マリアの子 その10
前に出過ぎた、と春光は己の失策を悟った。
自分の方へと向かってくる機体が見える。数は三。腹が出た体躯の砂漠迷彩色。
インド産の大型マキャヴェリー、ゴガッシャだ。大型マキャヴェリーの開発が始まった最初期に生まれた機体で、すでに生産ラインも止まっている。骨董品だった。
三機のゴガッシャは、どれもが鈍重な動きをしながらも、アサルトライフルをライブラへと向けてくる。ライブラはとんでもない紙装甲だ。人間が扱う拳銃の弾丸程度なら防げはするが、対ドール・マキナ用の銃弾など耐えれるはずもない。
銃撃。
無数の銃弾がライブラに向かって飛ぶ。だが、それらがライブラの元まで届くことは無かった。
『ここは通さん』
射線上にカルージャがその身を割り込ませ、腕から発生させたビームシールドで銃弾を防いだからだ。
『約束の通り、お前はオレが守ろう。お前はお前の使命に集中するといい』
「頼みます、ルドラ先輩!」
春光は、ガーランが遠慮なしに飛ばしてくる生身の操縦者とコックピットブロックへ、有線式の腕をひたすらに飛ばし続ける。
戦闘能力を持たないライブラで、前へと出ざるを得ない理由がこれだ。機体から投げ出された操縦者たちは、口封じに殺されるか、流れ弾にあたったり、あるいは踏みつぶされる可能性だってある。誰かが回収する必要があった。
が、その犯罪者が入ったコックピットブロックが、たまに生身の犯罪者が、次から次へとイクス・ローヴェの方から自分へ向かって飛んで来る。
「ひー! ガーラン殿下! ちょっとペース落としてー!?」
通信機からの「もいっちょ!」という無慈悲な声と共に、犯罪者たちが追加で二人飛んできた。
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春光が犯罪者の捕縛作業を始めたのを見て、ルドラはカルージャの左大腿部から拳銃を引き抜いた。銃剣に加え、二つの銃口を持つ大型拳銃。ガネシタラの標準装備、LMSハイブリッド・ハンドガン・バヨネットだ。
ビームシールドの影から、最も近いゴガッシャへと連射。ビームは対ビームコーティングに弾かれ、実弾は機体の装甲に阻まれる。だがそのうちの一発が、ゴガッシャの持つアサルトライフルに直撃した。
小規模な爆発。
爆炎の中から、銃を失った飛び出してくる。その手にはビームソードがあった。カルージャの元へと距離を詰めようとして来る。アサルトライフルが無事な残りの二機もその後を追う。
一機が近接戦闘で敵の足を止め、周囲の機体が包囲射撃を行う。よくある、ありふれた連携だ。
ところで、
(……遅い。いや、遅すぎる。所詮は罪人が駆る機体か)
ルドラの記憶にあるゴガッシャは、もっと機敏に動いていたはずだ。そして今の朝鮮半島は、世界各地からの犯罪者が集まる劣悪な環境。十全な整備を受けれるはずもない。
ルドラは思うのだ。哀れな、と。真っ当な整備を受けてルドラが操れば、眼前のゴガッシャよりも6割増しで機敏に動けるだろう。
はっきり言って離脱は容易。だが後ろには犯罪者を絶賛捕縛中の後輩がおり、この場を動くわけにはいかない。ゆえに、
「アージュン、割れ」
ルドラがそう言った直後、後ろ2機のゴガッシャに、斜め上空からのビームが直撃した。対ビームコーティングに弾かれるが、2機は衝撃を堪えるために足を止めて踏ん張る。
それからワンテンポ遅れて、2機の前を強力なビームが横切っていった。眼前を横切った脅威に対し、反射的に後退、回避行動を取る。
『足を引っ張るなイギリス人! 貴様が撃っていなければ私の攻撃は当たっていたぞ!!』
『だから足を止めさせたんですよ。直撃させるのならあと3割は威力を絞ってください。今の威力だとほぼ確実に死にますよ』
『ええい、威力が過剰に過ぎたか!!』
「ならアージュン、独りで祖国に帰るがいい。そして父上にこう伝えてくれ。『我が兄ルドラは、不詳の弟の分も立派に使命を果たしている』とな」
『普段寡黙な癖に、私を馬鹿にするときばかりは口が達者だな貴様は……! だいたい兄は私の方だ!!』
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麗奈たちは見た。アルジーナが放ったビームは、他のどの機体にも当たることなく、5つの倉庫をぶち抜いて、それら全てを派手に爆発させたのを。
≪あ、クソ。あの白い機体、爆発を背景に戦ってるの絶対映えてるのに、ここからの角度だと見たくても見えねえ! ……ところであれ、あの爆発した倉庫、一体だれが弁償するんだろうな≫
(わ、わたくしがあえて考えないようにしていたことを……!)
≪感想:一般的に考えて、倉庫の持ち主が申請を出せば、国か都が補償を出すのではないでしょうか。何らかの保険に入っていればの話ですが≫
≪ドール・マキナ保険……! そういうのもあるのか!?≫
ある。レムナント保険はドール・マキナ保険に加えて、日本では唯一オモイカネ式義肢保険も完備。ドール・マキナ犯罪が頻発する今、是非ともご加入を検討してほしい。
≪ご覧の番組は、レムナント保険の提供でお送りいたしま~す!≫
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分断された後方の2機が、カレトヴルッフとアルジーナに視線を向けるのをルドラは認識した。好機だ。
「ゴガッシャよ。我がトリシューラの威をもって、艱難辛苦より救世しよう」
救世、というのは仏教用語だ。ヒンドゥー教徒であるルドラが敢えて仏教用語を用いたのは、祖国を共にするゴガッシャが敵の手に落ち、悪の道に堕ちたからこそであった。
カルージャが構える。槍だ。巨大な穂先を持つ突撃槍タイプではなく、長い柄と小さな穂先を持つ長槍タイプ。
柄は黒く、穂先は金、柄と穂先の繋ぎに石突が赤と、カルージャの機体配色と同じカラーリング。
これこそが、インド特殊教育機関『超人学園』にてルドラの要望によって作られた試作型兵装、『トリシューラ』である。
ゴガッシャが腕を振りかぶる。カルージャが槍を振るう。
一合すら、刃同士はぶつからなかった。ゴガッシャが腕を振り下ろすのに合わせて、トリシューラの刃先が腕を切り飛ばしたからだ。
カルージャが槍を『く』の字に振るえば、ゴガッシャが三つに分断される。トリシューラの穂先はレオン合金製。イクス・ローヴェの爪と同じ材質だ。ドール・マキナを両断することなど実に容易い。
三分割された中央が地上に落下、その衝撃でコックピットブロックがこぼれ落ちる。直後、背後から飛んできた腕がコックピットブロックを確保、回収していった。
(対応が早い。お飾りだと侮っていたが、なかなかどうして……)
分割された残りの部位は、切断面から火花を散らしてはいるものの、いずれも爆発を起こさない。
大型マキャヴェリーは、基本的に破壊されても爆発することが無い。そもそも戦闘を前提として設計されているのだから、最初から誘爆性の高い素材を用いたりするはずがない。動力であるミスリル・リアクターですら、仮に破壊されても爆発しない。
とはいえ、必ず爆発しないという訳でもない。内臓兵器の火薬に引火でもすれば、言うまでも無く爆発する。対ビームコーティングが剥がれたところに強力なビーム攻撃が直撃しても当然爆発する。
そして、旧式の大型マキャヴェリーに使用されている、コジェネレーション・システムに直撃すると、特別大きな爆発を起こす。
ミスリル・リアクターが小型高性能化した結果、それまでのミスリル・リアクターを搭載していた機体は、当然だがリアクターのサイズが合わない。この補正ジョイントを兼ね、加えてミスリル・リアクターの放つ高熱を発電に利用する機構。それが廃熱発電・システムである。
だが、このコジェネレーション・システムは、廃熱、すなわち蒸気でタービンを回すという構造上、内部に揮発性の高い液体を媒介とせざるを得ない。だから大爆発を引き起こすのだ。
更にゴガッシャは、インド産の大型マキャヴェリー開発、その基礎となった機体である。当然、ルドラも内部構造を熟知していた。どこをどう切れば爆発しないかをよく知っている。
「―――では、今度はお前たちの番だ」
眼前、奇跡的なバランスで立ったまま静止していたゴガッシャ、その腹部をカルージャが蹴り飛ばした。向かう先は、未だ無事な2機のゴガッシャ、その片方。
ルドラは知っている。このゴガッシャは、この程度では爆発しないことを。
では、相手はどうか?
残骸が飛んできたゴガッシャは、大きく後方へと回避行動を取った。ぶつかるのを避けるためではない。明らかに至近距離での爆発を恐れての動きだ。
この瞬間、ゴガッシャに乗っていないカルージャよりも、ゴガッシャに乗っている当人の方が、理解度が浅いことが露呈した。
「愚物か」
ルドラはつまらなそうにつぶやく。異国にてゴガッシャを駆る者たちに多少の興味はあった。だがそれも既に失せた。機体の整備状況、操縦練度、対応能力。全てにおいて知る価値無しの落第点。
ルドラであれば、前に出て残骸を掴んでいる。装甲はまだ活用できるのだから盾にも使えるし、なんなら相手に投げ返して露出したコジェネレーション・システムへ銃撃、即席の爆弾として使ってもいい。
「我がトリシューラ、ただの槍と思うな」
その残骸へと、カルージャは穂先を向けた。刃が中央から二つに割れ、内蔵されていた銃口を露出させた。
「撃ち抜け、バルガヴァストラ!」
強力なビームではない。アルジーナのナヴィープラーヴァのように、対ビームコーティングの上からお構いなしにダメージを与えるような威力は持たない。
そもそも、ルドラの狙いは敵対するゴガッシャではない。
胸部を失ったゴガッシャの残骸、その露出しているコジェネレーション・システムへと、ビームが直撃した。
カルージャとゴガッシャ、その中央で大爆発が起きる。黒煙によってお互いの姿が視認できなくなる。
対するゴガッシャは、煙の中目掛けて銃を連射した。カルージャが煙を突っ切ってくると踏んだからだ。
ルドラの意図は違った。即席の目暗ましを盾に、もう一機のゴガッシャを排除しようと行動する。
そちらのゴガッシャもカルージャとは距離が離れている。トリシューラの内臓ビーム砲、バルガヴァストラの威力では、仮に直撃させても撃破は不可能であることは明白。ゆえに接近する必要があるが、ルドラの役割は春光の、ライブラの護衛だ。近くを離れるわけにもいかない。
なれば、トリシューラが有する更なる機能。
「―――奔れ、トリハマダル!!」
トリシューラの穂先が、射出された。プラズマ纏う金の穂先は赤の根元と共に、ワイヤーで黒柄と繋がれて飛翔する。
対するゴガッシャはサイドステップ。穂先の射線上から退避した。投槍の欠点。銃と違い、回収しなければ再攻撃は出来ない。ゴガッシャのパイロットは経験則的にそう考えた。更には穂先そのものが飛んだことで、内蔵されているビーム砲も使えない。若輩者が旧式だからと油断し、無防備な姿を晒したと、そう思った。
だから穂先から注意を逸らし、カルージャへと銃口を向ける。
そして全く警戒していなかった真横から、トリハマダルが機体に突き刺さった。
カルージャは、手元の黒柄を振り回してもいない。つまり、トリハマダルは自ら進行方向を変えたのだ。
これこそが、トリハマダルの有する機能。この世界ではM・ナーゲルと呼ばれる、手動遠隔操作攻撃端末である。ちなみに投げるからナーゲルではなく、ドイツ語の『爪』に由来する。
そして、ゴガッシャは大爆発を起こした。レオン合金がまとうプラズマが、コジェネレーション・システムの蒸気に引火したのだ。
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≪オイオイオイ。死んだわあいつ≫
「不幸な事故でしたわね……」
≪ルドラ選手は気を落とさずに、今後も活躍してほしいですねー。なぜか分からんけど、あんま他人って感じがしないんだよなーあの双子≫
「あら、これは……」
麗奈はローズ・スティンガーを通じ、妙な反応を得た。先ほどルドラが爆散させたゴガッシャ、その中からいまだに生命反応を感じるのだ。死に掛けているような気配でもない。
「……あの爆発で、生きてる? どんなからくりですの?」
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なんてことはない。トリハマダルは、コックピットブロックとコジェネレーション・システム含む動力部、その中央に突き刺さったのだ。レオン合金製の刃が、コックピット真下からの爆発から搭乗者を守り抜いたのである。
(あと1機……!)
ワイヤーを巻き取り穂先を回収しながら、ルドラはもう一つの爆炎へを視線を移す。だが、対応する必要はなかった。
『天○剣! Vの字斬りィーーー!!!』
上空からカレトヴルッフが降り立ち、一瞬でゴガッシャの両手両足を切り飛ばしたからだ。
『おや、ひょっとして私、余計なことしました?』
「……いや、そんなことはない。遊撃はお前の使命だ。なればこれも当然のこと。ところで、だ」
『なんでしょう?』
「……先ほどの、天○剣とはなんだ?」
同じ部隊にしか聞こえない回線で技名を叫んでいるからいいものの、外部出力状態だったら2ch(※2000年設定なのでこの時代はまだ2ch)で『【朗報】イギリス留学生王子、ボ○テスⅤ履修済wwwwwww』みたいなスレが立ってた可能性




