竜獅相搏 その11
イクス・ローヴェと対峙するバニンクスーがハンマーを振り下ろした。イクス・ローヴェは身を低くして、地面を滑るように回避する。ハンマーが衝突した道路には、放射線状のヒビが入った。
『もいっちょう!』
そこへ残る一機がイクス・ローヴェへと肉薄しようとするが、
『おっと、あなたの相手は私ですよ』
カレトヴルッフが割り込んだ。サイドアーマーから生えた柄を握れば、サイドアーマーがスライドして刀身をあらわにした。
細い剣だ。ドール・マキナが振るうには非常に珍しいレイピア型。剣先をバニンクスーへと突き付けると、狙いがイクス・ローヴェからカレトヴルッフへと移った。下から掬い上げるように振るわれた鎚を、
『踏んで、飛んだぁ!?』
宙で数回回転し、着地し、再び突き付けた剣先を、挑発するように上に数度、小さく跳ねさせる。
『舐めやがって、ガキが……! 世間の厳しさを教えてやらぁ!』
『面白い冗談ですね。脱走兵の分際で、私に厳しさを語りますか』
『……! 殺す!!』
バニンクスーがカレトヴルッフ目掛けて突進し、白と兄が、紫と弟がそれぞれ対峙した。
●
バニンクスー(兄)はハンマーを手早く振り回す。轟々と幾度となく風切り音が鳴るが、イクス・ローヴェはその全てを実に柔軟に回避し続けている。全長15メートルの鋼の巨人に使うには不適切な表現かも知れないが、『しなやか』と形容するに相応しい、ローヴェの名に負けぬ動きだった。
だが、避けてばかりでは勝てない。粗野な外観に反し、アブドゥル兄は決して苛立たず、冷静に動きを詰めていく。
―――そこ!!
当たる。アブドゥル兄は確信と共にハンマーを振るい、確かな手応えを得た。
確かにハンマーは激突した。イクス・ローヴェが振るった、金色の光を放つ剛爪へと。
威力が拮抗する。耳障りな音と共に、ハンマーの表面に黄色い波紋が発生していた。プラズマ・クローがダメージを与えているわけではない。ハンマーが展開しているプラズマ・スキンに、クローが放つプラズマ・スキンが干渉しているのだ。
音を立てて、ハンマーと腕が互いに弾かれた。
『どんな指してやがる……!?』
あのマニピュレーターはマズい。アブドゥル兄は戦慄する。無手で戦うとは戦いを舐めている。そう考えていた先程までの自分を密かに恥じた。
逆なのだ。あの指こそは、あの爪こそは自信の表れ。武器を持たぬのではない。あの爪こそがまさしく武器そのもの。すなわち、武器を持たぬことこそが敵への敬意の証である。ならば、
『その爪、砕いて鼻を折る!』
『来いよ、あふれる知性で返り討ちにしてやる』
●
バニンクスー(弟)は、カレトヴルッフに近付けないでいた。半身の体勢から突き付けられるレイピアが、目に見える以上に距離が遠い。幾度か接近を試みたのだが、そのたびにレイピアを差し込まれて出鼻をくじかれてしまう。
イライラしてくる。その済ましたツラを砕いてやりたい。
アブドゥル弟は目を細め、唇を舌で舐めた。操縦桿を握ればオモイカネ鋼を通じ、機体が重心を下げて溜めを作る。
もったいないが仕方がない。増援が来る前に、迅速に倒す必要がある。だから、
―――潰す!
巨体が突撃する。全高は大差ないが、細身のカレトヴルッフに対し、重厚なバニンクスーの突進は激突すれば一方的に押しつぶし得るだけの質量差がある。
カレトヴルッフはレイピアを突き出すが、アブドゥル弟はそのまま突進を敢行した。機体をわずかに捻らせると、右腕に刀身が突き刺さった。構わずさらに踏み込む。
レイピアが、根元から折れた。
激突する前にカレトヴルッフが跳ねる。バニンクスーの肩を踏み台に、危なげなく回避する。
『ゲハハハハ! 折れちまったねぇ、キィ~~~ッズ!』
『構いません。この剣は折れるのが仕事なのですから』
『強がってんじゃねえよ! 馬鹿なガキに教育の時間だ!!』
●
アブドゥル兄は先ほどまでとは打って変わり、丁寧に立ち回っていた。当然だ。こちらの得物は一本だけだが、相手の得物は二本あるのだ。一度でも下手を打てば敗北し兼ねない。同時に、急ぎ決着をつけねばならない状況が厄介だった。
幾度となく迫る爪を避け、避け切れないものは短く持ちかえたハンマーを当てて対処する。動きと言動から見て相手は若い。若ければ膠着状態になれば苛立つ。苛立てば隙が生まれる。こちらにタイムリミット故の焦りがある事を気取られてはならない。仕事は狼ではなく、故に森に逃げない。
『ふん、こんなもんか。そろそろ決めるぜ……!』
眼前、白い敵機はそう言うと、動きを止めて溜めを作り、
―――来た。大振り!
下から掬い上げるように振るわれた爪を、避けた。数合当てたおかげで間合いは既に測り終えている。後はハンマーを持ち上げ、上から叩きつければそれで終わりだ。
終わりの、はずだった。バニンクスーの腕は上がらない。正確には、右腕だけが動かない。
『な……!?』
腕は持ち上がらず、ハンマーの柄が中央から断たれ、右腕ごと地に落下した。
イクス・ローヴェが振り上げた白い円柱状の腕、その一部が持ち上がっている。そこからは、腕部内に納まるとは思えないほどに長い実体剣が生えていた。その剣が、ハンマーの柄と右肩を切り飛ばしたのだ。
振り上げていた腕が、今度は振り下ろされる。左腕も肩から切り飛ばされた。
『これは……! 腕部コンテナの武装モジュール!? ドイツの、ノイン・ローヴェか!?』
見誤った。体格がまるで違う。ノイン・ローヴェという機体は、とある特徴から、その外観が当てにならないことがある。だから未知の機体だと誤認してしまった。
だが、ノイン・ローヴェは専用艦との連携を前提とする機体だ。半島の住民が扱えるとは思えない。一体どうやって運用を?
その疑問には、目の前の機体が自ら自供してくれた。
ブレードを収納したイクス・ローヴェが再び腕を振るう。
頭部が、胸部が、ただの一度で砕け散った。
空。
爪がコックピットブロック上部までも撫で割き、アブドゥル兄の姿をさらけ出していた。爪が頭皮スレスレを通り過ぎたせいで、豊かなアフロが左から入る逆モヒカンになっていることに本人は気付いていない。
『違ぇな。冥途の土産に教えてやるぜ。こいつはノインの次世代型検証機、イクス・ローヴェさ!』
ガーランはコックピットで満足げに、腕を組みながら笑みを浮かべていた。
「所詮は旧式。案の定、オレサマの相手じゃなかったな」
●
カレトヴルッフと対峙するバニンクスーは、腕に刺さったままのレイピアの刀身を放置していた。
『バカなガキに教えてやるよ。ドール・マキナ相手に刺突は効果が薄いのさ。こうして手足に刺さろうが、この通り』
レイピアが刺さった方の腕で指を立て、立てた指を左右に揺らした。
『断線した程度じゃあ、オモイカネ鋼が機能を代替しちまうからな。かと言って馬鹿正直にコックピットを狙ったって刺さりゃしねえ。内部装甲は先端部が逸れるように球状になってっからなぁ。だから!』
バニンクスーが両手でハンマーを握る。機体の重心が下がり、先ほどと同じ突撃の姿勢を取る。
『んな常識も知らねえバカはさっさと死んどけぇ!』
突撃する瞬間、刀身が突き刺さったままの腕が爆発した。
『ぬおっ! な、なんだぁ!?』
明らかな異常。ビーム刃が突き刺さったならともかく、実体剣が腕に刺さっても爆発などは起きたりしない。
『ふふ……。言ったでしょう? この剣は、折れるのが仕事だ、と』
『何をしやがった!?』
『この武器、バースト・レイピアと言うんです。私の親友が作ったんですよ。どんな武器かは名前の通り。刀身内部に爆薬を仕込んでいるんですよ。面白い武器でしょう? さらに、』
カレトヴルッフは、柄だけになった剣をサイドアーマーに戻した。再びサイドアーマーが引き下がると、真新しい刀身が現れた。
『御覧の通り。爆発することを前提としていますから、予備の刀身だってあるんですよ。さて、次はどうします? 何を見せてくれます? さあ、さあ、さあ!』
カレトヴルッフがレイピアを二度、三度と振るう。バニンクスーは重厚な見た目に反し、足を使って機敏に刺突を回避する。
『腕一本取ったくらいで、勝った気になってんじゃあねぇぞぉ!!』
バニンクスーは、再度の突進を敢行した。ハンマーの柄が炸裂ボルトで中程から折れて、片手用のショートハンマーになる。残された腕を振り上げ、
『遅過ぎですよ』
振り下ろすより先に、膝にレイピアが突き刺さった。再び刀身が外れ、今度はすぐに爆発する。
アブドゥル弟は、コックピットの中でにちゃりと笑った。やはり甘い。足を砕かれただけでは、
『スラスターがあるんだよぉ!!』
背面から推進剤の火を放ち、片手片足のドール・マキナは止まらない。今、レイピアに刃はない。そして再装填する時間は与えない。
直後、刀身のない柄から、赤と黒のマーブル模様の光が延び、そのビーム刃がバニンクスーの首を切り飛ばした。
『まだまだぁ!!』
モニターにノイズが走り、視覚情報が失われる。サブカメラに切り替わるまでの一瞬も待てず、アブドゥル弟は先ほどの位置情報をもとにハンマーを振り下ろした。
直後、アブドゥル弟は空振りの間隔と共に、ハンマーが外れたことを察した。モニターは未だに沈黙しており、敵が左右どちらに逃げたかは分からない。
右か。
左か。
常道で考えるなら右だ。右腕部は先ほど失われたからだ。
だが、だ。この敵は、先ほどから人をおちょくっているような節がある。そんな人を舐めたクソガキが、常道通りに右に逃げるだろうか。
右か。
左か。
―――左だ!
と、バニンクスーが左に向かってハンマーを回すより早く、アブドゥル弟の予想に反して、常道通りに右手に回避していたカレトヴルッフは、反撃する一瞬手前にあった。
カレトヴルッフはハンマーを回避すると同時、空いた左手をサイドアーマーへと走らせていた。
予備刀身が残る長コンテナからグリップが立ち上がる。ホールドして引き抜き、くるりと回して再度保持する。トンファーだ。
バニンクスーが振り下ろしたハンマーを力づくで止めた。左右のどちらに振るか、一瞬の硬直。
その硬直の間に、カレトヴルッフは無造作にトンファーの先をバニンクスーの胴体に押し付ける。
そしてバニンクスーがカレトヴルッフのいない方へとハンマーを回すより先に、ライナスは引き金を引いた。
パイルバンカー。
トンファーに内蔵されたままのレイピア予備刀身を杭の代用として、バニンクスーの胴体に叩き込んだのだ。
バニンクスーのコックピットの中、右手側から突然に杭が飛び出し、アブドゥル弟のアフロに突き刺さった。
アフロを貫通した刀身は左肩へと貫通し、接続部を内側から粉砕する。
ハンマーを振り回すことなく、左腕が肩から脱落していく。
胴体に打ち込まれたバースト・レイピアは、爆発することなくトンファー内に戻っていく。左肩から杭先が消え、アフロから刀身が抜け、そしてすっかり風通しのよくなったコックピットの中で、横にぽっかりと開いた大穴を、右側からの逆モヒカンになったアブドゥル弟が呆然と見ていた。
股間から湯気が立ち上がる。アンモニアの匂いが大穴の空いた左肩へと抜けていく。
カレトヴルッフのコックピット中で、ライナスは物憂げに溜め息をついていた。
「やれやれ、一世代前とはいえ大型機ですらこの程度ですか。これでは、今後もあまり期待できそうにはありませんね」
それよりも、とライナスは視線を横へと移す。
そこには煙をもうもうと上げている、かつて森林堂と呼ばれていた建物が見える。
「ところで、新刊はどこに行ったら買えるんでしょう?」




