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竜獅相搏 その8


 東京湾の沖合に、奇妙奇天烈なものが浮かんでいた。白くて巨大で短い円柱が横倒しになっている。明らかに不自然な浮かび方だ。短さから考えると、円柱側面ではなく底面側が海に面するはずだと思えるからだ。


 円柱にはそこら中に窓がついており、その多数の窓が一番上に取り付けられた場所、すなわり艦橋にて、間延びした男の声が発せられた。


「室長~、殿下たちからの連絡です~」


 その言葉に、艦長席に座るソフィア・バベッジが顔をしかめる。明度の強い赤髪に、白衣姿の妙齢の美女だ。


「ヴァイスエルフにいるときは艦長と呼びなさい、アッヘンバッハ曹長。で、内容は?」


 アッヘンバッハは無造作に伸ばしたワカメみたいな髪をボリボリと掻く。盛大にフケが飛び散った。この男、実はもう三日も風呂に入っていない。


 さすがに不清潔に過ぎるのでソフィアも注意したくなるが、そもそもアッヘンバッハが風呂に入れていないのは、ソフィアを含めた他のクルーが休む時間を取らせてくれた、彼の厚意に由来するものだ。あまり強くも言えなかった。


 何もかも、一週間という短期間で日本に来ることになった強行軍が悪い。宮仕えのつらいところである。


「イクスとカレトを寄こせって~。トーキョーで暴れてる連中で試験するそうです~」


 間延びした声。だが、その言葉を聞いたソフィアと、艦橋にいるもう一人のクルー、ジェシカ・ノイベルト曹長は精神を引き締めた。ジェシカがキーボードを叩き、パネルを切り替え、


「室長。日本警察、および日本政府からの出撃承認は既に届いています」


 その言葉に、ソフィアは小さく溜め息をつく。


「仕事が早いわね……。日本の役人はノロマ共だと思っていたけれど、少し見直したわ。アッヘンバッハ曹長、ドラッヘンカノーネの射出シミュレーションを開始」


「了解です~、射出シミュレーション開始~」


 直後、艦橋正面にある大型モニターに、東京の地図が表示された。続けてジェシカは自分のモニターに自動的に表示されるパラメータを読み上げる。


「両エンブレムより座標を取得。有用着弾地点を検索。……結果、出ました。最有用値地点は西南西195メートルの駐車場。現地の映像、出ます!」


 モニターの地図に記された線路上に、赤丸で囲まれたGとLのマークが表示された。さらにモニターの角端に追加のウィンドウが立ち上がる。新たに表示されたのは、ジェシカが報告した駐車場の高倍率リアルタイム映像だ。自動車はほとんど駐車されていないし、人の姿も全く見えない。


「映像解析より誤差猶予をプラスマイナス10メートルと設定。距離反映。風向き、風速反映。コリオリ値反映。着弾地点への推定誤差はプラスマイナス3メートル。許容範囲ランクAダブルプラス。必要仰角33度」


 ソフィアは「よし」と一つ頷き、艦長席に備え付けられた受話器を手に取った。


「ヴァイスエルフ艦長、ソフィア・バベッジより、総員に通達する。本艦はこれより、ドラッヘンカノーネを用いて両殿下へ()()()()をする。必要仰角は33度。各員は配置に付け」


 受話器を置き、


「ヴァイスエルフ、浮上せよ!」


「ヴァイスエルフ~、浮上しま~す」


 海が割れる。海中に隠れていた巨体が、その姿を現そうとしているからだ。


 白。


 全長は300メートル近い、細長く、しかして馬鹿げた程の巨体だ。最初から海上に出していた艦橋部と合わせて、身体を伸ばしたカタツムリのような形をしている。


 ドイツ国防総省、国防高等研究計画庁、第11キャバリエ研究開発局が運用する帝族座乗工作艦、ルスタンハイツ・ヴァイスエルフが、海から完全に浮上し、その全身を露わにしていた。


 艦内では、整備士たちがガッチンガッチンと足音を立てながら怒鳴り合っていた。鉄板を仕込んだ靴がマグネット化した床に引っ付くから、足音がやたらと甲高い。そのせいで普通に話していても声が聞こえないのだ。


 その中の一人、中年のガタイのいい髭オヤジが受話器を手に叫んでいる。


「おい小娘! イクスはイクスのままでいいのか!?」


『小娘じゃなくて艦長です! アッヘンバッハ曹長、他に何かオーダーは来てる!?』


『え~っと、ガーラン殿下から、ラーメン、チャーハンセットって来てます~』


『日本食でしたっけ、それ?』


『中華じゃなかったかなぁ~?』


『どっちでもいいわよ! 聞こえましたね、おやっさん! そういうことです!!』


「どういうことだか分からん! そのままってことでいいんだな!?」


『それでいいです!!』


「お前らぁ! イクスはそのまま! カレトは羽根ェ閉じてるか確認しろよぉ!! 尻尾つけろぉ!!」


 白と紫、二機の様相が全く異なるドール・マキナ、その腰裏のアーマーに細長いパーツが取り付けられ、続けて後ろ向きに横倒しにされた。


 次に格納庫から出てきたのは、目の細かいドーム状の金網だ。横倒しにされた二機が、その中へとすっぽりと収納された。さらにドームと同じような金網の円盤が蓋をする。その状態で、格納庫から移動を開始する。


 艦橋、ジェシカが報告を受け取った。


「室長。各機、ヒューゼ内部への収納を完了しました。現在はイクスを射出口へ移動中……移動完了しました!」


「射出準備を開始」


「了解~。隔壁閉鎖~。艦首解放開始~。解放完了後に射角を確保~」


 ヴァイスエルフの長い艦体、その先端部が解放された。内部に内蔵されていた電磁式ガンバレルが上下左右から延長、展開する。


 艦が斜めに傾き出す。艦内ではオレンジ色の回転灯と共に警報が鳴り響いている。


「射角固定~。弾道シミュレート計測完了~。計測射線軸上に障害物は認められず~」


「初弾、ヒューゼ生成せよ!」


「初弾、ヒューゼを生成します!」


 先に射出口へ移動した、白い機体を修めた金網が、赤と黒のマーブル模様の光で覆われる。


「初弾、ヒューゼ生成を完了」


「ガンバレル・レール起動!」


「ガンバレル・レール起動。電圧、必要値に到達」


「室長~。殿下たちからまだ来ないのかと催促が~」


「ああもうっ! カウントダウンは省略! 初弾、発射せよ! 次弾装填急げ!」


 ジェシカはソフィアのカウントダウン省略にあきれながらも、言われた通りの命令を実行する。


「初弾、発射!」


 そして、8メートル口径という巨大な弾丸が、300メートルの艦体を銃身に見立てて撃ち出された。


 東京の空を、竜の魔弾が跳ぶ。


   ●


 春光は一人、皆から分かれて走っていた。電車から降り金網を乗り越え、車一台が通れるだけの狭い道を移動する。


 足が向かう先からは、サイレン音がドップラー効果を起こしながら近付いてくるのが分かる。


 角を曲がる。音はより大きくなった。サイレン音の音源の姿が、春光の目にも見えている。


 白と紺のトレーラーだ。金に輝く旭日章が車体に貼りつけられ、車体上部には赤色回転灯が現在進行形で動作中。一目で警察車両だと分かる姿だった。


 荒れた息を少しだけ整え、春光は再び走り出した。トレーラーの元へと。


 トレーラーは路肩に停止し、コンテナの中央付近から一部だけを展開する。展開した部分は180度回転し、タラップになった。人一人がかろうじて通れる程度の幅しかない、極狭のタラップだ。


 さらにコンテナ上部では、円形の蓋が回転しながら上へと伸びていく。その下には、光源のない暗い穴が開いている。


 トレーラーへと到着した春光は両手を膝に付いて息を整える。少し落ち着けば、上着を脱いで運転席の窓に放り込んだ。タラップを登り、解放されたままの暗い穴へと躊躇なく飛び込む。


 すぐに着地する。すぐに着席する。すぐに光源が灯される。


 春光が入り込んだのは、運転席だった。


 運転席内部だけでなく、コンテナ内部も明かりが付く。


 白と黒と赤色回転灯。収納されているのは一台のパトカー。


 車体のガラスはどれもが暗く、外からの光源があってなお、その内部は(よう)として知れない。


 運転席はひどく狭い。平均的な成人男性では中に入る事すら困難な程だ。更に一般的な自動車とは異なり、右でも左でもなく、中央部に運転席が位置している。


 春光はネクタイを緩め、首から下げていたネックレスを外す。ネックレスにぶら下がっていた鍵を、鍵穴に差し込んで回転させた。


 エンジンが(とも)る。狭いコンテナの中で音が反響し、長時間いたら気が触れそうな轟音で満たされる。が、車体に守られた春光には、その音もあまり届かない。


 コンテナ後部が解放された。轟音が外に漏れだす。春光の視界、やや曇った空が見える。


 ブレーキパッドを踏んだ。サイドブレーキを解除してギアをドライブに。アクセルを、


「石川春光。XSCライブラ」


 踏み込んだ。


「発車します!」


 15歳の少年が操縦する一台のパトカーが、コンテナから勢いよく飛び出した。スリップ音を鳴らしサイレンを鳴らし、羽村で暴れるドール・マキナたちを目指し、しかして法定速度は守って走り出す。


   ●


 ガーランは、手持ち無沙汰にアブドミナル・アンド・サイのポーズを取った。周囲にはライナス以外に誰もいない。


 ガラガラの駐車場。


 暇を持て余した天才の遊び。


 結果、朝の自己紹介の際に生き残ったボタンがとうとう死亡した。三点バーストの発射音のような音と共に連続して弾け飛び、駐車場の中で行方不明になった。


 ライナスが手元で転がしていた、青い盾に赤い槍が描かれたエンブレムが震えだす。


「ガル」


「おう、そっちも来たっぽいな」


 ガーランも、ポケットから震えるエンブレムを取り出した。こちらに描かれているのは翼の生えた竜だ。


 揃って空を見上げれば、赤と黒のマーブル模様の弾丸が仲良く二つ。宇宙人が月の裏から発射した隕石爆弾でも落下しているのかと見間違えそうな光景だ。それが、ガーランたちの元へと近付いてくる。


 ビームヒューゼ。ビームで囲った外殻(ヒューゼ)を用いて、ドール・マキナを高速飛行運送する最先端技術である。試験は幾度となくされているのだが、何気に実戦で利用されるのは今回が初めてだ。


 二つのビームヒューゼが、先端から消失して中身を露出していく。ヒューゼを構成する金属網が、ビームによって焼き切れたからだ。


 お届け物。


 ビームヒューゼから解放された二機のドール・マキナが、目標地点へと飛来する。自動操縦システムが機体各部のバーニアとスラスターを介して減速し、ガーランとライナスの前に着座した。



 ガーランは白を主色に、各部に金の差い色が為された機体へと近付いていく。キャバリエに分類される機体へと。


 ガーラン本人が設計し、ドイツ軍第11キャバリエ研究開発局が生み出した、次世代型新技術検証試験用1号機。それが、このイクス・ローヴェだ。


 ローヴェ(ドイツ語でライオン)の名の通り、獅子を模した頭部と、ややアンバランスに巨大な筒のような腕部、そして腕部から延びる金色の剛爪とも見えるマニピュレーターが目立つ機体だった。



 ライナスは紫の機体へと近付く。マキャヴェリーと呼ばれる機種の一機。王族専用機として、その威信を賭けて製造されたイギリス最新鋭高性能機、カレトヴルッフへと。


 イクス・ローヴェと違い、真っ当な人型比率の体格だ。仮面状の頭部は、左右の耳から薄くて長いアンテナが延びている。



 二人が近付けば、それぞれの専用機は紐付けされたエンブレムの接近を感知し、コックピットハッチを自動で解放した。


 二人は駆け寄って即座に乗り込む。


 二人揃ってエンブレムを取り出す。


 二人はそれぞれ、操縦席にある窪みに、


「ガーラン・リントヴルム。イクス・ローヴェ、アクティベート!」


「ライナス・ロンゴミニアド。カレトヴルッフ、アクティベート!」


 エンブレムを埋め込んだ。ハッチが閉まる。コックピット内の各モニターが立ち上がる。しかして、このままでは操縦できない。操作をしても動かない。最後の手順が残っているからだ。


 正面モニターが起動する。だが、正面モニターに表示されたのは外界の様子ではない。ヴァイスエルフ艦橋にて艦長席に座る赤髪美女、ソフィアの姿が映り、


『あっ、ちょっと殿下! その服どうしたんですか!? またポーズ取ってボタン飛ばしたんでしょ!!』


「うるっせぇよ後にしろ後に! とっととコントロール寄こしやがれ!!」


『あぁもうっ! あとでお説教ですからね!』


 画面に映るソフィアは、艦長席の横にあるパネルを操作する。


『イクス・ローヴェ、及びカレトヴルッフの搭乗者を確認。ユーハヴコントロール』


「「アイハヴコントロール」」


 操縦権限を獲得したコックピットの中で、二人が操縦桿を握った。正面モニターが切り替わり、外の状況を映す。


 二機のドール・マキナ、それぞれの頭部ツインカメラが輝き、ゆっくりと立ち上がった。


 白のキャバリエ、イクス・ローヴェ。全長は15メートル程と、一般的に大型ドール・マキナに分類される機体群と比べても一回り以上に大きい。指というより爪と形容したほうがいいようなマニピュレータには、一切の武器が握られていない。


 紫のマキャヴェリー、カレトヴルッフ。全長は12メートル程度。一般的な大型ドール・マキナのサイズだ。腰部側面に取り付けられた、機体の意匠とは合わない増設パーツ、長いグレーのサイドアーマーから、マウントされていたライフルとシールドを外して腕に保持した。


「おい、ライ。しっぽ付けっぱなしだぞ」


「尻尾?」


 見れば、イクス・ローヴェの足元にはひし形のユニットが転がっている。カレトヴルッフの腰の後ろに接続されているのと同じものだ。


「あ、ヒューゼの固定ユニットのことですか」


 カレトヴルッフが中腰になり、ユニットが切り離されて地上に落下した。その様子をイクス・ローヴェが機体を震わせながら金の爪で指差し、通信機からはガーランの笑い声が聞こえ、


「野グソしてるみてえだな!」


「口に出さないでくださいよ、ガル。……私も同じことを思いましたが」


 オマケにヴァイスエルフに繋がったままの通信からも『帝族として恥ずかしいこと言わないでください!』とソフィアの注意が聞こえてくる。サブモニターには、明後日の方向を向いたガーランが耳に指を突っ込んでほじっている姿が映っていた。耳から指を引っこ抜いて、耳カスを一息で吹き飛ばし、


「おっしゃ、準備はいいな、ライ。オレサマたちの初陣と行こうぜ」


「ええ、ガル。私たちが望んだ戦闘です」


 イクス・ローヴェは両腕を地に付け身を屈め、跳ねるように飛び上がって飛行する。


 カレトヴルッフのバックパック両側面に取り付けられた、流線形のユニットが展開し、V字の形状になった。推進器だ。跳躍から飛翔し、開いた推進器から光の粒子を放出しながら、イクス・ローヴェの後を追う。



 目指すは一つ。ドール・マキナが暴れている場所へと。



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