの様子を確認した。オブリガード・フチボゥが持ち込んだ巨大な点数表示板を見れば、はやくも0-3と点差が付いている。


「そもそもの話、なんでわざわざドール・マキナに乗ってサッカーすんの? ドール・マキナ競技が軍のスカウトを兼ねてるってのは分かるわよ。ロシア(うち)はレスリングで、日本もなんかの格闘技やってんでしょ? でも、サッカーはさすがにおかしくない? 」


「おや、エレオノーラさん。DMサッカーを見るのは初めてですか?」


 実況に飽きたライナスが会話に加わった。


「日本に来るまで聞いたことすらなかったわ」


「ま、やってんのは9割がた蛮族どもだからな。アフリカと南アメリカの大部分、あとはアメリカ合衆国のいくつかの州だけだ」


 ガーランは引き続き解説をしてくれた。


「ところでエレオノーラさん、DMサッカーの『DM』って、どんな意味だと思いますか?」


「え? そりゃドール・マキナなんじゃないの?」


「それも勿論。ですがもう一つ、意味があるんですよ。それは―――」


 その時、サッカー場からけたたましい音が鳴った。そちらに目を移せば、サッカーらしからぬ光景が確認できる。


 オブリガード・フチボゥの一機が、逆立ちしながらドール・マキナ・マーシャルアーツ部の機体を蹴り飛ばしていたのだ。


「『金属塊を(Demolition)蹴り壊せ(Metal)』です」


 ライナスが音を立てて立ち上がった。



「DMサッカー! ボールを相手のゴールにシュゥゥゥーッ!! 相手も相手のゴールにシュゥゥゥーッ!! ボールは友達! お前がボールな! 超! エキサイティン!! ツクダオリジナル」



「え、なに急に? え、つくだ煮? 何???」


「ルールを説明しましょう!」


「いや要らない」


「あ、私は教えてほしいかも」


 と、六華が片手を上げて発言した。ライナスはエレオノーラのいらねーっつってんだろという抗議の視線を無視した。ひっくり返った椅子を戻して再び座る。


「DMサッカー、それはサッカーと格闘技を組み合わせた全く新しいスポーツ。ベースのルールは名前の通りサッカーですね。試合時間は少し修正されていて、45分を(スリークォーター)2回(・ダブル)から30分(ハーフ・)を3回(トリプル)に変更されています」


 ライナスは視線をサッカー場、蹴り飛ばされた競技用ドール・マキナへと向ける。爆発こそしていないが損傷が激しく、応急修理程度では復帰できそうにない。


「そして最大の特徴が、『クラッシュ』と呼ばれる特殊ルールです。DMサッカーでは、敵選手を直接攻撃して戦闘不能にすることが許されるのです。別名、合法ファール」


「野蛮過ぎる……。つーかそれサッカーにならないでしょ。相手を全滅させた方が勝ちじゃない」


「ええ。ですのでもちろん、クラッシュにはいくつもの制限があります。攻撃に使っていいのは足だけですし、プレイヤー数が相手と同数、あるいは相手より少ない場合にのみ認められます。そうでない場合にはファウルを取られますね」


 再び、フィールドに轟音が響いた。日本チームがブラジル側のボールを奪おうとスライディングで滑り込み、ボールの代わりに機体が蹴り飛ばされたのだ。


「ああ、ちょうどいい実例が発生しましたね。ファウル、それも違法クラッシュです」


 二機目の大破機体。やはり継続参加は出来そうにない。そしてゲームが再開したが、ライナスが点数表示板を指差した。


「さて、お互いの点数を見てもらえますか?」


「あれ、3-3になってる。さっきまで0-3だったよね?」


「そうです。DMサッカーのファウルは、ペナルティがかなり重く設定されているのです。通常のサッカーであればフリーキックやペナルティキックですが、DMサッカーの場合はダイレクトに相手チームに1点加算されます。加えて、お互いのチームの、残っている選手の人数差がさらに加算。11対10の状態で11人いる側がファウルをすれば10人側に1点。人数差が1なのでさらに1点。先ほどのように、ファウルによって相手選手の機体がゲーム参加不能になっていた場合、人数差は2になるので1点ではなく2点の、合計3点が加算されます」


「抑止力、ってわけね」


「はい。ああ、次にタイマーを見てもらえますか?」


 点数表示板には、三つのタイマーが取り付けられている。一つは今現在も、少しずつ針が戻っているのが分かる。二つ目は針が真下を向いたまま動かない。そして三つ目、やはり針は動いていないのだが、位置は真下ではなく、三分の一が戻った位置にあった。


「DMサッカーでは、チームを問わずフィールドから選手が2名脱落するごとに、ゲームの総時間が10分ずつ短縮されるんです。ですので、通常のサッカーと比べて基本的に早く終わるのが特徴です」


「……となると、相手チームを全滅させて、それからひたすらゴールを狙う、っていうのは難しそうね」


「そうですね。味方の損害無しで相手を全滅させた場合、総ゲーム時間は40分。ペナルティで相手チームは75点も加点されます。排除にかかる時間も含めたら現実的ではないですね。ああ、それとフィールド上の選手が10人以下になった時点で、残り時間を問わず強制終了です。ファウルのペナルティ加点をして、点数の多い方の勝ちになります」


 その言葉を聞いた六華が首を傾げた。


「ねぇ、ライナス君。それってわざとファウルを貰いに行く、ってプレーする人も出てくるんじゃないの?」


「ええ、その通り。ですのでそれを避けたり、逆に利用してクラッシュされたりするのが腕の見せ所です。先ほど発生したのは十中八九事故ですね。そういう戦術があることを理解していない日本側と、格下だと慢心していたブラジル側の意識が悪い意味で噛み合ってしまったんでしょう」


 はぁ、とエレオノーラはため息をついた。


「なんつぅか……なんもかんも、異文化ね」


 そう言うと、麗奈が物凄い形相で自分を見ていることにエレオノーラは気付く。


「な、何?」


「そ、それですわ……!」


 だから、何が?


 その言葉は、口に出すことが出来なかった。


「Heyエレン! 一緒に応援しまショー!」


「うわっ、ちょっ、抱き着くな、引っ張るな! あいだだだだ止めろ止めろ! 人間の足はそんな角度まで上がらないから!!」


 いつの間にか、周辺には観客が増えていた。


 熱狂する初等部の子供たち。


 アフリカからの他の留学生がちらほら。


 野田とマハーラージャ兄弟が一緒にいる。後ろにはハリシャが控えていて、その四人の周囲をノダミミ親衛隊が囲っていた。


 ラセリハと優美がこちらに気付いて近付いてきたのを、有栖と六華が手を振って迎えている。


 日本チームが反撃に出たのをみて、喧騒の声が大きくなる。


『いくぞ、お前たちィ!!』


『おおっ!』


『いけっ、部長ー!』


『ダンとアキトの仇を!!』


『俺たちの、意地を!!』


『見せてくれ!!!』



『うおおおおおっ!! 必殺! サンダー・ボルトスクリュー!!!』



 結局、エレオノーラは、麗奈が何に気付いたのかを追求し損ねた。


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