獅子王麗奈の憂鬱 その6
翌朝、昨日の面々が全員揃ったところで有栖が腕と声を上げた。
「それでは第一回! 部活名決定選手権を開始しま~す! では、順番にいってみよ~」
一人目、麗奈の案。
「ええっと、文化摩擦解消部、というのはどうでしょう?」
≪ヌルヌルローション相撲部だ! ヌルヌルローションで物理的にも摩擦を解消! そして相撲は日本の国技! スポーツを通じて仲良くなれるって寸法よ!!≫
麗奈はマリアの意見を無視した。
二人目、五十鈴の案。
「え、次俺? つーか昨日の記憶が途中からねえんだけど……。えーと、ラプソディ・ガーディアンズ花山院学園支部とか?」
「いや、五十鈴。今回ラプソディ・ガーディアンズは関係ないから」
三人目、有栖の案。
「麗奈ちゃんとゆかいな仲間たち~!」
「却下! ですわよ!!」
四人目、春光の案。
「国際交流相談室、ってのはどうかな」
「案外マトモですわね」
「ああ。師匠の悪癖が遺伝しなかったってことが分かっただけでも収穫があったな」
五人目、六華の案。
「えーと、奉仕部ってどうかな? 最初は奉仕活動部って考えてたんだけど、ほら、ボランティア部って言うけどボランティア活動部ってあんまり言わない気がするじゃない。だから活動を抜いて奉仕部」
≪こ、これはセーフなのか? それともアウトなのか? スゲー判断に困るんだけど!? 大丈夫? ボーダー超えてない? フ○ミ通の攻略本だよ?≫
六人目、ガーランの案。
「あん? 忘れてたな。あー、そうだな。ガーラン様と愉快な下僕達だ!」
「「「「却下!」」」ですわよ!!」「てかそれボクのパクリじゃん!!」
七人目、ライナスの案。
「リッカさんの案と被ってしまいましたが、私も奉仕部です。11年くらい経ったらヒキヒキと大流行しそうな気配をそこはかとなく感じる名前ですね」
≪うん、これは余裕でアウト。青春ラブコメを間違えさせるな≫
「うーん、文化摩擦解消部か国際交流相談室か奉仕部辺りかな?」
「どことなく決め手に欠けますわね」
「奉仕部は2回出てますよ、レイナさん」
「野亜さんには申し訳ないのですが、ライナス様の提案理由に物凄く不穏なものを感じるという乙女の勘がビシバシと働いておりますの……」
「ぬぅ、ヤヴゥヘヴィ……!」
やたらと巻き舌でライナスがぼやく。
結局、部活名は再び保留となった。
●
「ウィーッス! 会長そろそろワックスの塗り過ぎでハゲたりしたー?」
スパァーンと音を立てて生徒会室の扉を開けながら、有栖は開口一番にそう言った。部屋の一番奥、執務机に座っている黒髪オールバックの男が苦笑している。
「ノックくらいしてはどうかね、在須君」
「チッ、元気そうじゃん。胃に穴でも空いてりゃよかったのに」
彼こそが花山院学園の生徒会長にして、レムナント財閥からドール・マキナ製造・開発の市場占有率をごっそり奪い取った豊菱重工の跡取り、豊菱邦彦その人である。
六華はその様子を見ながら、麗奈に続いて生徒会室に足を踏み入れた。後ろから他の四人も続く。
六華が知る生徒会室と言えば、折りたたみ長机を『コ』の字に配置した、安っぽい会議室のような雰囲気の中学時代のものだけだ。が、この空間は、生徒会室というよりは校長室のような、いや、小学校や中学校の頃に見たそれらよりも立派な印象を覚える。とはいえ、さすがにもう驚かなかった。この学園ならこれくらいはあるだろうな、という予想の範疇だったからだ。ぶっちゃけ金閣寺よろしく部屋全体が金箔で輝いている可能性まで考慮していた。
豊菱が座るのとは別、手前にある広いテーブルには、二人の生徒が向かい合っていた。
一人は巨漢の男だ。これ一人だけキャラの縮尺設定ミスってるんじゃないのと、しかしてガーランよりは一回り小さいせいで一周回って正常だと脳が錯覚を起こしそうな体格。見事に禿げ上がった頭皮は室内の明かりをぴかりと反射している。
向かいに座るもう一人は、ごく普通の体格の女生徒だ。長く艶やかな黒髪を紅白のリボンで背中で結っている。
大男は有栖の乱入には無関心な風に、対照的に、女生徒はあらあらうふふと笑っていた。ネクタイやリボンタイの色はどちらも緑。二年生だ。
「あの人が生徒会長? 有栖ちゃんと仲悪いの?」
「仲が悪いといいますか、ライバル視しておりますの。生徒会長は豊菱重工の跡取りで、つまりはレムナント財閥の元競合他社ですので」
「あー、競合他社。……うん? 元?」
「ええ。こちらはその事業からは撤退いたしましたので、シェアをまるっと全部持っていかれまして。なので有栖はそのことを長年根に持っているのですわ」
そしてマリアだけが知っている。この男こそが野亜六華が主人公として、そして麗奈がライバルキャラとして登場する乙女ゲーム、『星降る夜を追いかけて』の攻略キャラクターの一人であることを。
≪こいつの攻略ルート、始まる前から失敗フラグ立ってんじゃねえかなー。原作だと部隊設立時に参加するはずなんだが。つーか原作には失敗フラグなんてもんはないはずなんだけど。いやまぁそれ言い出したら全員攻略失敗した時の救済ルートのはずの担任なんて消えちまってるし。部隊に原作通り参戦してるのなんて春光一人だけだしな。あーもー滅茶苦茶だよ≫
豊菱が席を立ち、六華へと足を向けた。その後ろに二人の役員も続くのだが、片方の圧が凄まじい。
「やぁ、初めましてだね、野亜君。花山院学園の生徒会長を務めさせてもらっている豊菱邦彦だ。この二人は表の副会長の小漆間破骸君と裏の副会長の八月朔日鈴夢君」
≪架空の人物じゃなければ役所が承諾しそうにない名前……! てかハゲキャラにそのままハゲって名前つけるのはドストレート過ぎない?≫
「は、え、ハ……?」
およそ人名とは思えぬ言葉が聞こえたことに六華は困惑する。ついでに表と裏の副会長って何、という疑問が3パーセントくらい含まれている。
「破骸ちゃんは日本で一番大きいお寺の大僧正様のお孫さんで、鈴夢ちゃんは日本で一番大きい神社の宮司様のお孫さんで、二人は幼馴染なんだよ」
有栖のその言葉に、どうやら名前を聞き間違えた訳ではないらしいと六華は思う。なんでそんな特徴的な名前なのかを聞こうとする直前、ガーランが突然無言で背を向け、生徒会室を出ていってしまった。ピシャリと音を立てて閉じられた扉に、室内の視線が集中する。
「……ふむ? 何か失礼を働いてしまっただろうか」
首を傾げる豊菱に、あらあら、と八月朔日が相槌を打つ。
「きっとこの大男が原因に違いありませんわ。ただでさえ場所を取るだけの木偶の棒なのですから、人が増えたら自ら出ていくのが道理というもの。気も利かないとは目も当てられません。破骸から馬鹿に改名すればよろしいのに」
「笑止。貴様の腹黒さが鼻に付く余り、退出したに相違あるまい。どれ、坐禅の紹介状を用意しよう。その捻子り曲がった性根、板金のごとく真っ平になるまで叩き治されてくるが善い」
「……仲悪いの? この先輩たち」
「ううん、仲良しだよ。麗奈ちゃんと五十鈴ちゃんみたいな感じ」
それは本当に仲がいいのだろうか、という疑問を六華は飲み込んだ。同時に、そういえばと思い出すこともあった。中学の時の友達が当時、こういうのを何というのか言っていた気がする。あれはそう、『殴り愛』だっただろうか。まぁ六華が知る限り、麗奈が一方的に五十鈴を殴っているので殴り合いにはなっていないのだが。
ライナスが笑顔でスッと手を上げた。
「いえいえ、安心してください。皆さんに非はありません。ガルは宗教が嫌いなのです。なので、まぁ、強いて言えばお二人の生まれが悪かったとしか言いようがないですね」
≪言い方ァ!≫
「あらあら~」
「奇天烈。吾の者とて教皇の孫であろうに」
「だからかも知れませんね。ほら、綺麗に見える便器でも裏を覗けば汚れがびっしり! ってことがあるじゃないですか」
「宗教を便器に例えんなよ」
ライナスのあんまりな例えに、五十鈴が呆れ顔で突っ込んだ。
●
麗奈たちは教員棟の玄関でガーランと合流した。生徒会室は教員棟の中にあるのだ。行きの人数に比べて一人少ない。有栖は八月朔日に用があるからと、一人生徒会室に残っている。
「結論から述べますと、申請は受理されませんでしたわ」
教室棟へと歩きながらの麗奈の言葉に、ガーランは不可解そうに眉根を寄せた。どこか遠く、地響きのような音が聞こえてくるのを聞きながら口を開く。
「あぁん? なんでだよ、学園側が対策チームでも設立すんのか?」
麗奈は首を横に振った。
「いえ、この件に関しては学園側も後手に回っているらしく、おおむね前向きに承諾していただけましたわ。ですが、承認するにあたり一つだけ条件を提示されました」
「条件ン?」
「ええ。留学生の問題を解決するための部活であるならば、解決能力があることを証明してみせろ、と」
「フン、そういうことかよ」
「ひとまずは今いる留学生の方々に何か困っていることが無いかを訊いて、レポートにまとめて提出する予定ですわ。というわけでまずはガーラン様とライナス様から。お二人は何か困りごとなどありますか?」
「あーん? そうだな……」
ガーランはバチクソに太い首をゴキゴキ鳴らしながら少し考えた。遠くから地響きのような音が近付いてくる。
「そもそもオレサマの問題は、部室さえもらえりゃ解決するもんだからな」
「私は部活を作って活動できればいいので、やはり部活設立の申請が通ることが条件ですねぇ」
そしてガーランはむんずと隣を歩くライナスの襟首を掴み、無造作に放り投げ、
「「「「「「キャーッ♡ ライナス様ーーー♡♡♡」」」」」
目の前を女生徒の群れが通り過ぎた後、ライナスの姿もすっかり消えていた。遠ざかる地響きと共に、裏切りましたねガルー……という声がかすかに聞こえた。ガルー…………ガルー………………。
五十鈴が半目になって、小さくなっていく女生徒の群れを指差しながら言う。
「会長が言いたかったことって、ライナスのアレをどうにかしろってことじゃねえの?」
「ありゃ放っとけ」
「放っとけって、大丈夫なんです? そのうち確実に問題が起きると思うんですけど」
春光の疑念を、ガーランは鼻で笑い飛ばした。
「いいんだよ。日本語だと、そう、『禍福は糾える縄の如し』だったか。不利益被ってる中でライなりに利益を回収してる。そもそもだ、あいつがあのツラで問題が起きないようにしてくれって頼んだか?」
「確かに頼まれちゃいないけど」
「間違いなく巻き込まれるだろう僕たちの身にもなって欲しいですね……」
「そういえばですが、ライナス様に狂う人の条件などは分かっておりませんの? わたくしたちや八月朔日先輩などは特におかしくなったりはしておりませんし」
≪モブとネームドの違いじゃねえの? ネームドまで一々おかしくなってちゃ話進まねえだろ≫
ガーランはガリガリと頭を掻いた。
「その辺はよく分かっちゃいねえんだよな。恋人、配偶者、片恋の有無、年齢は下は幼児から上は歯ァ全部抜け落ちたしわくちゃババァまで幅広く9割強。条件外で絞り込もうにしてもこれまでのサンプルパターンが少な過ぎてな。それとおそらくだが、血縁は条件に関係ねぇ。なんつっても最初の被害者がライの姉貴だ」
「ちょっとすげえ気になるワード出てきたんだけど。それ大丈夫だったの?」
「あわや近親相姦ってところまで行ったらしい。もう10年くらい直に顔は合わせてないって聞いたな」
「五歳児……!」
「すいませんガーラン殿下、今もしかして僕たちイギリスの国家機密相当の情報漏洩現場に遭遇しています?」
「あー、どうだっけ。口止めされてたっけかなぁコレ。まぁオレサマが知ってんだから漏れても構わねえ情報だろ」
麗奈がちらりと視線を向けると、六華は私は何も聞いてませんと耳を塞いで顔を逸らしていた。
「ま、さっきも言ったがライのアレは放置でいい。イギリス本土の連中ですらどうにもできなかった問題をチンケな島国のサル共が解決出来るわけがねえ。それに、だ。オレサマたちは創部の関係者だからな。オレサマたちの問題を解決したところで自作自演扱いだろ。やるだけ時間と労力とオレサマの天才的頭脳の無駄だ」
「……あとは、そう、部の名前も決めなければなりませんわね」
案の定というべきか、豊菱からもその部分を指摘された。ちなみに麗奈が生徒会役員たちに何か案はないかと聞いたところ、豊菱からは異国部、小漆間からは教化部、八月朔日からは天啓部という意見が出て、
「あらあら、何が教化ですか。相談に来た留学生を全員仏門に放り込むおつもりかしら? 髪と一緒に知性も抜け落ちてしまわれましたか?」
「阿呆めが。この燦然は薙髪よ。お主こそよくも天啓などと恥ずかし気なく言えたものよ。苦悶人を思い付きで追い返そうなど腹底の黒さが覗きおるわ」
と副会長二人がバチバチに火花を散らしながら口喧嘩を始めてしまったので、未だに仮の名前すら決まっていないのだ。
「他の留学生の方々に問題がないかを訊きながら、ついでに部名案が無いかを尋ねるといたしましょうか」
●
八月朔日と二人きりになった生徒会室で、有栖は紅茶に口を付けた。麗奈たちが訪問した際にも出されたので、実はこれは二杯目だ。
「ごめんね鈴夢ちゃん。時間取らせちゃって」
「いえいえ、構いませんよ。それで、他の方々には聞かせたくないお話って何でしょうか?」
「うん。鈴夢ちゃんってさ、皇族の儀式に参加したことってあったりする?」
「ああ、はい。ありますわ。……とは申しましても、大抵はお兄様やお姉様が行いますので、わたくしは本当にお手伝い程度の、ほとんど見学としか言えない程度のものではありますが」
「ううん、それで十分。ボクが聞きたいのはさ、鈴夢ちゃん。……瑞器親王殿下と、会ったことある?」
「瑞器親王様というと、在須さんたちと同じ学年にいるとお噂の、あの瑞器親王様ですか?」
「そうそう。正体知ってたりしないかなーって」
有栖の言葉に、八月朔日は困ったように眉根を寄せた。
「申し訳ないのですが、お会いしたことはありませんわ。わたくしの知る限り、わたくしたちも参加する類の儀式には、皇族の方は花山院に通われている間はお現われになられませんの」
「あはは、気にしないで。ボクも知ってたらいいなー、くらいの気持ちだったから」
「在須さんが瑞器親王様の正体を探されているのは、やはり獅子王様のご婚約の件で?」
「あれ、知ってるの? 噂になってる?」
「いえいえ、学園ではそういう話は聞いていませんわ。わたくしは母から聞きましたので。うふふ、神前婚、わたくしも手伝わせていただきますわね」
それにしても、と言うと八月朔日も紅茶で喉の渇きを癒す。うふふと笑う。なんとなくだが、有栖はその笑い方が、微妙に八月朔日らしくない妙な含みを持っているように思う。
「獅子王様のお近くに、突如として現れたのはイギリス王子にドイツ皇子。そしてインドの将軍の双子の御子息。まるで乙女ゲームみたいだと思いませんか?」
「お、乙女ゲームぅ?」
「あら、ご存じありませんか?」
「ないない。知らない知らない」
「あらあら、それは大変にもったいありませんわ。とても素晴らしいものですのよ。つい先日、新作が出まして。わたくしついつい寝る間も惜しんで遊んでしまって、お恥ずかしいですわ」
「あー、鈴夢ちゃん、ゲームとかやるんだね。ちょっと意外かも」
「うふふ、そうですわね。家の人に見つかったらきっと大目玉を食らいますわね。一応、物的証拠は残さないよう、同級生の部屋で遊ばせてもらっておりますわ」
「……見返りは?」
「見返りだなんて、そんな人聞きの悪い。ですがわたくし、漫画研究部の活動には理解があるつもりですわ」
意外な繋がり、と有栖は一瞬思い、すぐにそうでもないかと思い直した。花山院学園の生徒会とは、つまるところ全ての部活の総締めだ。基本的に小漆間は運動部を、八月朔日は文化部を担当している。部活の件という建前を使えば、頻繁な接触は容易だろう。
けれど、
「どんなゲームなのか全然想像が付かないなぁ」
「あらあら、あらあらあら! でしたら是非ともご自分で体験なさるのが一番ですわ! どれをお勧めいたしましょうか。やはり最初と言うことなら全ての始まりであるあの作品でしょうか? 在須さん、スーファミは御持ちになられて?」
「うんうん落ち着いて、落ち着いて鈴夢ちゃん。はい吸ってー、吐いてー、紅茶飲んでー」
突然興奮した八月朔日をなだめながら、花山院のお嬢様たちにもそういう文化が流行っているのかなぁ、と有栖は思う。麗奈も最近、漫画みたいな変な小説を読んでるのだし。




