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マリアの子 その8


≪復ッ≫


≪活ッ≫


 麗奈の頭の中で、数時間ぶりにマリアの声が響いた。エーリカを見た瞬間に、意味深な言葉を残して沈黙を守っていたマリアが。


≪獅子王マリア復活ッッ≫


≪獅子王マリア復活ッッ≫


≪獅子王マリア復活ッッ≫


≪見てェ……。俺が死んだ後の話の続きを見てェ~~~~~~……≫


 麗奈は思う。このまま一生黙っていてくれても良かったのに、と。というかしばらく静かだった反動の性だろうか、普段よりもやかましく思えてくる。


≪おいおい寂しいこと言うんじゃあないよ。ローズ・スティンガーが出張るってんなら俺が出てこなくてどうすんだよ!≫


(どうもしませんわよ……!)


≪まぁ反応できないのも分かる。2000年時点じゃこのネタまだ出てないもんな。てかドライコイン、このネタっていつ載ったっけ?≫


感想(レビュー):知りませんよそんなこと。あ、いえ、お待ちください。なんか・……、見つかりました……。2018年です。……なんで当機のデータベース、こんな何の役にも立たない情報まで搭載されてるんでしょう?≫


≪そして話は聞かせてもらった! 居なくなったと思った? ざぁんねん、ダンマリ決め込んでただけでしたー! ……そんじゃ、見せつけてやろうぜ。……本物の、ラスボスってやつをなぁ!!!≫


 マリアの言葉に合わせるのは癪だが、やることはやらねばならない。麗奈はローズ・スティンガーに行動を命じる。


 ローズ・スティンガーが飛んだ。否、跳んだ。背中のテールバランサーを鞭のようにしならせて、まるで空間を叩いた反動で跳ねるように。



 消えた、と優美は思った。ローズ・スティンガーの姿を焼き付けていたはずのその目には、空へと昇るオレンジ色の残光しか残らなかった。



 ローズ・スティンガーは一瞬で、上空数百メートルの高さまで移動する。地面へのうつ伏せの体勢だ。


 やることは分かっている。ローズ・スティンガーの能力を使えば、実に容易い作業だ。いや、ローズ・スティンガーからすれば、作業という意識すら無いないのかも知れない。


「隠れたところで、丸見えですわよ」


 コックピットにあるセンサーモニターは、何の光も灯していない。何せ搭載されているのは、どれもこれも400年も前の機材だ。ほとんどは、とっくの昔に使えなくなっている。生きているのはメインモニターと、もう規格が古すぎてどこも使っていない通信機くらいなものだ。


 だが、麗奈の頭の中にはローズ・スティンガーを介して、明確に、誰が、どこにいるのかが視えている。


 どうにかして有栖を背負うことが出来た五十鈴が。


 優美に抱き着いたまま、未だに号泣している六華が。


 シスター集団から解放され、優美に抱き着きに行くラセリハが。


 遠く離れた場所から、時速60キロ前後で近付いてくる春光が。



 そして、炎上する倉庫以外から感じる、無数の倉庫に一人ずつと、実に不自然に散らばった気配が。



「さぁ、暴き立てなさい、ローズ・スティンガー! 複数狙撃(マルチスナイプ)並列発射(パラレルシュート)!!」



 サソリの頭が配置されたローズ・スティンガーの胸部、四対八個の瞳、その中でも一番小さい四つが同時に光る。


 その瞳から、合計33発のビームが放たれた。


 それぞれが目標に合わせて威力が調整されており、弾速もビームの太さも異なる。だが着弾するのは全くの同時であり、目標物、すなわち()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


   ●


「ローズ・スティンガーの攻撃行動を確認!」


 ルスタンハイツ・ヴァイスエルフの艦橋、ジェシカの声が上がった。


 報告を受けたソフィアが大型モニターを見ると、そこに映っているのは、普段よりも不鮮明な、ややノイズの走る衛星からの受信映像だ。


「総員に通達。現時点をもって作戦をサードウェーブに移行」


「了解! 作戦はサードウェーブに移行!」


「仰角徐々に上げ! ヴァイスエルフ、緊急浮上!」


「ヴァイスエルフ~、緊~急~浮上~~~」


 アッヘンバッハの声が答える。気の抜けるようなゆったりとした声とは裏腹に、艦体は艦首を斜め上に、海中を勢いよく突き進む。


 海が割れる。海水の塩分など意にも解さぬと、鋼鉄で編まれた白カタツムリが空へと姿を現した。


   ●


『各機、発艦をお願いします!』


 目を閉じ、腕を組んでいたガーランは、艦橋からのジェシカの声に目を開けた。のそりと巨体を動かす。花山院学園の制服に身を包み、いつものサングラスをかけている。


 だがその雰囲気は、ひどく不機嫌さを纏っていた。


 熱を吐くような息を漏らす。組んでいた腕を解くと、ガーランの手に合わせた特注サイズの操縦桿を握りしめた。


 眼前、モニターに映る鋼鉄の扉が開いていく。その隙間から覗くのは、昼間にしては奇妙に薄暗い空の色だ。


 フットペダルを踏み込み、左右の操縦桿を前へと押し出せば、


「ガーラン・リントヴルム。イクス・ローヴェ、発進(フォー)!」


 甲板カタパルトから、白い獅子が放たれた。


   ●


「クソッ、どうなってやがる! なんで俺の場所が分かった!?」


『トニー、俺もだ! バレてる!』


『ナシムとミカエルも、もちろん俺もだ!』


 アンソニーの元へ、同じように愛機に搭乗したまま隠れていた仲間たちから、次々と天井を吹き飛ばされたという報告が相次ぐ。アンソニーはコンソールを一発殴り、


「作戦変更! 奇襲は無しだ! 全員起きろ、あのアバズレを叩き落とす!!」


 ミスリル・リアクターに火を入れる。大型マキャヴェリーの多くに使われる、標準的な動力機関だ。静粛性は高い反面、馬鹿みたいな高温になるという課題を抱えているので、待機中は停止させていたのだ。


 ローズ・スティンガー(アバズレ)は未だに空に浮いたまま、何も身動きを取らずにいた。誰から倒すのかを吟味しているのかも知れない。アンソニーはそう思う。


「選り取り見取りってか? 舐めやがって……!」


 全部やつのせいだ。ローズ・スティンガーが再び世に姿を現してから一週間。この一週間、関東近隣で『仕事』が急激にやり辛くなった。極道(国内協力者)からも次々と連絡が取れなくなっている。


 仕事場を変えるというのは難しい。大型マキャヴェリーというのはその名の通り巨大だ。一般的な車道を使って、隠蔽したまま移動させるのは不可能と言っていい。車道を使うなら解体作業が必須になる。だから日本では、大型トレーラーから人型へと変形するドール・マキナ、クルスを開発しているのだ。


 マキャヴェリー規格の構造上、手足を外すのは容易だ。そして手足くらいなら道路で運べる。だが、胴体部分が問題だ。胴体を道路一車線で運搬できるように分解するには、それなりの設備が必要になる。『本土』に戻ればともかく、出稼ぎ場ではそんな当ては無かった。


 長年連れ添った相棒を捨てるということは考えられなかった。数年前に妻が出ていった今、アンソニーに残されたのは、この愛機と故郷でアンソニーの帰りを待つ一人息子だけなのだ。


 だからここで迎え撃つ。否、誘い込む。


 聞いた話では、本土ではローズ・スティンガーを創世神だと崇める頭のイカれた連中が、連日連夜、神の復活だと祭りのように騒いでいるらしい。騒いでいる連中の前に、ローズ・スティンガーの残骸を持って行ってやったらどんな顔をするのか、アンソニーは今から楽しみで仕方がなかった。



 この場にいる者たちは、ローズ・スティンガーの撃破を目的として集まったのだ。



 ラセリハたちを誘拐した者たちとは、別のグループだ。誘拐犯たちはポツダム半島に戻る手段を失っていた所に、「ラセリハを連れてきたら本土に戻れるようにしてやる」と誘われただけに過ぎない。


 アンソニーたちは違う。ラセリハを助けに来るであろうローズ・スティンガーが狙いだ。何が世界最強の怪物だ、馬鹿馬鹿しい。どれだけ強靭だろうと所詮は単機。数の暴力に勝てるはずがない。囲んで叩けば終わりだ。楽な仕事だ。箔も付く。息子への自慢話がまた一つ増える、はずだった。


 予想通りにローズ・スティンガーは現れた。あとは予定通りに、ラセリハを盾にするだけだ。だが、


「……誘拐グループとの連絡が取れねえな?」


『おい、トニー! 見ろ、燃えてる!!』


「あぁ?」


 アンソニーの乗機、米国産の最初期大型マキャヴェリー、LM-1アイダホが起動する。腹部が大きい、スモウ・レスラーのような体格だ。


 天井はすっかり吹き飛んでおり、つい先ほどまで天井を支えていた壁を掴む。が、その壁は機体の体重を支えきれずに崩れてしまった。代わりに地面に手を付いて起き上がる。


 近くからはサイレンの音が聞こえた。


 迷彩ヘルメットと暗視ゴーグルを付けた、兵隊のようなな顔をした頭部が左右を見回すと、さっきの通信の意味を理解した。


 ラセリハを捕らえていたはずの倉庫から、黒い煙が立ち上って燃えているのだ。おそらく今、全力でスプリンクラーが消火作業をしているのではないだろうか。


「こんな時に何やってやがる、あのアホどもは!?」


 アンソニーが正しく状況を理解できるはずもない。ローズ・スティンガーが現れるよりも前に、空から鋼鉄の手足を持つ少女が襲撃し、ラセリハたちを救出し、置き土産に膝からグレネード弾を発射していった可能性など、頭の端に引っかかることすらありはしない。馬鹿が煙草を消し忘れてボヤを起こしたくらいにしか思っていない。


 サイレンの音が近付いてくる。消防車でも向かってきているのかも知れない。日本の消防というのは優秀で、通報があれば5分以内に現場に駆け付けるらしいという話を、アンソニーはふと思い出した。


「ガッシー、お前のは確か()型の耐火モデルだったな? 踏み込んで人質を引っこ抜いてこい! 他の馬鹿は邪魔なら踏みつぶして構わん!」


『残念だがアンソニー、その暇はなさそうだ。海を見ろ。それと、馴れ馴れしくガッシーと呼ぶな』


 アンソニーがオーガストに見ろと言われた海側は、LM-1アイダホの背中側だ。後ろを確認すると、空を飛び、こちらへと近付いてくる白の機体。


「昨日暴れていたと噂の、新型キャバリエか!」


 その後方、先行する新型キャバリエとは異なる機体が後を追っている同型機らしき姿も見えた。数は三。


 その姿に、アンソニーには覚えがあった。数年前から情報が流れてくるようになった機体だ。かつては幻の機体とも、バニシング(存在しない)・マキャヴェリーとも呼ばれていた、インド産のハイエンドモデル。


 ガネシタラ。


 三機とも、馬鹿みたいな色をしている。アンソニーが知るガネシタラはグレー一色だが、一機は全身が紫で、灰色なのは背中と腰に見える追加パーツらしき部分だけだ。その一機だけは頭部の形状が異なっていて、ブレードアンテナが多いツインアイ・カメラタイプ。通信機能を強化することを目的としたミキシングビルド。おそらくは隊長機。アンソニーはそう判断した。


 残りの二機は、丸みを帯びた頭部に、目に当たる部分はバイザーで覆われていた。アンソニーの記憶にあるとおりの頭部。だが、機体の色がとんでもない。一機は赤と黒と金で、もう一機は青と白と銀。どちらも、まるでコミックに登場するヒーロー・ロボットのような外見だった。


 ハイエンドモデル。それも近年まで、その情報が秘匿されていた機体だ。希少性は極めて高く、ポツダム半島に持ち帰ることが出来れば数年は食うに困らない。


 惜しむらくは、今回の目的はローズ・スティンガー、及びその護衛機の破壊だ。ガネシタラを鹵獲するための装備までは用意していないしされていない。


 一方で、白の新型キャバリエは完全に不要だ。粉々に砕いても全く惜しくはない。


 本来であれば付加価値が高いはずの新型という要素は、キャバリエに限っては全く価値にならない。それというのも、キャバリエというカテゴリーは、専用艦との連携を前提に運用される機体に対するカテゴリーだからだ。つまり、機体だけを鹵獲しても、その母艦も鹵獲できなければ宝の持ち腐れなのである。


 ポツダム半島内のドール・マキナ事情はマキャヴェリーが圧倒的多数を占めており、キャバリエでは買い手が付きにくいし、部品の規格も違うものが多くて流用しにくい。売ったところで倉庫代に分解代、売れるまでの維持費で逆に赤字になることも珍しくはない。はっきり言ってゴミだ。


「手前ら、馬鹿共が馬鹿やったおかげで作戦変更だ! あの中から一機を人質に取る! ()()()()を持って帰ろうなんて欲をかくなよ、今回の目的はクソサソリの破壊だ!」


 上を見上げる。ローズ・スティンガーには動く気配がない。


「高みの見物、って訳かい」


 息子と遊んだジャパニーズ・ビデオゲームを思い出す。アンソニーは知っていた。ボスと戦うためには、前座を倒さなければ戦えないのだと。ちなみにソフトもゲーム機もテレビさえも、日本から盗んできたものである。自前で用意したのは電気だけだった。


 周囲の倉庫から、様々な機体が起き上がる。


 アンソニーと同じアメリカ産のLM-1アイダホ。


 インド産の最初期大型マキャヴェリー、ゴガッシャ。


 中型マキャヴェリー、モルディムEMM301はブラジル産の最新鋭機だ。


 他にも多数、様々な国で作られた中型マキャヴェリーや、現在では制式採用から外された旧式大型機。更に継ぎ接ぎ(パッチ)マキャヴェリー(ワーカー)も混ざっている。


「打ち合わせ通りの編隊(チーム)で当たれ。最低でも一人は常に上のアバズレに注意しろ。さっきみてえに空から撃ってくるぞ! もし倉庫からガキが逃げ出してきたら、絶対に連中より先にとっ捕まえろ!」


 実に残念なことに、アンソニーたちは気付けていなかった。切り札であるラセリハたちが、既に救出されていることに。


   ●


≪さっきローズ・スティンガーが使った並列同時射撃ってさ、最大で一度に何発撃てるんだろうな? やっぱ65535なのかな?≫


疑問(クエスチョン):なぜ2の16乗が出てきたんでしょうか?≫


≪いやね、某重力を操るラスボスから味方になる機体がね、最大で65535機を同時に攻撃出来るからさ。こいつもそうなんかなーって≫


 麗奈たちは、上空に滞空したまま、倉庫街の全体を見渡していた。


 その姿勢は相変わらずうつ伏せのままだ。だが麗奈は重力で前に引っ張られるでもなく、体重を背中へと、つまり空に向けてシートにかけている。かといって。踏ん張っているわけでもない。シートベルトも装着していない。優雅に足を組んで腕を組んで、空から地上を見下ろしている。


 ローズ・スティンガーが放ったビームの数と同数、33機のドール・マキナが陣形を整えようとしている。


 実は天井を吹き飛ばすだけに留めず、そのまま全敵機を破壊することも可能ではあった。むしろ天井だけが吹き飛ぶように、威力を調整までしたのだ。


 そんな面倒なことをしたのには、いくつか理由がある。


 一つ。搭乗者の生命が保証されないこと。ドール・マキナが搭載した動力によっては、破壊時にとんでもない大爆発を引き起こす可能性がある。屋根だけを吹き飛ばすように威力を微調整する程度のことは難なく出来るが、隠れているドール・マキナが破壊時にどれだけ爆発するかまではさすがのローズ・スティンガーでも予測出来ない。


 一つ。ラプソディ・ガーディアンズの実績作り。ローズ・スティンガー単機ですべてを解決してしまっては、わざわざ税金を投入してまで設立された多国籍特殊部隊の意義が疑われてしまう。加えて、その能力までも疑問に思われてしまう。存在意義を作り、その実力を国民に、そして日本から搾取しようとする国際犯罪者たちに見せつける必要があった。


 視界の中、海岸沿いに一台のパトランプが移動しているのが見える。流石に距離が遠過ぎて、ローズ・スティンガーと言えどもサイレンの音までは拾えなかった。


 海上では、白い軍艦から発射した四機がもうすぐ海岸へと到着しようとしている。


 パトカーは有栖たちがいる場所を通り過ぎた。敵の勢力が一望できる地点まで移動する。事前に打ち合わせておいた、四機のドール・マキナとの合流地点へと。


 そして、変形。パトカータイプの小型クルス、XSCライブラ。前輪が搭載されている前腕部を使い、車両形態のまま飛び上がっての空中での変形だ。


 着地する。音は聞こえずとも姿は見える。


 ライブラは拳銃を、そして警察手帳を模したナックルガードが取り付けられた特殊警棒を取り出し、警察手帳のように突き付け、


「あ」

≪あ≫


 その行動を察知できたのは、空から状況を見ていた麗奈たちだけだった。


 きっと春光は、「ホールド・アップ! ラプソディ・ガーディアンズだ!」と言っている途中だったに違いない。


 ライブラの斜め後方、イクス・ローヴェが着地する。着地と同時、力を籠めるように身を低くしたのが見える。


 直後、イクス・ローヴェは敵陣へと飛び掛かり、最も近くにいた敵機を、金色の輝きを纏った指で殴り切った。


 イクス・ローヴェの腕部搭載マニピュレーター、ストライク・プラズマ・クローは超高速微細振動派と非常に鋭利な切断面により、『殴る』と『切る』を両立する兵装だ。攻撃された敵機は下半身を残して上半身だけが吹き飛び、斬られた跡から打撃の衝撃で分砕されていく。


 残骸と共に、ひときわ丈夫なコックピットブロックが落下し、地上を転がっていった。


 そしてそのまま、即座にイクス・ローヴェを中心に戦闘が始まった。


というわけで次回こそ戦闘回

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