表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/89

マリアの子 その6

ちょっと普段とは時間を変えて投稿


 東京の空を、青い戦闘機が()()()()飛んでいた。


 その空の下に広がるのは、海岸沿いの寂れた倉庫街だ。無数に並ぶ大中小様々な倉庫の中で、優美とラセリハは猿ぐつわに加えて両手両足を縛られ、貨物と壁に囲まれて、床の上に転がっていた。


 倉庫にいるのは二人だけではない。人種も国籍も様々な、二十人近い男たちが思い思いの場所で集まり、煙草なりカードなり雑談なり、適当に時間を潰している。


 『糸目野郎』が、ラセリハを引き取りに来るのを待っているのだ。


 その中の一人、ボリバルは苛立たしげにトランプの山を乗せていたローヤル缶を蹴り飛ばした。倉庫の中に箱が転がる音が幾度も反響し、迷惑そうな視線がボリバルとローヤル缶の二つに集中する。


クソ(ミェルダ)ッ! 糸目野郎はまだかよ!? このままじゃ年が明けちまうぞ!」


「知るかよ。時間はかかるっつってたからな。俺らに出来ることなんざなーんもねぇよ」


「まさか、俺らをハメやがったんじゃ」


「そりゃあねえだろ。お前も見たろ? そこいらの倉庫の中に何十機ものマキャヴェリーが隠されてんのをよ。しかも大型機だぜ、大型機。こんだけやってもらって、何のために俺たちをハメんだよ。あーあ、俺もあんなんに乗って暴れてえなぁ」


 と、ミッシェルはボリバルの不安を笑い飛ばした。


 別のところでは、ギスギスとし始めた空気に参った白人が手を目に当て天井を仰いでいた。


「ハァ……。故郷のシュクメルリを食いたい」


「いや故郷って……。ボブ、お前チョセン生まれのチョセン育ちだろ? つーかシュクメルリってどこの料理だ?」


「ジョージアだよ。行ったこともないし、国籍も無いけど。でもね、僕の魂のふるさとなんだ。そういうジュンイチローはどうだった? 故郷の味は楽しめたかい?」


「いや、俺もチョセン生まれのチョセン育ちだし。日本を故郷だって思ったことないし。見た目だけは日本人だけどよ、肝心の日本語を話せないから逆に怪しまれるんだよな。だから出歩く訳にもいかなくてさぁ、こっちじゃレーションしか食ってないんだよ」


「オゥ……。それは寂しいね。そうだ、ジュンイチロー! いつになるかは分からないけど、君を僕の故郷に招待するよ! この誘拐で手に入れた金でジョージア国籍を偽造して、この仕事から足を洗うつもりなんだ!」


「あー……。まぁ、なんだ。幸運を祈ってるぜ?」


 ミッシェルは中腰になって散らばったカードを拾っていたが、腰の痛みに耐え兼ねて立ち上がって腰を伸ばした。


「おいボリィ、お前が散らかしたんだろ。拾うのを手伝えよ」


「あー? 別にいいだろ、もうカードはよ。それよりも」


 ボリバルは奥にいる優美を見た。ラセリハを見た。涙目になった二人がこちらを睨み付けている。先ほどまでは気を失っていたはずなのだが、ローヤル缶が転がる音で目を覚ましたのかも知れない。


 どうでもよかった。ボリバルにとって重要なのは、反応がない相手よりも、反応がある相手の方が、より()()()()という事だけだ。


「暇つぶしの相手なら、そこに二匹も転がってるじゃねえかよ」


「止めとけボリバル。ぶっ壊れちまうぞ。テメエのケツの穴がよ」


「んじゃあ良い子ちゃんのミック君は混ざらないでいいぜ?」


「ノケモンはよせよ。やっちまったらどうせ俺もケツにぶち込まれることになるんだからよ、それなら使わなきゃ損ってもんだろ?」


「ハハッ、違ぇねえ! それにシリウスのやつは今居ねえんだ。戻ってきた頃には俺たちに20発も弾を撃ち込むことよりか、こいつらに一発ぶち込む方に心変わりするだろうさ」


 ミッシェルは肩をすくめた。すると話を聞いていた他の連中が近付いてくる。


「おいおい、お前らだけで楽しそうな話をしてんじゃねえよ。俺らも混ぜろよ」


「おうともさ、もちろんだ。俺たちゃ兄弟なんだからよ。こいつら使って、名目共に()()だ!」


「ジュンイチロー、僕たちも混ざりましょう! 足を洗う前に、ジョージアの血をこの島国にお土産するのも悪くありません!」


「えー? 俺、ボインちゃんじゃねえと勃たねえんだよなー」


 無数の笑い声が倉庫の中に反響する。英語が分かるラセリハは、彼らが自分たちに何をしようとしているのかを察して絶望していた。英語が分からない優美は、彼らの雰囲気が一変したのと、青ざめたラセリハの顔色で、自分たちに危機が迫っていることを察した。


「んーーーっ! んんんーーーっ!!」


「猿ぐつわは取るか?」


()が足りねえだろ。取っちまおうぜ」


「噛みつかれちゃ堪らねえ。先に歯を全部抜いちまわねえか? おーい、誰かペンチとか持ってねえかー?」


「あったよ! ペンチが!」


「でかした!」



「おい手前ら! 何やってやがる!!」



 倉庫の外からの大声に、ラセリハたちに手を出そうとしていた面々は飛び上がって驚いた。


「な、なんだよシリウス。俺ら、まだなんもやってねえぜ?」


「何訳分かんねえこと言ってやがる!? 大変だ、流れてんだよ!!」


「は? 流れてるって、何が?」


()()()()だよ! 俺たちがこいつらを捕まえたって糸目野郎に送った写真データが、誘拐事件と一緒にテレビに流れてんだよ!!」


「つまり、どういう?」


「どうもこうもあるか!!」


 余りに物分かりの悪いボリバルに、シリウスは苛立ちのあまりに一発ぶん殴った。



「『糸目野郎』が、俺たちをハメやがったんだよ!!」



 東京の空を、青い戦闘機が一機だけ飛んでいた。 


 実はこれは、第二次世界大戦の頃ならともかく、現代に置いては明らかな異常事態であると言える。本来、戦闘機は二機編成(エレメント)を最小単位とした編隊を組むからだ。


 すなわち、単機飛行をしているのは、僚機が撃墜されたか、もしくは―――



 青い戦闘機が、否、超機臣(チョウキジン)燕撃(イェンジー)が、誘拐犯たちが集まる倉庫の真上はるか上空で人型へと変形した。


 本来の戦闘機であればツインジェットエンジンが収納されている部位が主翼から分離し脚になる。胴体中央部から腕が展開し、空間が生まれた胴体部分には、機首が頭部を展開しながら折り曲がることで収納された。


 ―――もしくは、僚機運用出来る機体が他に存在しない、オンリーワン・マシンにほかならない。


 燕撃(イェンジー)が背中の主翼、ハモニカ・ジェット・スラスタを用いて滞空する。コ・コクピットのキャノピーが開くと、花山院学園高等部の女子制服を着た小柄な少女が、()()()()()()()()()()()()


 ナイフも拳銃も防弾チョッキも無しに、パラシュートすらも装着せず、スパッツに包まれた尻をお天道様に向けて、真っ直ぐに地上へと降下する。米粒以下にしか見えなかった建物がみるみる迫る。


 そして在須あれす有栖ありすは、優美とラセリハが捕らえられている倉庫の屋根に激突する直前、身体を180度回転させて足の裏から激突した。


 突然の轟音。誘拐犯たちの半数、軍事経験を持たない者たちは揃って上を見た。残りの者たちは身体を丸めて対爆体勢を取る。



 屋根を蹴り貫いた少女が、細かな破片とと共に降ってくる。



 有栖は落下線上にあった梁を掴み、身体を一回転。落下の勢いを一度殺し、改めて勢いを付けなおして落下した。優美とラセリハ、二人の最も近くにいたボリバルの顔面へと。


 顔面を蹴られたボリバルが吹き飛ぶ。鼻血と前歯を飛ばしながら。


 有栖は反作用で後ろへと飛ぶ。膝を抱えて身体を小さく折りたたみ、くるくると回転し、そして静かに着地した。


 直後、ミッシェルへの足払い。さらには起き上がりながら倒れ込むミッシェルの顔面へと膝を入れ、顎を蹴り砕いた。


 ミッシェルの影からロバートのみぞおちへと拳を叩き込む。砲丸でも叩き込まれたような衝撃が腹を襲い、自然と前のめりになれば当然と顎が下がる。手刀。指先を横から顎へとかすらせて脳を揺らした。


 ジュンイチローは股間を蹴り上げられ、何がとは言わないが二つともが完全に潰された。


 埃と土煙で視界が遮られる中、有栖はたった一人で対爆体勢を取らなかった者たちを瞬く間に無力化していく。そうして天井を見上げた者たち全員が昏倒した頃になってようやく、亀のように丸まっていた男たちが起き上がって異常事態に気が付いた。



 二人の人質を守るように、人質よりも小柄な少女が立っている。



 周りに転がる男たちを見れば、明らかにこの少女がやったことだと分かる。その反面、目の前の光景が信じられない。こいつら全員、運悪く破片が頭にでもぶつかったのではないかと思わずにはいられなかった。


「シェアッ!」


 真っ先に反応したのは、頬エラの立った中国人だった。武術的技術の伴った打撃を繰り出す。だがその拳が小さな体躯へと届くより早く、有栖は右腕を振り上げ、中国人の腕にハンマーの用に叩きつけた。人の身体から発生したとは思えぬ音が鳴り、中国人の腕が開放骨折していた。有栖は痛みに叫ぶ中国人、その顎を蹴り砕いて気絶させる。


「ホォッ!」


 次いで突進したのは、熊の如き体格を持つロシア人。両腕を広げてのベアハッグを仕掛け、その途中、逆に両腕をつかまれて阻まれた。有栖は短く息を吹き、それに合わせて両腕を下に振る。たったそれだけの動きで、ロシア人の両肩が異音と共に脱臼を起こした。転がっていたスタンガンを爪先で宙に蹴り浮かして掴み、最大出力でロシア人に押し付けた。


「カアッ!」


 引き締まった体躯を持つ黒人が仕掛ける。片手を床に付けて両足を回す。自身へと向かってくる足へと有栖は無造作に裏拳を入れると、曲がってはいけない場所で足が曲がった。再びスタンガンの出番。


「シッ!」


 茶髪の白人。逆手に持ったナイフが振るわれるが、有栖は素手で刃の腹を叩き、腕を叩き、的確に対処していく。男は腕に、相手の見た目からは想像もつかないほどに重い衝撃が走るのを感じる。思わずナイフを取り落としそうになるのを必死で抑制する。初めて殺しをやった時以上の、これまでの人生の中でも最も集中しながら腕を振るう。そしてついに、ナイフが腕をわずかに掠めた。このナイフには毒が塗ってある。即効性の麻痺毒だ。この体格の少女であれば、それも激しい運動によって血の巡りがよくなっている状況であれば、数秒と経たずに効果が表れる。


 5秒が経った。有栖の動きは衰えない。


 10秒が経った。有栖の動きは衰えない。


 あれ、おかしいな? とっくに効果は出ているはず。そう考えた瞬間に、白人の集中力が一瞬途切れた。その一瞬で、有栖の拳が白人の左胸を打ち抜いた。心臓打ちハートブレイクショット。呼吸が止まり、動きが止まり、その隙に顎先を僅かに手刀で揺らされ、脳震盪を起こして膝を付いた。


「死に晒せぇえええ!!!!」


 顔にいくつもの古傷が残る日本人。ヤクザだ。短刀(ドス)を腰だめに突進してくる。有栖は顔面に拳を叩き込んだ。顎を砕く感触を通じると同時、有栖は悟る。これは、殴り殺されることを覚悟しての特効だ。ヤクザは意識と歯の大半を失いながらも、勢い止まらず有栖に激突する。



 有栖がとっさに盾にした腕に、深々と短刀が突き刺さった。



 声一つ上げず、有栖はヤクザを殴り飛ばした。短刀が貫通した腕で。血の一滴も流れない腕で。


 新たな挑戦者は表れなかった。全滅したわけではない。遠巻きに、この異質な怪物の様子をうかがっているのだ。


 人質を取りたい。誰もがそう思う。だが、それは物理的にも面子的にも不可能な話だった。


 まず物理的に、人質を置いていた場所が悪い。誰か一人が正面に立っているだけで逃げられなくなるようにと、貨物と貨物の間に放り込んだのが失敗だった。


 それが逆に、たった一人の少女が正面に立っているだけで、人質の元へと向かうことを困難にしているのだ。


 もう一つの問題は、彼らの面子だ。幼い少女一人を相手するのに、大の大人たち複数人が人質を使わなければ対抗ができなかったという事実が広まればどうなるか。実効支配地()に、組織に戻れたとしても、まともな仕事が回されることはなくなり、ボロ雑巾のように使い捨てられるのは火を見るよりも明らかだ。


我日你(ウォリ゛ーニー)小姑娘(シャオクーニャ)!」


 一人の中国人が、流れ弾が人質に当たる事よりも、目の前の脅威を排除することを優先させた。懐から拳銃を取り出す。が、銃口を有栖に向ける前に、その手に短刀が刺さって銃を取り落とした。手に刺さったのは、有栖の腕に刺さっていたはずの短刀だ。


 拳銃が地面に落ちて跳ねる。有栖が男の元まで一瞬で駆け寄り蹴り飛ばす。それを見た数人が人質の元へ行こうと走り、全員が足を撃ち抜かれて転倒した。先ほど男が取り落とした拳銃を、有栖が拾って射撃したのだ。


 いまだに様子をうかがっていた残りの者たちも、有栖が銃を手にした時点で覚悟を決めた。自分たちも銃を取り出し、そのまま互いに撃ち合いに―――


 は、ならなかった。


 有栖は、自身へと放たれた弾丸のうち、自身へと当たるもの全てを、自分の腕で弾いて防いだのだ。男たちの間に動揺が広まる。それぞれの国の言葉で悪態をつく。


 短刀が突き刺さった場所からは、体液の一滴も漏れる様子がない。銃弾がいくつも当たったはずの腕は、血肉をまき散らした様子がない。


 いよいよ思う。目の前の少女は、本当に見た目通りの姿をした少女なのか、と。そもそも、本当に人間なのか。人の型をした、全く別のナニかなのではないか。



 そして、有栖が突撃してきたのを見て、男たちは誰しもが情けない悲鳴を上げた。



戦闘回だと言ったな?

ロボットが戦うとは言っていない

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ