竜獅相搏 その9
「は~っ、肩の荷が降りたぜ」
足を投げ出すように五十鈴は床に腰を下ろした。地面ではない。木目の床の上にだ。
ガーランたちと別れた五十鈴たちは、同じ電車に乗っていた花山院学園の生徒たちと共に近くのシェルターに避難したところだった。
ここまで案内したのは五十鈴だ。ガーランが分かれる直前、「電車を止めるのが目的かもしれん。避難するなら他の奴の誘導には従うな」と注意したからだった。
シェルターへ連れていくと見せかけて、大人数を一度に拉致する計画の可能性を指摘したのだ。だから、見知らぬ誰かではなく、信頼できる人物によって、シェルターまで案内する必要があった。
麗奈が同行したのも同じ理由だ。もし移動中に、あるいはシェルターそのものをドール・マキナに襲われても、ローズ・スティンガーがいればどうにでもなる。
「ご苦労様でした、五十鈴」
《さすがのドライコインといえども、元の世界に存在しないシェルターとなると、どこにあるかまでは分からんからなぁ。モブのくせにやるじゃねえか》
「けれども、こんなところに座り込むものではありませんわよ」
「そう言うなって。椅子なんてドコにあんだよ。どいつもこいつも直に座ってるじゃねえか」
巨大なシェルターだ。避難者たちはそれなりの数が集まっていたが、埋まり具合としては3割程度だろう。
五十鈴の言う通り、椅子なんてものはない。立ったまま談笑する者や、床に寝転がっている者さえいる。
シェルターの中や外には、ちらほらと警察官の姿も見えた。外にいる警察官たちは周辺の警戒と、新たな避難者の受け入れを行っている。
しかしながら、と麗奈は思う。麗奈たちがシェルターに近付いた時、麗奈に気付いた彼らが一斉に敬礼を取ったのには参ってしまう。警察庁長官の姪御であることを知られているのだ。
シェルターの一部には、多くの人が集まっている。床の一部がミサイルサイロのように開き、下から出てきたコンテナに群がっているのだ。軍人の指示のもと、警察官や役所の職員たちが飲み物や保存食を配っている。配給を受け取る人々の中には、六華の姿もあった。
さらに上昇したコンテナがもう一つあるのだが、そちらには殆ど人が集まっていない。代わりに集うのは、防弾チョッキを着た国防軍兵たちだ。兵器類の収納コンテナから装備を取り出し、万が一の備えを整えていく。
「それにしても、よくシェルターの場所を知っておりましたわね」
「ま、念のためな。移動範囲の大型シェルターの位置は全部頭に叩き込んでるよ。実際に利用するのは初めてだけどな」
麗奈も腰を下ろすことにした。ハンカチーフを取り出して床に広げ、その上に足を崩して座ると、六華が戻ってきた。胸と上着のポケットの中、ペットボトルのお茶を抱えている。
「はい、獅子王さん、五十鈴君」
「ありがとうございます」
「おう、サンキュ」
「あっ、獅子王さん。ペットボトルって大丈夫だった? お嬢様って開け方や飲み方が分からなかったりしない?」
「さすがに花山院の箱入娘でも、ペットボトルの飲み方くらいは分かりますわよ」
「こう、『ペットボトルの紅茶なんて認めませんわー!』って言って投げ捨てたりしない?」
ちなみに、六華が持ってきたのは緑茶飲料である。
「あー、確かにそういうやつはいる。女子に限らず男子にも」
「あ、やっぱりいるんだ。獅子王さんはどう?」
問われた麗奈は、別の意味で首を傾げた。
「……ペットボトルの紅茶って、存在するんですの?」
「「そのレベルかぁ~……」」
「な、なんですの二人とも、その呆れた顔は!?」
《そういや俺もペットボトルの紅茶って飲んだことねえな。元の世界だと珈琲ばっかりだったし、紅茶を飲むようになったのってこっちに来てからだし》
麗奈はマリアの言葉を無視した。
六華は麗奈の抗議をスルーした。周囲を見回す。左右のポケットの中と手に持つ分を合わせて、ペットボトルはまだ3本残っている。
「優美と有栖ちゃんは?」
「有栖が中等部の子たちの様子を見に行くと、優美さんを一緒に連れて行きましたわ」
「そっか。気を遣わせちゃったなぁ」
「気を?」
「ううん。なんでもない。こっちの話。ところで、二人はシェルターに入るのって初めて?」
「ですわね。普段は軍に守られた山の中ですし。野亜さんたちは?」
「何回かはあるよ。小学校の頃には避難訓練で入ったこともあるし。でもここは初めてなんだよね。いつもは家の近くだったからさ。だから助かったよ。この辺りは私も詳しくなくてさ、場所知らなかったんだよねー。ウチは羽村の向こう側だし」
シェルター内は土足だ。しかし六華も他の避難者同様、ためらうことなく腰を下ろした。
五十鈴がペタペタと床を叩く。
「なんつーか、こう、体育館みてーな場所だよな。カラーのラインがいくつも引かれてるし。シェルターの床とか壁って、アスファルト丸出しをイメージしてたんだけどさ」
「私が知ってるところは、どこもこんな感じかなぁ。それにアスファルトだと重すぎて、こういうフタを持ち上げたりも出来ないだろうし」
六華が指先でトントンと叩くのは、床下収納の半回転取手だ。
「なんですの、それ?」
「見ての通り床下収納だよ。上に置きっぱなしだと邪魔になったりするし、それに寝る時とかは中に荷物を入れて、その上に寝袋とかシートを敷いたら盗難防止になるよ」
「よく考えられておりますわねぇ……」
「そうだ、鞄の中に獅子王さんのサイン入ってるし下に入れとこう」
「お前、何やってんの……?」
「それ以上は聞かないでくださいまし……」
「にしてもよ、ここにいるやつら、あんまり避難しているって雰囲気じゃねえよな」
五十鈴の言葉の通り、弛緩した空気が蔓延していた。とても近くでドール・マキナが暴れている状況だとは思えない。きちんと緊張を保っているのは警官と国防軍兵くらいだ。
「んー……。まぁ、何年かペースで起きることだしね」
幼い子供たちが追いかけっこをしている。
散歩中に連れ込まれたのであろう犬の鳴き声。
ダボシャツ腹巻きのハゲ親父が、スポーツ新聞の競馬情報を穴が開くんじゃないかと言わんばかりに注視している。
買い物ルックのオバチャンたちは連合を組み、コンテナ前にいる兵士たちに買った魚や肉が傷むから冷凍コンテナを上げてそこに保存させてくれと交渉する始末だ。
オバチャン連合の言う通り、シェルターの地下には様々なコンテナが収納されている。
だがそれらのコンテナは、外にいる敵を倒す際の銃火器を収納するためのものであり、住民が長期間シェルターで生活しなければならなくなった際の食糧やプライベートテントや毛布や簡易トイレを収納するためのものであり、バイオテロが行われた際のワクチンや医療品を収納するためのものであり、まかり間違っても100グラム88円の豚肉を冷やすためのものではない。
自分の息子を見つけたオバチャンは安否を尋ねるより先に「アンタ宿題やったの!?」と強い口調で聞き、問われた息子は「遊びに行くのに宿題なんか持ってく訳ないじゃん」と反論して逃げ出した。地べたに座ってカードゲームに興じる子供たちの下へと向かっていく。
「そんでよ、いい加減に教えてくれてもいいんじゃねえか? 朝から言ってた『例の部隊』ってやつのことをよ」
「……まぁ、そうですわね。おそらく数時間後には発表があるでしょうし、もう漏らしても大丈夫でしょう。と言っても、もう五十鈴には予想がついているのかも知れませんが」
麗奈は周辺を確認した。近くで話を聞いている者たちがいないのを確認し、ついでに有栖が中等部の制服の生徒たちの中に混じっているのを発見し、
「ポツダム半島からのドール・マキナ犯罪と、万一ローズ・スティンガーが再び暴走した際の対抗手段として、多国籍防衛部隊が作られることになりました」
●
銀行の正面に、半人半馬ならぬ半人半車、すなわち上半身はドール・マキナ、下半身はバンという奇妙な機体が停車していた。
その周辺には、統一感のない、しかしきちんと人の下半身をしたドール・マキナが半人半車を警護している。
警護する機体たちは、それぞれ別の機体どころの話ではない。胴体に両腕に両脚に、それらの意匠が全くかみ合っていない。腕や足が壊れたら、別の機体の無事な部分を再利用しているせいだ。そんな行き当たりばったりな修理を繰り返し続けた結果、原型機など全く分からない機体が無数に生まれている。
この場に集まっているのは、そんな機体ばかりだ。
ポツダム半島で使われるドール・マキナの大半が、この特徴を持っていた。50年以上に渡り世界各地から犯罪者集団が集まり、無政府状態が続いていることを考えれば、こうなるのは自然な流れとも言えた。
さらに銀行からは、目出し帽の男たちがバケツリレーの要領で鞄をバンの中へと放り込んでいく。
銀行強盗の真っ最中だった。
銀行員たちも銀行員たちで、この手の事態には慣れたものだった。利用者まで含めて人質になってたまるかと、全員が既に逃げてしまっている。おかげで強盗たちは、自分たちの手で札束をかき集めてバッグに詰める羽目に遭っていた。
『ん……?』
周辺を警護する一機は、モニターが突如暗くなったことに気付いて空を見上げた。天照による日食じゃないか。そう考えて、日本に来た記念にと一目見ようと思ったのだ。そして、
『見つけたぜぇっ! ストライクッ、プラズマ・クローッ!!』
金の爪に雷光を纏わせ、空から強襲したイクス・ローヴェに切り裂かれた。実に2倍近い体格差。頭が吹き飛び胴体が砕け、脱出装置が機能したコックピットブロックが即席の絶叫マシンと化して道路を転がっていく。
敵陣の中へと降りたイクス・ローヴェと違い、遅れて到着したカレトヴルッフは離れた場所へ降り立った。盾を道路に突き刺すと、裏の機構が展開し、地上との保持を補強する。盾の影に膝立ちで入るが、
「うわぁ、雑魚しかいませんね」
『いきなり気の抜けること言うな』
ライナスの呟きに、ガーランが交戦しながら抗議する。だが抗議したいのはライナスの方だ。
「だって見てくださいよ。継ぎ接ぎマキャヴェリーだらけじゃないですか。中央に奇妙な混ざりものもいますけど」
『あー、ありゃ最初期に作られたクルスの失敗作だな。シェパウルスだったか? たしか40年くらい前の機体だな。』
「ガル、知っているでしょう? 私は戦いは好きですが、弱い者いじめは嫌いなんですよ! やってて楽しくない! 実戦テストが出来るガルはいいんでしょうけどね、私は強い相手と戦いたいんですよ!」
『グダグダ言ってねえで支援しろォー! 政治家共は数でしか判断しねえぞ!!』
「あぁ、それはその通りだ。よくないですね」
カレトヴルッフがようやくライフルを構えた。口径の違う二つの銃口。実弾とビームの撃ち分けが出来る火器、俗にハイブリッド型と呼ばれている武器だ。
即座に狙いをつけて砲撃。発車の衝撃で、隣に立つビルのガラスがビリビリと震えた。
使ったのは実弾だ。市街地でのビーム射撃は、弾かれた際に周辺構造物への被害が大きすぎる。
胴体上部に直撃した機体が砕け散った。動力炉が爆発したわけではなく、純粋な運動エネルギーで吹き飛んだ。
道路上での戦闘だ。二車線上とはいえ、中型サイズのドール・マキナの動力炉が爆発したとなれば、周囲への被害が馬鹿にならない。だから動力炉は狙わない。
そして相手はパッチワーカーだが、機種はライナスが操るのと同じマキャヴェリーであることは分かる。マキャヴェリーは大型と中型という区分を除けば、各関節部が共通化されているからだ。だから見覚えのない胴体部であろうとも、コックピットや動力炉の位置は見当がつく。
「誰も殺すな、というオーダーでしたか」
正確には、全員生け捕りにするようにと日本政府から依頼されている。だから動力炉だけでなく、コックピットも狙うわけにはいかないのだが、
「強い相手なら何度も楽しめるからそれもいいんですが、この程度の連中、果たして本当に生かす価値があるのやら」
『あの、殿下。こっちまで聞こえてます。今のはオフレコということにしておきますから』
母艦からの通信。
ライナスの失言中も戦闘は続いている。中央、シェパウルスの人型部分が腰から180度回転して後ろを向き、
『手前ら何しやがる! 現場は早い者勝ちだろうが! どこの組の連中だ!?』
「何言ってるんでしょうかね」
『あぁ、そりゃきっとアレだ。オレサマたちのマシンは未公開機だからな。連中のお仲間だとでも勘違いしたんだろうさ』
「ああ、なるほど」
言いながら、ライナスは再度の射撃を行った。先ほどと同じように、敵機のコックピットより上部分だけを吹き飛ばす。
『手前ら、本気か……!?』
『ボス! サイレンが近い! ポリ公が来る!』
『おい、手前らもサイレン聞こえてんだろ! ここは一時共闘にしねえか!?』
『しねえよタコ』
イクス・ローヴェが敵機に一瞬で近付く。爪を振るえば胴体が砕け、コックピットの脱出装置が作動した。
『クソッ、手前らさっさと戻れ! あの連中が警察とやり合ってる間にズラかるぞ!!』
銀行から強盗たちが飛び出し、シェパウルスのバン部分に乗り込んでいく。その途中、開けっ放しになっている鞄からは札束がいくつも零れている。
『……おい、ライ。まだ手ェ出すなよ。連中が抵抗しねえんじゃ、さすがにテストにならねえ』
「それは構いませんが、何かあるんです?」
『なぁに、シュンコウが来たら連中、キレて元気に戦ってくれるだろうさ』
にらみ合いが続く。サイレン音が近付く。サイレン音の音源が角を曲がり、
『一台だけ!? それもパトカーじゃねえか! クソッ、外れだ!』
春光が乗るパトカーが、空へと跳んだ。
『ビルド・モールディーング!!』
パトカーに、否、車両形態をとるドール・マキナ、試作型最新クルス、XSCライブラに乗る春光が叫ぶ。
空にあるライブラのルーフがサイレンごと二つに割れた。その中から警察帽を模した頭部が飛び出し、割れたルーフと繋がる前輪部が腕を為す。
ボンネットとバンパーがコの字に曲がった。胴体と腰の装甲に。
車体後部が180度展開する。脛の横に後輪がついた脚部に変形した。
小型のクルスだ。過去に生まれたクルスの中でも最小サイズで、高さは4メートルにも満たない。
両肩の赤色回転灯からサイレンを鳴らし、ライブラはイクス・ローヴェとカレトヴルッフの間に降り立った。警察手帳を模したエンブレムとリボルバー拳銃を構え、ドール・マキナ犯罪者集団へと向け、
『ホールド・アップ! 警察だ!! 抵抗をやめて投降しろ!』




