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マリアの子 その7


 倉庫の中にいた誘拐犯たち全員を気絶させ、有栖はようやく優美たちの元へと足を運んだ。


 両腕の袖は、銃弾を受けたことでいくつもの穴が開いている。短刀による裂け目もある。だが、流血している様子は一向に見られなかった。


「ごめんね~、お待たせ。怖い目に逢ったけど、もう大丈夫だからね」


 笑顔で話しかけながら、二人の猿ぐつわを先に外す。


「何かされなかった? 怪我とかしてない?」


 二人揃ってコクコクと何度も頷く。


 有栖は次に、優美の腕を拘束している縄を外そうとするのだが、一体どういう編み方をしているのか分からない。仕方がないと二人の元を離れて周りを見渡し、誘拐犯の一人の手にささったままだった短刀を引き抜いて戻ってくる。


「そ、その、腕……。大丈夫、なの?」


「うん?」


「いや、だって、ナイフで刺されたり、銃で撃たれたりしてたよね? 痛く、ないの……?」


「あ、もしかして普通の学校だと習ったりしないのかな? ボク、両手両足とも義肢なんだよ。オモイカネ式義肢って聞いたことない?」


 有栖がボロボロになった袖をめくると、そこには(アウタースキン)が裂け、銀と鉛の色を覗かせる腕があった。


「ミスリル・リムス……。聞いたことはありますが、実物は初めて見ますわね」


 オモイカネ。英語ではミスリル(mithril)。ドール・マキナを作るためには必須と言われる、世界各地で産出される有機配合的金属化合物だ。色は産出地によって様々で、よく知られる金属のように金銀銅色の場合もあれば、ルビーやサファイア、エメラルドのような透明宝石色の場合もある。


 古くより人が触れると特異な反応を示すと知られていたこの金属は、約60年前、巨大人型道具としての使い道以外に、新たな利用方法が発明された。


 人の意思に応じて動く、義手・義足である。


 第二次世界大戦では確かに多くのドール・マキナが活躍したが、戦争はドール・マキナだけで行うものでもない。白兵戦も各地で起こり、さらには大量に設置された対人地雷などによって、四肢を失う兵士たちが続出した。


 彼ら戦傷者のために開発されたのが、オモイカネ式義肢(ミスリル・リムス)である。


 とはいえ、オモイカネ式義肢を装着した兵隊が即座に戦線復帰出来たわけでもない。日常生活で丁寧に使うならいざ知らず、戦闘で使うには強度が足りず、従軍するには稼働時間が足りず、そして何よりも、戦争の時間自体が足りなかった。オモイカネ式義肢を取り付けた兵士たちがリハビリを終えた頃には、既に第二次世界大戦は終戦を迎えていたのである。


「ボクが6歳の時だから、10年前かなー。事故に巻き込まれて、手足がぶっつり潰れちゃってねー」


「いや、そんなあっさりということじゃなくない?」


「うーん、そう言われても、ボクが庇わなかったら多分麗奈ちゃんが死んでたし。リハビリのおかげで入学が一年遅れることになって、麗奈ちゃんと同じ学年になれたし。あの時は本当頑張ったよ。お医者さんからは一年で終わるなんて奇跡だって言われたし。……それにね」


 と、有栖は一度言葉を切って、優美の、ラセリハの顔を見て、両手で二人を抱きしめた。


「こうやって、二人を助けに来ることも出来たしね!」


 温かい。有栖に抱きしめられて、優美は最初にそう思った。金属製の義腕だ。勝手にひんやりとした冷たさを想像していたが、優美たちを抱きしめる腕は、温かかった。不思議なことではない。戦闘駆動を取ったことで内部発生した熱が、外装を通じて伝わっているのだ。


 その温かさに、優美はようやく自覚した。助かったのだ、と。ほっと息を吐き、ふと泣きそうになり、そして緊張感から気付いていなかった、自身の身体が発する緊急信号にようやく気付いた。



「トイレ行きたい」



 優美は真顔だった。出そうになってた涙も引っ込む。実は人体は涙を流すと膀胱の水分が消費されたりする構造になっていたりしないだろうかと本気で思う。乙女のピンチだ。よく今まで恐怖で漏らさなかったものだと、自分でも不思議に思う。


「よし、とんでもないことになる前に、こんなところから逃げちゃおう!」


 有栖が二人を抱きしめたまま立ち上がり、二人も釣られて立ち上がった。


 と、


『待たせたな手前ら! こいつで叩き潰して―――』


 声と共に、一機のドール・マキナが倉庫出入口から入り込んできた。小型機だ。出入口を通れるギリギリの大きさ。20年ほど昔の時代に使われていた競技用ドール・マキナの一つ、キャンディナイト。無論、普通のキャンディナイトなどではない。競技用ドール・マキナの出力制限義務を無視した改造機だ。人間を容易く握りつぶす程度のことは出来る。


 乗っているのはシリウスだった。有栖が天井を蹴破り登場した瞬間、上を見るでもなく対爆体勢を取るでもなく、一人だけさっさと逃げだしていたのだ。


『って全員ノビてんのかよ!? ガキ一匹になにやってんだお前ら!?』


「ちょ、有栖ちゃん! あんなのどうすんの!?」


 キャンディナイトがいるのは倉庫の出入口だ。逃げようとすれば相対は避けられない。そして、いくらなんでも競技用とはいえ、生身の人間がドール・マキナに勝てる道理はない。


 だが、


「お姉ちゃんに、まっかせなさ~い!」


 そこからは、全てが一瞬の出来事だった。


 有栖は余裕しゃくしゃくで、ガッツポーズを優美に見せた。キャンディナイトへと身体を向けて片膝立ちになる。すると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()した。



「必殺! お姉ちゃんミサイル!!」



 グレネード弾が、キャンディナイト目掛けて発射された。


 キャンディナイトのコックピット内部でアラームが鳴り響く。メインモニターに映るグレネード弾に『△△△DANGER△△△』の赤文字が補助表示されている。


 が、


 まさか女子高校の膝から、グレネード弾が自機目掛けて発射されるなどと予想だにしていなかったシリウスの反応は遅れに遅れた。というか全く反応できなかった。無抵抗のまま、無反応のまま、機体正面にグレネード弾が直撃し、


「脱出ゥ~~~!!!」


 有栖は右側にラセリハを、左側に優美を、どちらも正面からは尻しか見えないように抱きかかえた。左右の貨物を壁蹴りして駆け上る。5メートルの高さにある窓を蹴り飛ばして脱出する。


 倉庫が爆炎に包まれる。


 優美とラセリハは見た。地上5メートルの高さから。自分たちを襲おうとしていた暴漢たちの誰も彼もが地に倒れ伏しているのを。自分たちを襲おうとしていた小型ドール・マキナが爆発を起こすのを。その光景は窓枠に区切られ倉庫の壁に遮られ、上へと消えゆく窓枠を追って首を上に上げれば、自分たちが出てきたばかりの窓から、真っ赤な炎が噴き出していた。


 有栖は地上へ降り立ち、次のジャンプで軽く10メートル以上を飛び上がった。隣の倉庫の屋根に着地する、そのまま倉庫街の屋根の上を走り抜けていく。


 空が青い。この段になって、優美は自分たちが誘拐されてから、まだそれほどの時間が経っていないことにようやく気付く。


 天照が、太陽を隠そうとしていた。


 その日食半ばの太陽が、突然に遮られた。建物の壁だ。そして、


「ほいっ、到着~~~」


 ラセリハと優美は揃って地面に下され、


「ゆ゛ーーーー!!! み゛ーーーー!!!」


 優美は顔を涙と鼻水でグッショグショにした姉に抱き着かれた。


「ぶっ、ぶじで、よ゛がっ、よ゛がっだぁぁぁ~~~!!!」


 ラセリハの周りにも人が集まる。黒い修道服を着た、様々な年齢のシスターたちだ。ラセリハは質問攻めにあい怪我かないか注射痕がないかと全身を揉みくちゃにされている。


「ありがとう。よくやりましたわ、有栖」


「麗奈ちゃん!」


 有栖は麗奈の胸元へと飛び込んだ。


「お礼なんていいの! やらなきゃいけないことだったんだから。だけどもっと褒めて褒めて~~~!」


「はいはい」


 有栖は頭をぐりぐりと押し付けながら、麗奈の胸の中へと埋没していく。


「……いや、頭おかしいだろ」


 その光景を見ていた五十鈴が、耐えかねたように呟いた。


「んぅ? なぁに、五十鈴ちゃん」


「なにもクソもねえよ!」


 五十鈴が空を指差す。機体色のせいで分かりにくいが、未だに空にある超機臣(チョウキジン)燕撃(イェンジー)を指していた。


「空から生身で飛び降りて奇襲するって何だよ!? 死ぬだろ普通!?」


「やだなぁ、大丈夫だよ、五十鈴ちゃん。ボク、手足にフライハイト仕込んでるからさ、()()()()()()()()()()()()()()()()


 フライハイト。現在ではオーストラリアの一部地域でのみ産出される、超特異鉱石だ。


 その特性は、電気を流すと浮力を発生させる、というもの。


 有栖の戦闘用オモイカネ式義肢、素晴らしき操り人形ベル・デ・マリオネッタは、このフライハイト金属をオモイカネと混ぜ合わせることで、有栖の意思で『宙に浮く』ことを可能としているのだ。


 普通は、出来ない。単純な話だ。オモイカネは生体電流に、脳波に反応して動作する。


 逆に言うと、脳が本来持っていない能力、例えばコメカミからバルカンを撃つとか、腹からビームを撃つとか、人間本来の肉体が持っていない能力は、オモイカネだけでは再現できない。だからドール・マキナのコックピットにある操縦桿には、そういった内臓兵器を使うためのトリガーやボタンが用意されているのだ。


 だがここに、極稀(ごくまれ)ながら、イレギュラーが存在する。


 人のコメカミにバルカン砲など無いのに、自分がコメカミからバルカン砲を撃つことを正確にイメージ出来る人間が。


 人の腹にビーム砲など無いのに、自分が腹からビームを撃つことを正確にイメージ出来る人間が。


 そして、


 人の脚にグレネード弾など内蔵されてないのに、自分が足からグレネード弾を撃つことを正確にイメージできる人間が。人は空を飛べないのに、自分が空を自由に飛ぶことを正確にイメージできる人間が、極めて少ないが、歴史上十数人しか確認されていないが、確かにいるのだ。


 ちなみに、


「ありゃ?」


 有栖の力が急に抜け、麗奈は有栖の身体を支えた。


「お、おい。どうした?」


「あら、これは……」


「あー、多分、」


「「()()()()」」


 フライハイト金属は、とてつもなく電気を食う。しかも気圧・気温・湿度・フライハイト金属そのものの温度、その他エトセトラエトセトラ……様々な要因で、同じ浮力を得るための必要電力が変動し続けるのだ。


 普通のオモイカネ式義肢は、ここまで燃費が悪いということはない。機種にもよるが、電池交換は半年に一度程度で済む。


 ただし、素晴らしき操り人形ベル・デ・マリオネッタは戦闘用だ。強度確保のために金属量が増え、その分だけ搭載できるバッテリーの大きさが切り詰められている。平時連続活動可能時間は最長200時間。すなわち8日と8時間。週に一回の頻度でバッテリーの交換が必要だ。しかもこれは平時に限った話で、戦闘機動を行えば活動可能限界はさらに早まる。


 加えて有栖は、落下中にも無意識下で、フライハイトの浮力を用いて位置を制御していた。それらが積もりに積もって、内臓電池を使い果たしてしまったのだった。


『麗奈さん、五十鈴、聞こえてる!? なんか目標の倉庫から爆発がしたって報告が来てるんだけど!?』


 五十鈴の足元にある通信機から、春光の声が届いた。五十鈴はしゃがんで受話器を取り、


「あー、人質の二人は無事だ。ただいま感動の再開中。有栖も無事だけど手足のバッテリー切れで行動不能」


『了解。僕が到着するまでもう少しかかるけど、麗奈さんは予定通りにもうやっちゃって!』


「ええ、分かりましたわ。五十鈴、有栖を頼みます」


「あいよ」


「五十鈴ちゃん、お姉ちゃん身体が動かせないから、ちょっとくらいエッチなことしちゃっても大丈夫だよ?」


「さわりでのない身体で何言ってやがる……っておっも!? お前こんな重かったか!?」


「あー、今電池切れだから、重量軽減の効果も働いてないせいだと思う。それはそうと五十鈴ちゃん、嘘でも女の子に『重い』なんて言っちゃダメなんだからね」


 麗奈が五十鈴たちから、未だ優美を抱きしめたまま号泣する六華から、全身くまなくチェックされているラセリハ御一行から離れていく。向かう先は海岸。あと一歩進めば海に落ちるというところで麗奈は足を止め、両手を広げ、



「―――さぁ、おいでなさいませ、ローズ・スティンガー!!」



 海が、盛り上がった。


 海中で爆発でも起きたかのように、飛沫が空へと飛び散った。海飛沫の中、巨大な赤サソリが浮かんでいる。


 優美は見た。海から飛び出し、空へと向かうその異形を。


 日食が生み出す日輪の中に浮かぶ、禍々しくも美しい最強最悪の金属生命体(マンティ)を。


 かつて、日本の守護神と謳われた怪物を。



 ―――善因には善果あれかし


 ―――悪因には悪果あれかし


 

 麗奈が唱えた開闢の詩(変形実行コマンド)に、空にあるローズ・スティンガーが分解する。


 麗奈の身体が浮かび上がり、ローズ・スティンガーの体片が高速で移動することで形作られた球体の中に吸い込まれた。黄色いプラズマ膜が発生し、外から中の様子が見えなくなる。


 一瞬の静寂は、球体の中央から、10本の指が飛び出したことで破られた。指は半分ずつ左右に離れていく。それに伴い、プラズマ膜が音を立てて引き裂かれる。


 赤の巨神。


 金の髪に銀の肌。赤い服を纏った女性のようにも見える姿。人型へと変形したローズ・スティンガーが、背中のテールバランサー・フロートユニットをオレンジ色に輝かせて、空に浮かんでいた。


次回から戦闘回……な引きに思えて戦闘回は次々回からです

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