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プロローグ ~魔蠍覚醒~

 タイトルにはルビ振れないんで前書きに書きますが、当作品では魔蠍は『マガツ』と読みます。禍つ神(災厄をもたらす神)とのダブルミーニングです。


 真昼間からどこかの馬鹿が花火でも打ち上げたのか。そう疑いたくなるような轟音が、奥多摩の森へと消えていった。


 無論、花火なんて素敵なものではない。空へと打ち上げられたのは、もっと性質の悪いものだった。


 銃弾だ。


 つまりそれが意味するのは、威嚇射撃であった。


『動くんじゃねえ! クソガキどもぉ!!』


 発砲者、ドール・マキナと呼ばれる人型兵器から男の声が放たれた。茶と緑と黒の迷彩色で構成された、鋼鉄の巨人。全長10メートルを超える軍事兵器。


 人の腕ほどもある空薬莢が落下し、綺麗に敷かれたレンガ道が砕けた。


 本日は西暦2000年4月4日。六曜は先勝で七曜は火。現在時刻は9時40分。場所は奥多摩山中、花山院(かさんいん)学園の校門から徒歩1分。


 つい先ほどのことだ。入学式が行われる多目的ホール目指して歩く新入生たちは、下手クソな運転で校門に進入する一台の大型トレーラーの姿を確認した。


 大抵の生徒は、その茶色いトレーラーに見覚えがあった。日本国防軍が正式採用しているドール・マキナ、『バイソンチェスト』だったからだ。その機体が人型に変形することは日本国民にとって一般常識ですらあり、実際に、目の前で一分近くかけて変形したときも騒ぐものはいなかった。


 ……否、少しだけ訂正しよう。一部の人間、いわゆるミリオタと呼ばれる者たちを除いて、騒ぐものはいなかった。


 なんだなんだと突然の闖入者を遠巻きにする中、突如としてバイソンチェストがハンドガンを取り出し、即座に空へと発砲した。


 どこかの馬鹿が、真昼間から()()を打ち上げたのだ。



 その銃声とテロリストの口上を聞いて、動く者はいなかった。言葉を発する者もいなかった。


 しかしてその静寂が保たれていたのは、せいぜい数秒だけだった。


 張り詰めた緊張が爆発する。テロだと騒ぐ声。逃げろ急げと喚く声。検問所の国防軍は何をしているんだ税金泥棒めとなじる声。緊張が爆発すれば声が誘爆する。そして、


 直後、再びの轟音が生徒たちの身を竦めさせた。


『動くなっつってんのが分かんねえのかクソガキどもがよぉ!?』


 声が誘爆すれば、怒りの導火線に飛び火した。


『これだから高校になんて行く奴らは馬鹿しかいねえんだ!!』


 三度(みたび)の発砲。バイソンチェストが地団駄を踏み、美しく組まれたレンガ道が無残に砕かれていく。


 地団駄はだんだんと激しくなり、飛び散るレンガの数が増え、さらに二発の発砲音が響いた。


『あぁ……?』


 直後、銃口を空へと向けていた腕が下がった。まさか自分たちを狙うのかと生徒たちは身を竦め、しかしてその腕は、生徒たちではなく校門へと向けられた。


『てめえらも動くんじゃねえ!』


 発砲音。三連発。


 壁に一発。地面に二発。


 レンガの壁を粉砕した。レンガ道を破砕した。桜の木を爆砕させて芝生に大穴を開けた。


 幸いにも警備員たちに直撃はしなかったが、彼らはまき散らされたレンガ片をまともに浴びて倒れ伏した。


 その一連の凶行に、獅子王麗奈(れいな)は呆然と立ち竦んでいた。目立つ少女だ。周囲にいる多数の学生の中で、ただ一人の金髪碧眼が、ただでさえ並外れた美貌をより際立たせている。


「な、にが……」


 思わず漏れた呟き。それに答える者はいない。―――否、


《何って、俺が予言してやってただろうがよ。なんだ麗奈、忘れてたのか?》


 男の声がそれに答えた。周りには聞こえていない、麗奈だけが聞こえる声。数日前、麗奈の頭の中で突然聞こえるようになった、『神の声』。


《ははははは! ()()は俺の勝ちだな! これで俺がこの世界の創造主サマだって信じる気になったか!?》


 言っている場合か。麗奈はそう思う。


 ドール・マキナは強力な兵器だ。対抗するためには同程度のドール・マキナか、対ドール・マキナ(ADM)誘導ミサイル(GM)でもなければどうしようもない。生身の人間では蹂躙されるだけだ。そして、そのどちらもここにはない。


 ……いや、花山院学園の前身を考えれば、探せばADMGMくらいは見つかるかも知れない。あいにく探す時間はないのだが。


《まぁ安心しろよ。これは運命―――約束された()()()()だ。ちゃぁ~んと『主人公』が解決するさ。仮にそうならなかったとしても、()()()()()()()()。こんなところで死んだりしない》


 意味が分からない言葉だった。意味が分からない状況にそんな言葉を投げられたせいで、麗奈の混乱に拍車がかかる。


 そして身動きが取れないでいた麗奈の手を、鷹谷(たかや)五十鈴(いすず)が握りしめた。金髪碧眼の麗奈とは対照的な、黒髪黒目の凡庸そうな少年だ。


「しっかりしろ麗奈! 逃げるぞ!」


《ああ、だけど()()()()()()()()()()()()。なにせ俺はそいつのことは知らん。創造主ですら知らないっつーことはモブキャラだ。このイベントで死者はいなかったと思うんだが、まー400年以上前と古い記憶だからな。もしかしたらこのイベントでおっ()んだことで、お前の悪役ロードが開かれるのかも知れん》


 そう言うと、神の声は気分良さげに「ほにゃららロードが開かれぁた~♪」と歌い出した。だが、麗奈にはそこまで聞いている余裕はない。


 ―――五十鈴が、死ぬ……?


 駄目だ、と思う。何もしないでなどいられない。何かできることがあるのではないか。何か。何か。何か。


《あるぜ、い~い手がある》


 その声は、まるで悪魔の甘言のように聞こえた。


《お前は蠍杯(かつはい)で登録完了してるからよ、()()()()()んだぜ? 恐れるな、俺の心~♪》


 静寂が再び破壊される。生徒たちが校舎に向かって走り出す。


 五十鈴も手を引いて走ろうとしたが、麗奈はその手を振りほどいた。バイソンチェストを再び視界に収め、後ろにいるはずの五十鈴の姿を見ずに、


「五十鈴、あなたは先に逃げてください。わたくしは獅子王家の人間として、この学園を守る義務があります」


 戻って来た五十鈴が肩を掴み、麗奈を無理やりに振り向かせた。人の流れの中、立ち止まっている二人を邪魔そうにしながらも左右を生徒が走り抜けていく。


「こんな時に何言ってんだ!? んなもんとっくに形骸化してるって誰だって知ってる! だからアルキンが代行やってんだろ!?」


 麗奈は首を振る。安心させるように微笑むが、その顔はどこかこわばっていた。


「大丈夫です、五十鈴。わたくしを信じてください。それに知っているでしょう? 何故この森の中に、獅子王家の所有地に、この花山院学園が建てられたのかを」


 ジッと、五十鈴は麗奈の目を見つめた。嘘をついているなら即座に分かるんだからなと言わんばかりだった。


「……大丈夫なのか? だってもう50年も」


「たかだか50年程度ですわよ。それとも五十鈴、あなたは『世界最強』を疑うのですか? この日本を400年に渡り守ってきた守護神を」


『だ~か~ら~、動くなっつってんだろ! 大人の言うことが聞けねえのかガキどもがよぉ!!!』


 テロリストの苛立った声。ハンドガンを持つ手が生徒たちの方を向いた。


「信じて、いいんだな?」


 真剣な五十鈴の目を見た麗奈は、あえて「フッ」と鼻で笑ってみせた。


「正直に言うと、五十鈴に近くにいられると邪魔なんですのよね」


「お前はこんな時まで減らず口を……!」


 五十鈴が言い終わるのを待たずに、麗奈は周囲の流れとは逆に走り出す。五十鈴の悪態が後ろから聞こえたが無視した。生徒の群れを抜け、麗奈は単身突出し、


「お待ちなさい!!」


『あぁ……!?』


 ドーム状の頭部に設置されたターレットレンズが回転し、麗奈に焦点を合わせた。


『女ァ……。今なんつったぁ……? 待て、っつったかぁ?』


 銃口が麗奈に向き、


『俺はなぁ! 女に命令されるのが一番嫌いなんだよぉ!!!』


 一切の躊躇なく、その引き金は引かれた。


 だが弾は出ない。苛立ったように何度も引き金を引くが、


『あぁ!? 何でだ!! 弾切れぇ!? 分かり難ぃんだよクソッたれがぁ!!』


 麗奈は、ハンドガンが弾切れを起こしていることを分かっていた。というのも、先ほど別れた五十鈴がドール・マキナのミリオタだからだ。バイソンチェストのスペックは隣で何度も聞かされていたし、当然ハンドガンの装弾数だって頭の中に入っている。


 こんな時なのに何かおかしくなって、つい笑いそうになってしまった。脳の容量の無駄遣いだと思っていたが、どんな知識も案外役に立つ瞬間はあるものだ。


『だったら殴り潰してやるぁ!!』


 バイソンチェストがハンドガンを地面に叩きつける。背中の推進器から火を噴かせ、音を立てて走り出した。


 無事だったレンガ道までもが次々に踏み砕かれ、細かな破片が空を舞う。


 走り出した巨人に気付いた生徒たちがさらに悲鳴を上げ、


「麗奈ぁっ!」


 やはり放っておけないと、人の流れに逆らっていた五十鈴が麗奈の名を叫び、


『死ねぇー!!』


 一気に肉薄した巨人が拳を振り上げ、



「―――来なさい、ローズ・スティンガー!!」



 麗奈は、その名を叫んだ。


 拳が振り下ろされ、激しい音が鳴った。


 人が潰された音ではなかった。


 金属がひしゃげた音だった。


 麗奈は上を見上げる。はるかに上で、バイソンチェストの腕は止まっていた。否、止められていた。


 金色のハサミだ。赤い腕から延びるハサミが、バイソンチェストの腕を挟み込み、その動きを止めているのだ。


《ははははははは! そうだよな! やっぱり来るよなぁ! ここはお前の縄張りだもんなぁ!!》


『な、んだ? こいつ、どこから……!?』


 それは、巨大なサソリだった。


 巨大という形容だけでは不正確に過ぎるだろう。10メートルを超す巨人の腕を受け止めたのだ。ならば受け止める側にも相応の巨体が求められる。


 鉄柱と見まごう巨大な八足は、胴体を地上5メートルの高さで支えている。前面だけでなく、尾の左右からも小ぶりな腕が生えている。4つのハサミと尻尾は金色で、それ以外の甲殻は赤い金属光沢を有していた。


 ―――ローズ・スティンガー。


 それは、世界最強と謳われる存在。


 Metal(金属)Absorb(含有)Notably(顕著性)Trait(特徴)Identify(個体)、その頭文字からマンティと呼ばれる金属生命体。


 麗奈に声を届ける自称神―――中世ヨーロッパ時代に()()()()()()として記憶を取り戻し、本来の歴史を滅茶苦茶に荒らし、死してなお特異能力(チート)を悪用し、この時代の悪役令嬢、獅子王麗奈に憑り付いた亡霊―――ですら予期していなかった、特異点(イレギュラー)


 その異世界転生者が、自称神が偶然にも手に入れた、主人公機ならぬ()()()()()



 そしてこの瞬間、全ての運命が確定した。



 この場に立つ『悪役令嬢』と、この場にいない『主人公』。


 二人が最初に起こしたすれ違いにして、致命的とも言えるすれ違い。


 これから一年後に中国で大量虐殺が起きることも、ヨーロッパ全土を巻き込む戦いが起こり、マリウス教最高司祭(ローマ教皇)が殺されることも、全てはこの瞬間、麗奈がローズ・スティンガーを呼んだことによって確定した。


 これは、世界を救う物語ではない。


 これは、英雄が生まれる物語でもない。



 これは、全てを奪われる運命だった悪役令嬢が、主人公の全てを奪い尽くす物語だ。



 その始まりは4日前。麗奈が初めて神の声、異世界転生者マリアの声を聞いた3月31日にさかのぼる―――


 マンティって食い物の名前やんけ! って思ったけどもう設定組んでしまったので今更変えるのも……。


 ちなみに作者的『神の声』脳内再生CVは杉田智和さんのイメージ。


 一話は全て書き終えているので同じ時間に連日投稿します。


 続きが気になるという方、ロボットジャンルがランキングに増えて欲しいという方、ブックマークと応援ポイントを是非ともお願いします!

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