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神は此処にありて 1


 善因には善果あれかし


 悪因には悪果あれかし


    ――――――獅子王家、家訓


   ●


 獅子王家に生まれた人間にとって、15歳の3月31日は特別な意味を持つ。『蠍杯(かつはい)の儀』という、元服儀式を執り行うためだ。


 獅子王家は江戸幕府の成立と同時に興された歴史のある家であり、古い家だから古い風習が残っていたりする。


 そして獅子王麗奈(れいな)は今年、無事に中等部を卒業した。中等部を卒業したということはつまり15歳であり、15歳ということはつまり蠍杯の儀の当事者なのである。


 しかしてここ現代日本では15歳というのはまだ未成年であり、いかに古くて権威ある家が成人を認めたとしても法はそれを認めず、つまるところ変わることと言えば、麗奈の毎月の小遣いが大幅に増えることと、麗奈の祖母、緋蜂(ひばち)が本格的に麗奈の婿探しを始めることくらいであった。



 現在時刻は午後1時13分。


 予定時刻は午後5時以降、参加者が全員集まり次第に柔軟に。



 正直に言おう。麗奈は暇を持て余していた。いつも一緒の分家の幼馴染、在須あれす有栖ありすは蠍杯の儀の参加者の一人として、その準備に緋蜂と共に出かけていたからだ。


 自室の本は読みつくしてしまった。花山院(かさんいん)学園の図書館は春休みの間はずっと休館。高等部で使う教科書が届くのは明日。


 20分も歩けば学生寮に到着するが、この時期は殆どの寮生が里帰りをしている。そもそも麗奈には細々(こまごま)としたことで競い合う五十鈴(好敵手)はいても、友人と呼べる関係性の者はいない。


 だから麗奈は昼食後、腹ごなしとばかりに庭の中を適当にぶらついていた。歴史のある家だけあって、獅子王家は無駄に広い庭園を有している。見慣れた自分の家の庭であっても、少女一人が暇つぶしに散歩をするには十分だからだ。


 麗奈は赤い和服を身に纏っていた。今日が特別な日だからという訳ではなく、普段から私服は和服ばかりだ。和服を常用している緋蜂の影響と、金髪碧眼という日本人らしからぬ容姿に対する、思春期なりの反発心によるものだった。


 本日はハレの日だからと、麗奈が選んだのはお気に入りの一品である。金の薔薇が刺繡された、色鮮やかな赤い和服。さらに金の髪には赤い装飾の(かんざし)を挿し、頭の上で一つに纏めていた。


 桜の樹が植えられた一角を通る。まだつぼみだ。満開まではもう一週間といったところ。


 庭師の老人と一緒に、池の鯉に餌やりをした。


 愛猫(あいびょう)のペコが蝶々に飛び掛かっていた。オッドアイの白猫だ。そうして観察していると、ペコが追いかける蝶々は高度を上げ、塀の上を超えていった。


 視線を戻すと獲物に逃げられたことを誤魔化すかのように、ゴロリと転がり腹を見せてきた。「撫でろ」と言われた気がしたので、腰を落として撫でてやった。



 呼ばれた気がした。



 その不可思議な感覚に、ペコを撫でる手が止まっていた。なんだもう撫でないのかとペコはむくりと起き上がり、麗奈の方を振り返ることなく、家の中へと戻っていってしまった。


 その後ろ姿を見送り、麗奈は立ち上がった。


 再び、呼ばれた気がした。やはり、先ほどのは勘違いなどではない。


 有栖や緋蜂だろうか。外を散策している間に帰ってきて、麗奈が家の中にいなかったから呼んでいるのかもしれない。


 ふと、こちらだ、と不思議と確信めいたものに導かれ、麗奈は歩き出した。足が向いた方向に何があるのかは知っている。土蔵だ。


 獅子王家は古い家だ。土蔵がいくつも並んでいる一帯がある。


 そして麗奈がたどり着いたのは、家政婦や警備員からは『開かずの蔵』と呼ばれている蔵だった。


 何故開かずの蔵なのか。実に単純な話で、その蔵の鍵だけは管理室に無いからである。


 獅子王家当主だけが入れる部屋の金庫に蔵の鍵は保管されている。それがこの蔵を開かずの蔵と呼ぶ者たちの共通見解である。


 だが。


 その開かずの蔵は、扉が開かれていた。15年間ここで生活してきた麗奈にとっても、生まれて初めてのことであった。


 さては、と麗奈は思った。


 さては、この蔵は蠍杯の儀に使う道具が仕舞われているに違いない。麗奈を呼ぶ声は当主代行の緋蜂か、あるいは昨年に儀を終えた有栖ではないか。そして蔵の中から麗奈を呼んだものだから、音の大半が壁に吸われてしまい、その残滓が奇跡的に麗奈の元へと届いたのだろう。


 麗奈はそう推測し、何の警戒も無く、開かずの蔵を覗き込んだ。


「お婆様、有栖? こちらにいるのですか?」


 緋蜂も有栖もいなかった。しかし、蔵の中には奇妙な物が鎮座していた。


 ―――ドール・マキナ。


 まるで闇夜を抽出したかの如き漆黒。片膝立ちで待機している。頭部は俯いているせいで顔が見えない。高さは現時点で3メートル程度だから、立ち上がれば4メートルに届くだろう。


 蔵の中に足を踏み入れる。3月末日の午後1時ともなれば外気はそれなりに温かく、ひんやりとした蔵の空気が心地よい。


 他に何かあるのではないかと蔵の中を見渡すが、ドール・マキナ以外には何もなかった。


 奇妙な話であった。蠍杯の儀で何をするのかは事前に知らされている。有栖から去年の話も聞いている。だがその話の中に、ドール・マキナという言葉が出てきたことはただの一度もない。


 単に、道具を取り出した後に扉を閉め忘れただけだったのかも知れない。


 ふと気になったことがあり、麗奈は後ろを向いた。蔵の出入り口は麗奈の頭より30センチほど上にある。麗奈の身長は170センチと女子の中でもそれなりに高い。


 つまりこの蔵の出入り口は高さ2メートル程度であり、今麗奈の背後にあるドール・マキナは全高4メートルであり、普通に考えるとそのままでは運び込めない。


 分解して運び込んだのだろうかと考えて、すぐに頭の中で否定する。それなら中で組み上げる必要が無い。この状態では中に運び込むことが出来ないということは、この状態では外に出すことも出来ないということだ。それなら分解したまま保管した方が都合がいい。


 そもそも、こんな土蔵の中でドール・マキナを組み上げられるとは思えない。ドール・マキナというのは鋼鉄の塊なのだ。小さな部品程度ならともかく、腕一本を丸ごと持ち上げるのは、こんな狭い空間では大儀することは間違いない。



 ところで、麗奈がドール・マキナに詳しく、そしてこの謎のドール・マキナに興味を持っているのは、二つの理由がある。


 一つ目。獅子王家が経営するレムナント財閥は、かつてはドール・マキナの開発を主業務としていたこと。今現在は採算が取れず凍結中だが、麗奈が財閥総帥になった暁にはいずれ復活させることを目論んでいる。


 二つ目。麗奈は中等部でドール()マキナ()マーシャル()アーツ()という、文字通りドール・マキナを用いた総合武術競技を行っていたこと。なんと今年度の優勝者という有終の美を飾った程である。


 ついでにチームメンバーが悪乗りし、記念撮影の時に背後を爆発させて特撮ヒーローの登場シーン張りの記念写真を撮ることにも成功した。大会スタッフにしこたま絞られた。全然美を飾れていなかった。



 再び身体を反転させる。もう一度、謎のドール・マキナを視界に収める。


 もしかして、ハリボテなのではないか。麗奈のそんな考えは一瞬で打ち砕かれた。


 この存在感がハリボテなのだとしたら、麗奈の脳は水槽の中で電極を刺されて仮想空間を認識していると言われても信じるだろう。


 黒のドール・マキナは変わらずそこにある。相変わらずの膝立ちで、立ち上がれば高さは4メートルに届きそうで、



 赤く輝くツインアイと、ばっちり目が合った。



 その時には、麗奈は既に体の自由を失っていた。


 確かな存在感を放っていたドール・マキナが、まるで蜃気楼だったかのように目の前から消滅した。


 身体に力が入らなくなる。前のめりに倒れ込む。受け身の取り方は無意識にでも取れる程に身に染みているのだが、指の一本も動かせないのであれば宝の持ち腐れだった。


 あ、これ痛いやつだな、と思った直後には、麗奈は土蔵の中に倒れ込んでいた。


 額を地面にぶつける。衝撃で(かんざし)が抜け、ドール・マキナが存在した場所に転がっていく。まとめていた髪が無造作に広がった。相変わらず体は動かせず、痛いと叫ぶことすら出来ない。


 そして、



《私は神だ》



 いかにも厳かさをメッキのように貼り付けたような男の声が、耳を介さず、頭の中に直接響いた。



 ―――なんだ、夢でしたのね。



 麗奈は即座にそう思った。


 目の前に確かに存在したドール・マキナが、突如として消失したのだ。これが夢でなければなんだというのか。そこに追い打ちのように頭の中に謎の声が響いたとなれば、これは夢とみて相違あるまい。


《ちょいちょいちょいちょいちょーい!?》


 頭の中に、再び声が聞こえた。先ほど感じた厳かさは、やはりメッキだったのだろう。あまりにも容易く剥がれていた。


 疲れていると変な夢を見やすいと言うが、どうやら自分で思っていた以上に疲れていたらしい。


 それにしても、実に現実感のある夢だった。倒れた時の痛みなどまさに現実そのもので、惜しむらくはその時の痛みで目が覚めなかったことだろう。


 どうやって目覚めようか。体には未だに力が入らず、土蔵の床に倒れたままだ。


 いや、これは逆に都合がいい。麗奈はそう考える。夢の中で眠れば、逆にこの夢は終わるんじゃないかと思ったからだ。


《だから寝るなって! 夢じゃないから! 現実だから! クッソ、400年近く温めてきたネタがまさかスベるとは……。おいドライコイン! 黙ってないでお前もなんか言ってやれ!!》


感想(レビュー):演出のために黙っていろと言ったのはマスターでしょうに……》


 頭の中に、先ほどとは別の声が増えた。


《感想:初めまして、ミス麗奈。当機はドライコイン。機械(デウス・)仕掛け(エクス・)の神(マキナ)基本情報定着(インストール)……、は失敗していますね。やはり人造トランクでは無理がありましたか》


《えっ、マジで? じゃあどうすんだよ》


《感想:どうもこうも、当機の使命はマスターが死亡した時点で達成しています。現在も協力しているのは、まぁ、完全にサービスですね》


提案(サジェクション):ミス麗奈、当機のことを正確に説明しても余計に混乱するでしょうから、話しかけたら返事をしてくれる万能ナビゲーションAIくらいに思っていただければ十分です》


《自分で『万能』とか言いやがって……。ちなみにこいつあれな、さっき消えた黒いロボットの中身な。んで俺の異世界転生ボーナスのチート能力》


《感想:マスター、補足していただけるのはありがたいのですが、ミス麗奈が理解できない不要な情報まで追加しないでください》


補足(コンプリメント):なお、当機の本体は現在、高位次元空間に収納されています。戦闘能力は皆無ですので、有事の際も召喚しないことを推奨します》


 未だに覚める様子のない夢に、もしかして、これは夢などではなく現実なのではないかと麗奈は思い始めた。


 麗奈が中等部の三年間で鍛え上げた、見たくない現実を直視する精神力が息を吹き返し始めたのだ。


《おお! そうそう! そうだよそう! これは現実! 神の声が聞こえるようになったのは現実!! いや冷静に自分で言ってること考えると頭おかしくなったって思うわこれ。あたま大丈夫かお前?》


 後半の言葉を麗奈は無視した。


 夢かどうかはさておき、麗奈はこの二つの声に対して言いたいことがあった。


《おっ、なんだ? 言うてみ言うてみ? やっぱ人間、会話による相互理解は必要だもんな。まぁ理解できない相手にはどうやったって殺し合いにしかならんのだが》


《感想:マスター、ちょっと黙っててください。それではミス麗奈、どうぞ》


 とりあえず、人の頭の中を勝手に談話室にするのはやめて欲しかった。


   ●


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