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獅子王麗奈の憂鬱 その7


「ハーイ、レイナー!!」


 放課後、エーリカ・レムナントが手をブンブンと大きく振りながら教室に入ってきた。麗奈によく似た容姿の、しかして制服を派手に着崩した露出の激しい少女だ。今日の髪型はデフォルト状態(ツインテール)。腕を横に振ると乳も横に振れる。一歩歩くたびに乳が縦に揺れる。初心な男子生徒たちは露骨に視線を逸らし、逆に目を逸らさずに鼻の下を伸ばしている男子たちは近くの女子に足を踏まれたり肘を入れられた。喧騒に紛れ、そこかしこからうめき声が上がる。


≪ラブコメの波動を感じる≫


 麗奈はマリアの声を無視した。


「あら、エーリカ、エレオノーラさんは?」


 昼休みが終わる前、麗奈はエーリカに、放課後になったらエレオノーラを連れて来てほしいと頼んでいたのだ。


「Sorry! 逃げられマシタ!」


 パン! と音を立てて、エーリカが顔の前で手を合わせる。大きな胸が左右から二の腕に挟まれたことでさらに盛り上がった。麗奈はとりあえず五十鈴の顎をパキィと打ち抜いた。反応できなかった五十鈴が崩れ落ちる。


≪ラブコメの波動が死んだ! この人でなし!≫


 麗奈はマリアの声を無視した。教室内の生徒たちはちょっと引いていたがその反応も無視した。


「実は先週末も今日も、ランチタイムやアフターになるとすぐにHide! And Not Seek!」


「あらあら、困りましたわね……」


「どうします、レイナさん。校内放送で呼び出してみますか?」


 ライナスの言葉に、麗奈は少し考えて首を横に振った。


「いえ、わたくしに一つ、心当たりがあります。まずはそちらを当たってみましょう」


   ●


「ああ、やはりこちらでしたか、エレオノーラさん」


「……? オギャッ!?」


 銀髪の少女が名前を呼ばれ、読んでいた本から顔を上げた。そして麗奈とその後ろにいる一行を認識した瞬間に、本人もちょっとこの悲鳴はどうかと思うような奇声が喉から飛び出した。ロシア軍高官の娘、エレオノーラ・ペトロフだ。


≪銀髪ロシア美少女がやっちゃいかん表情と悲鳴助かる≫


 助かるって何が??? と麗奈の頭に疑問が溢れたが、努めて無視した。


 麗奈の後方では「ハーイ、エレもごごごご」とエーリカが大声で走り出そうとしたところを有栖に口を塞がれ腹に抱き着かれ「エっちゃんしーっ、静かに。サイレント! サイレント・プリーズ!」と止められている。六華に五十鈴と春光、ガーランの姿もあった。六華とガーランは図書館に来るのは初めてだ。揃って周囲を見回していた。


 ちなみにライナスはいない。ここに来るまでの間に、女生徒の群れにさら()われたからだ。


 図書館だ。利用者はそれなりに多い。誰も私語を交わしておらず、人数が多いわりに静寂が広まっている。だが、麗奈たち一行が現れたことで、そこいらでひそひそ話が始まった。存外に響く周囲からの声に、エレオノーラは頭痛に耐えるように頭に手を添えながら、うめくような声を出した。


「何の用よアンタら……」


 麗奈も周囲をぐるりと見渡す。視線を向けた先から声が消えていき、再び図書館を静寂が満たしていく。


(え、なにこれこっわ……。なんで見ただけで雑談止めれんのこっわ)


 エレオノーラが若干引いているのにも気付かず、成果に麗奈は満足気に一度頷く。


「ひとまず場所を移しましょうか。談話室に行きましょう」


 そう言われたエレオノーラは、首がちぎれる勢いで何度も頷いた。静寂が訪れ、しかして逆にうるさいくらいに視線を感じる。きっと周囲の利用者たちは全員同じことを思っているに違いないとエレオノーラは思う。


 いいから早く出ていってくれ、と。


   ●


 談話室に着いた瞬間、エレオノーラはドカリと大股でソファーに座った。


「まさか見つかるとは思ってなかったわ……。いや、アタシがここにいるって誰かに聞いたの?」


「いえ、先週、金曜の放課後でしたか。わたくしが図書館を利用した際に見かけましたので。ひょっとしたら今日も来ているのでは、と思いまして」


「あー、マジで? 気付かなかったわね。……ハァ。あー、クソッ、アタシの静かな放課後もこれで終わりか」


「どうして隠れてたんですかエレーン? ホワーイ?」


 エーリカがエレオノーラに後ろから抱き着いて頭の上に乳を乗せた。エレオノーラが「アンタのせいでしょ」と言いながら苛立たしげにその胸を鷲掴み、とりあえず麗奈は五十鈴に目潰しを敢行。ブリッジで回避されたので足を払えば頭頂部から落下した。頭を抱えて呻くのを見て、うん、と満足気に頷く。


 その麗奈と五十鈴のやり取りを、うろんな目でエレオノーラが見つめていた。


「騒ぐんなら外でやれ」


「これは失礼。客人の前でも()()()を優先してしまうのは、日本の悪い習慣ですわね。……いえ、そもそもエレオノーラさんがいきなりエーリカの胸を揉んだのが悪いのでは!?」


「こいつぜんぜん嫌がんないのよねー」


 もみもみ。


「揉むなっつってんですのよ!」


「だってさ。ほら下ろせ。そんで座れ」


 エーリカがエレオノーラの頭から乳をどかし、隣に座った。麗奈もエレオノーラの対面に座り、他の面々も空いた席に座っていく。有栖が紅茶を置いてまわり、途中で床に転がったままの五十鈴を拾って麗奈の隣に放り込んだ。


「……ねぇ、エーリカちゃん。エレオノーラちゃん以外におっぱい揉まれたりとかしてない?」


 物凄く深刻な声で六華が問い、その意味を理解した女子たちの視線がエーリカに集まる。分かっていないのは当人だけだ。エーリカは首を傾げ、


「エレンとアリスだけデース」


「有栖、なにやってますの」「有栖ちゃんなにやってんの」


「いやーごめんごめん。つい浮気しちゃって。大丈夫! ボクの本命は麗奈ちゃん一筋だから!」


「言動が前後で矛盾してるわよ」


 エレオノーラは呆れ声でそう言うと、さらに言葉を続ける。


「安心しなさい。もし男に触られそうになったら殺していいって言ってあるから」


「Don't worry! MCMAPはバッチリよ! キョーミがあるなら教えるわ!」


「そ、そう? そのエムシーなんとかのことは知らないけど、じゃあ大丈夫? かな?」


 ちなみにMCMAPとは米軍海兵隊近接戦闘(マーシャルアーツ)訓練プログラムのことだ。米軍で実際に指導が始まるのは今年の夏からの予定である。にも関わらずMCMAPを習得しており、さらには人に教えることも出来る。エーリカの言葉、その真の意味を理解できたのはガーランただ一人だけだった。


「一応言っとくがマジで殺すなよ」


「It's no problem!」


 ガーランは若干疑わしい目で見ていたが、まぁいいか、と納得した。どうでもいいやつが死んだところでどうだっていい。相手次第じゃ揉み消せるだろう、と。


「で、アタシに一体何の用よ。がん首そろえて……。がん首……あれ、なんか一人足りなくない? あいつ、あの滅茶苦茶顔だけはいいやつ」


「女に追われてる」


 ガーランが端的に答えた。


「ああ、うん。そりゃそうか。いつものやつね。……で、アタシの至福の時を破壊しに来てまで何の用?」


 かくかくしかじか。麗奈は創部の件と、それに当たり生徒会から出された課題について説明する。


「というわけで、何か困っていることはありますか?」


「今のこの状況」


「ううーん、そういうことではなく。……日本で生活するにあたって、文化の違いで困っていることはありませんの?」


「あるわ」


 即答だった。エレオノーラが鞄から一冊の本を取り出す。表紙に書かれている文字は恐らくロシア語だろうと麗奈は思う。麗奈は日本語以外に英語と、ドイツ語と、中国語は修めている。が、あいにくとロシア語は習得していない。


報告(リポート):ロシア人作家、フョードル・ドストエフスキーの長編小説、『カラマーゾフの兄弟』ですね≫


「ええっと、これが何か?」


 エレオノーラはテーブルの上に膝を付き、手の上に顎を乗せ、物凄く深刻な表情で、深刻な声で、こう言った。



「ロシア語で書かれた小説が、少なすぎるわ……!」



「……ええっと?」


「ぜんっぜん無いのよ! 本棚の半分も埋まってないってどういうこと!? しかもどれもこれも古臭いものばっかり!! Синий(スィニー) фонарь(ファナー)くらい置いときなさいよ!? ブッカー受賞作よ!?」


≪こいつのこのナリと言動で文学少女設定は無理でしょ。いや不機嫌系銀髪碧眼ロシア人文学美少女、一周回ってありでは? ありだな!≫


「い、今ある本は……」


「この本の上下巻でこの図書館にあるロシア語小説は全て読破よ。というわけで、」


 そしてエレオノーラはこれまでの不機嫌さが噓のように、にっこりと満点の笑顔で、


「アタシの悩みはこれ。ロシアの小説、もっと増やして」


 と、ストレートに麗奈に強請(ゆす)った。


「これは楽なんじゃねえか? 理事長代行(アルキン)に頼めばすぐ解決するだろ」


 隣の五十鈴の言葉に、麗奈は困り顔で首を横に振った。


「いえ、それは難しいですわね」


「というか解決する必要がある問題なのかな?」


 春光の何気ない言葉に、エレオノーラの目からハイライトが消えた。


「殺すわ」


「そこまで言う!?」


「本が読めない人生に価値なんてないわ……! こんなんだから日本になんて来たくなかったのよ。あっちの環境も大概クソだったけど本がいつでも読める分少しだけマシだったわね」


「れ、麗奈さん!」


「いえ、ですから先ほども言いましたが、わたくしや理事長代行(梅崎さん)では解決できない問題なのです。花山院の図書に関しては、理事会からは口を出せませんの。偏向教育や焚書(ふんしょ)が出来てしまいますからね。ですので本に関する権限は司書会の預かりになっておりますのよ」


「つまり?」


 ハイライトの消えた瞳で見つめられ、麗奈は少し威圧された。


≪怯んでんじゃねえー! この作品の悪役令嬢はお前やぞ!!≫


 そもそも悪役令嬢を麗奈は理解できていない。西暦2000年時点では未知の概念である。


「司書の方々に直接掛け合ってくださいまし」


「どんくらいの時間がかかる?」


「……まぁ、はやくても数ヶ月といったところでしょうか」


「イヤーッ! 耐えられないーっ! 本を! 本を頂戴! 本をー!!」


「禁断症状が出た薬物患者みてえになってんな……。ロシア語以外のやつじゃ駄目なのか?」


「駄目に決まってんじゃない! 分かんないのこの馬鹿!!」


「は? オレサマは天才だが? 天才ゆえに馬鹿の思考は理解できないんだなこれが」


「うっさいこのバーカ! バーカ! ヴァーカッ!!」


「んだとぉ馬鹿は手前だ! この馬鹿! 馬ー鹿! 馬ぁーっ鹿!!」


≪争いは、同じレベルの者同士でしか発生しない……!≫


 マリアの声が他の人には聞こえていなくて良かったと、心の底から麗奈はそう思う。火に油どころか火事現場にガソリンのシャワーだ。


「もう直接本屋に買いに行けよ」


「はいバカ2号発見! このバカ!」


「五十鈴が馬鹿なのは全面的に同意ですが、」


「いや俺お前とあんま成績変わんないからね?」


「ちょっと五十鈴は黙っていてくださいこの馬鹿。何か問題でも? ああ、いえ、確かに日本の本屋さんにロシア語の小説が売っているかは問題でしょうけれど」


「絶対に、酷い目に遭うでしょ」


「……はい?」


「アンタら先週さ、本屋に行ったらしいじゃない。どうなった?」


「目的地周辺でドール・マキナが暴れていたので、戦闘になりましたわね」


「そんで先週さ、マリウスの聖女サマが街をブラブラ歩いてたらしいじゃない。どうなった?」


「誘拐事件が起きてドール・マキナが防衛していたので、戦闘になりましたわね」


「ね? 分かるでしょ?」


「いえいえ、単なる偶然ですわよ」


「偶然な訳ないじゃない! 途中でトレインジャックされるか誘拐されるか犯罪者が暴れてるに決まってるわ!!」


「そこまで治安悪くありませんわよ!? 事件が起きたのは一週間のうち二日だけ! 七分の二! 約28%!」


「『かみなり』が外れるくらいの確率だな」


≪いや冷静に考えなくてもクッソ高ぇわ≫


「シャラップ! とにかくあんな事件がそう何度も起きるはずが」


 電話が鳴った。有栖と、春光と、ガーランの携帯電話から一斉に。それぞれが断りの言葉の後に電話に出る。数度相槌を打ち、ほとんど同時に電話を切る。春光が、至極真面目な顔になって言った。



「ラプソディ・ガーディアンズ、出動だ!!」



「ほら見ろーーー!!!」


 とりあえず、戦闘は速攻で決着をつけた。


 エレオノーラの問題については、マリアのチート能力ドライコインの提案であっさりと解決した。ロシア文学の研究者とつながりのある学園の教員を通じて、エレオノーラが研究の協力をすることを条件に、ロシア小説を大量に融通してもらえることになったのだ。


≪まぁ困った時は大体ドライコインが解決してくれるから。破ァ! やっぱり知識チートって凄い≫


感想(レヴュー):今回のは単なる発想の転換なんですけどね≫


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