竜獅相搏 その10
麗奈の説明を聞いた五十鈴は、ふと気になったことがあった。
「部隊の名前ってもう決まってんの?」
「仮称ですが、書類には確か『ラプソディ・ガーディアンズ』と書かれていましたわね」
「……それ提案したの、絶対師匠だろ」
「……ノーコメントですわ」
「いや麗奈もそう思ってるってことじゃん。それ絶対師匠のセンスじゃん」
《部隊名を変更しますか? はい/いいえ》
(なにやってますの……)
《いやね、こんな時って部隊名はプレイヤーが変更できるもんだからさ、こうやったら変更出来るようにならないかなーって》
変更できるはずがなかった。
「先生って、誰のこと?」
「春光の親父さんだよ。俺らの通ってる剣術道場で師範代やってんの」
「へー。二人って剣道やってるんだね」
剣道ではなく剣術である。しかし細かい部分だ。こだわりのない相手にはちゃんと伝わらないだろう。同じことを考えた麗奈と五十鈴は、特に訂正をしなかった。
「ラプソディ・ガーディアンズねぇ……」
五十鈴は頭の後ろで手を組むと、そのまま背中に体重を傾けて仰向けに寝転がった。
空は見えない。太陽も、月も、天照も見えない。見えるのはシェルターの天井だけだ。天井を補強する鉄骨梁の間に、サッカーボールが引っかかっているのも見える。
日常と非日常。平時と有事。憧れと現実の交錯点。警察と王族と帝族、そして呉服屋の、決定的な差異。
「あいつら全員、それに入るんだろ? あーあ、俺も参加してぇなぁ」
●
『おい、何やってやがる……?』
銀行強盗の現場に現れた警察小型ドール・マキナと、その前後に位置する二機の大型ドール・マキナの動きに対して、シェパウルスのパイロットが言った。
『おかしいだろ。立ち位置がよぉ? 手前ら、裏切りやがったのか!!』
『おっしゃ、ビンゴだ!』
春光は通信を介して、指を弾く音とガーランの声を聞いた。
『やっぱ勘違いしやがったな。気合い入れろよ。こっからが本番だぜ』
『手前らぁ! 分かってんなぁ!? 裏切りものには制裁だぁ!! 遠慮はいらねえ、ぶっ殺せぇ!!』
シェパウルスから指示が飛ぶ。無数のカラフルなドール・マキナたちが春光たち三機へと殺到し、
『ってあのクルスは逃げんのかよ!?』
それと同時に、シェパウルスが反対方向へと逃走を開始した。
『シュンコウ! 追うか!?』
「いえ、大丈夫です。ちょうどおかわりが来ているので、逃げたクルスは彼らに任せましょう」
パラパラと散発的に銃弾が飛ぶ。イクス・ローヴェやカレトヴルッフにとっては大したものではないのだが、小型ドール・マキナであるライブラにとっては堪ったものではない。慌てて回避行動を取る。
ライブラ両足側面のホイールが分離した。内部アームに保持されて設置する。タイヤが回転し、二足歩行ではなく車輪を用いた移動方法だ。
『シュンコウ、盾に!』
カレトヴルッフが地面に突き刺しているシールドの裏へと非難したことで、春光はようやく一息ついた。
というのも、ライブラはドール・マキナではあるものの、対ドール・マキナではなく対人制圧を目的とした機体だからだ。大型機なら余裕で耐えらえる攻撃も、直撃したら無事では済まない。おまけにドール・マキナを破壊できる程の攻撃力を備えた武装も持っていない。
では何故そんな役立たずがこの場にいるのかと言えば、
『ガーラン殿下、ライナス殿下! 頼みます!』
他の二人がドール・マキナで戦うための、現場責任者という仕事があるからだ。
直後、ライブラを追いかけてビームがシールドに直撃した。対ビームコーティングに弾かれる。が、弾かれた赤黒い粒子塊が周囲に飛び散った。アスファルトを焼き窓ガラスを融解させる。電線が焼き切られて激しい火花を一瞬だけ散らした。
イクス・ローヴェが盾へビームを発射している機体に近付いて殴り砕く。だが、なおも銃撃はシールドの周辺へと集中する。
『しかたない。囮になりますか』
カレトヴルッフが盾から飛び出し、建物よりも高い位置から砲撃した。直撃し、撃墜し、絶叫マシンを一つ増やすと、銃撃が滞空するカレトヴルッフへと集中する。
機体背面、横Vの字状のユニットから光の粒子を散らし、蝶のように舞って銃弾を全て回避しながらの曲芸撃ちを2発。どちらも銃火器を持つ腕を吹き飛ばした。
『当たらねえ……!』
『なんで空であんな機敏に動けるんだ!?』
そこに、
『地上がお留守だぜ?』
なおも対空射撃を行う機体を、接近したイクス・ローヴェが切り砕いていく。
既に半分が戦闘不能だ。生き残ったドール・マキナは射撃しながら後退し、角を曲がって建物を盾に弾幕を張って抵抗する。
『オイオイなんだよそのザマはよぉ! チョーセンからわざわざ出張ってきてんだろぉ! ちったぁ気合入れて抵抗しやがれってんだ腰抜けども!!』
弾幕を一顧だにせず、イクス・ローヴェが突撃した。
カレトヴルッフが後を追う。角を曲がると、残りの敵機は抵抗する者と遁走する者に分かれていた。その中に、
「! あれは……!」
ライナスは気付いた。看板だ。縦の看板。三つの文字が並んでいる。三つの漢字が書かれている。
森
林
堂
あの地こそ、ライナスが目指した桃源郷。寮に運ばれた荷物の整理を後回しにして街まで繰り出した目的地そのもの。
(守護らねば―――!)
ライナスがそう思った瞬間だった。ガーランから逃げるドール・マキナの一機が森林堂の建物の隣を走る。その脚部が路上駐車された車を踏む。
足を、滑らせた。サイドブレーキがかかっていなかったのかも知れない。
バランスを崩す。森林堂の建物へと向かっていく。
そして、壁を砕きながら建物の中に埋まった。
「……は?」
建物の中から、大量の紙片が空に飛ぶ。
埋まった機体が抜け出そうと暴れるが、すぐに動かなくなった。埋まった場所からはオイルの臭いが漂っている。
爆砕ボルトで胴体が分かたれ、脱出装置が起動した。
爆砕ボルトの火が漏れたオイルに引火する。瞬く間に火が建物に回る。
最後に駄目押しするかのように、埋まったままの機体が爆発した。
「し……、森林堂ーーー!!!」
もはや火事どころの騒ぎではない。長く奥多摩民に愛されていた森林堂は、元の面影すらも分からないほどの残骸しか残っていない。
黒煙が、空へと昇っていく。
涙で滲んだこの空を見上げる度、儚い蒼さが胸を締め付けていく。
視界の端を転がっていくものがあった。森林堂に埋まった機体から射出されたコックピットブロックだ。
手には銃。ゆらりと動き、銃口が停止したコックピットブロックに向けられる。あとは引き金を引くだけで森林堂の敵を討つことが出来る。
そして引き金を引く直前、機体表面が数発の銃弾を弾いた。
「はっ」
マジで射撃する1秒前。戦闘中の不慮の事故ならともかく、戦闘能力を失った相手を一方的に射殺したともなれば、今後の活動に悪影響があることは間違いない。危ないところだった。
「わたしは しょうきに もどった!」
カレトヴルッフに弾を当てた敵機を見る。が、既にイクス・ローヴェが全て撃墜した後だった。
銃口を他へと向ける。射撃した。狙いは逃走中の機体だ。命中。下半身が吹き飛んだ。残された上半身は縦に回転しながら転がって、
『がああああっ!? 機体性能が、違い過ぎる!!』
最後の一機だった。他の機体はライナスが呆然としている間に、ガーランが全て片付けてしまったからだ。
カレトヴルッフは降下し、イクス・ローヴェの隣に着地した。
『あのクルスだけは逃がしちまったか。おいシュンコウ、消防車を呼べ。火災が一件だ』
『何があったんです?』
ライブラはまだ角を曲がっていないから状況が分かっていない。脱出装置から出てきて逃げ出そうとしている犯罪者たちを捕縛ネットで拘束してまわっているからだ。
「馬鹿が突っ込んで爆発したんですよ。全く、散々です。このまま別の本屋に飛んでいきたいくらいですよ」
『行くなよ? 絶対行くなよ?』
「大丈夫ですよ。さすがにその程度のことは分かります」
『ガーラン殿下、ライナス殿下は分かっていないようなのでセーフですが、その止め方は日本では非常に紛らわしい言い方です』
『なんだと……!?』
春光の言葉に驚きながらも、ガーランはキーボードを引っ張り出して片っ端からコマンドを入力していく。ガーランの巨大な手指に合わせた特注品サイズだ。サブモニターに次々と表示されていく戦闘データを確認するが、
「チッ! 雑魚過ぎんのも考えもんだな。ろくなデータが取れちゃいねえ。そういや、消防車タイプのクルスってのはねえのか?」
『うーん、バイソンチェストのオプション装備にハシゴがあるとは聞いていますが、消防機能を持つクルスというのは僕も聞いたことはありませんね』
その時、三機は同時に、新たに接近する二つの動体反応を検知した。登録該当信号無し。つまり、敵機だ。
その場で待っていると、強盗犯が逃げようとしていた方向から新たな機体が姿を現した。大型だ。継ぎ接ぎ機体などではないのが一目でわかる。二機ともが巨大な両手持ちハンマーを手にした、ずんぐりむっくりとした12メートル級ドール・マキナ。
ガバリとイクス・ローヴェの口が開き、内蔵されたカメラが露出する。イクス・ローヴェのメインモニター表示が『妖精の目』仕様に切り替わると、ガーランはサングラスを上へと上げた。
「一世代前のロシア産マキャヴェリーだな。バニンクスーだったか。持ってるもんは普通にプラズマ・ハンマーだな」
口を閉じて、サングラスを戻した。
時々いるのだ。ハンマーにHEATを仕込む馬鹿が。一発で得物がオシャカになるのが欠点だが、その分直撃した時の見返りは大きい。妖精の目によって判別できるのだから、ガーランが事前に確認するのは当然だった。
『ほう、いいじゃないですか。一世代前とはいえ大型機。それもパッチワーカーでもない真っ当な機体。少しは無聊を癒せそうです』
「一人一機だかんな、ライ!」
二機のバニンクスーが立ち止まると、そのすぐ近くに転がっていた上半身だけになったドール・マキナが腕を振り上げ声を張り上げた。
『おい兄弟! おっせえんだよ! もう全員やられちまってんぞ!!』
『我々も、可能な限り急いだのだがな』
『お前らが弱いのが悪い責任を、俺たちに擦り付けるんじゃねえよ』
バニンクスーが上半身だけのドール・マキナを蹴り飛ばすと、悲鳴と共に転がって、その後静かになった。
『話は聞いている。裏切り者だと』
『そいつはメチャゆるせんよなああああ~! そして手前らは運がねえ! このアブドゥル兄弟を相手にするんだからな!』
二機のバニンクスーが道路を塞ぐように左右に立つ。一機がイクス・ローヴェとカレトヴルッフの中央へとハンマーの先端を向け、
『今すぐ機体から降りて降伏するのであれば、先に降りたやつだけは助けてやってもいい』
ライナスたちはその声に応えず、
『アブドゥル兄弟ですって。ガルは知ってます?』
『オレサマの脳細胞が、その辺のゴミカスのために消費されてると思うか?』
『ちょっと待ってください。ライブラのリストに情報がありました。アブドゥル兄弟、ロシア軍の脱走兵ですね。脱走時にドール・マキナ二機を奪ったことで、指名手配されています』
春光が見るモニター画面には、よく似た二人の男が映っている。大柄で、髭が濃くて、立派なアフロ。どう考えても軍人の格好ではない。一体どこで手に入れた写真なのかと春光は不思議に思うが、重要なことではないので胸の内に沸いた疑問を無視した。
『ンだよ、ロシアに引き渡したところで銃殺刑じゃねえか。どうせ死ぬんなら殺しちまっても良くねえか?』
『駄目ですよ、ガーラン殿下。この程度の相手を生け捕りに出来ないようでは、この部隊の設立意義が問われることになります。ローズ・スティンガーの近くにいたければ、圧倒的な力を見せつける必要があります』
『チッ、わぁってるよ。んじゃ行くぜ!』
イクス・ローヴェとカレトヴルッフが同時に突撃する。
そしてライブラは中型機相手でも足手まといなのに大型機を相手にするのは自殺行為以外の何物でもないので、そのまま一つ手前の道路にとどまり、生身の強盗犯を捕縛して回るのだった。




