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竜獅相搏 その6


「それで、デートすんの?」


 有耶無耶になっていた、はずだった。


「へ?」


 間抜けな声が麗奈から漏れる。


 麗奈の目の前に座る五十鈴が、後ろを振り返って追及した。


 戸鴨(とがも)の急病によって自習となった教室で、有栖が保健室から戻ってきて、配られたレジュメを誰も彼もが読み終わる程度の時間が過ぎ、そこいらで雑談が始まって少し騒がしくなってきた頃のことだった。


「へぇ~、五十鈴ちゃん気になるんだぁ~、へぇ~」


「んだよその反応。普通は気にならねえ? 誰と誰がデートしたとかさ」


 ニマニマと笑う有栖に、五十鈴は冷静に切って返した。


「うんうん、そうだねそうだね。普通は気になっちゃうよね」


「絶対また変な考え方してんだろ、お前……。で、どうするん?」


「え、いや、あの、えーと」


 麗奈は何も考えていなかった。否、何も考えないようにしていた。


 それが突然、五十鈴に突き付けられた。


 目の前、五十鈴は制服姿で椅子に半身になって座ってこちらを見ている。その姿に重なるように、麗奈は道着姿で真剣を構え、切っ先を麗奈へと向ける五十鈴の姿を幻視する。幻視している五十鈴が、挑発するように笑う。


 逃げんなよ。そう言われた気がした。


《このモブ顔そこまで考えてないと思うよ》


(単に超えるべき壁をイメージした姿が五十鈴と言うだけですわ……!)


 パンテーラ(高速思考能力)が発動する。周囲の動きが、声が、目の前に座る五十鈴の瞼の瞬きまでもがゆっくりと感じられるようになり、麗奈はぐりんぐりんと考え事を始めた。



 デート。それは異性と、二人で遊びに出かけることである。



 高校生にもなれば、デートなど特に珍しい話ではないだろう。中等部の時分には、有栖が特にこの手の情報を集中的に集めてきたりもしていたからだ。


 ここは花山院学園。上流階級の子女が集う名門校。


 有栖も別に野次馬根性でやっているわけではない。上流階級にもなると、交際情報というのは事業にダイレクトに関係してくる可能性が高い。


 そもそもの話、花山院学園というのは、上流階級同士での友好を学生の頃から深めるために設立されたという経緯がある。極端なことを言えば、この学園は結婚相手を探す場所でもあるのだ。故に異性交遊を推奨するという、学校としては全国的にも珍しい特徴があったりする。


 そしてライナス・ロンゴミニアドはイギリスの王族である。つまりライナスが麗奈にデートを申し出たのは、何か政治的な意図が関与しているのではないだろうかと麗奈は思う。


 イギリス王家についてだが、マリアがヨーロッパで活動していた頃からイギリス王女と交流があったことで知られている。


 ついでにマリア繋がりで言うと、マリアの夫はドイツ王族のリントヴルム王家だ。つまり四世紀余りを経て、ガーランと麗奈は超遠縁の親戚だったりする。


《まぁ俺の旦那、俺と一緒に国外追放になった時に王族の身分も王族の時の名前も捨ててるんだけどね。王家に献上した機体だけは持ち逃げしたけど》


感想(レビュー):マスター、彼についてはそれよりも遥かに重要な、かつ根本的な問題があるんですが》


《そっちに言及すると全84話46万3691文字分の説明が必要になってしまうからスルーしようず》


 ポツダム動乱を機に、イギリス王族やドイツ帝族との交流は少しずつ失われ、麗奈が生まれる頃には完全に失われてしまっていた。だから、麗奈は今の王族帝族とも交流がない。


 そして麗奈にこそ効きはしなかったが、多くの女性を目が合うだけで腰砕けにする傾国の美丈夫を送り込んできたのは何故なのか。


(……いえ、何故なのかも何もありませんわね)


 決まっている。そんな理由は一つしかない。


 世界最強の武力―――ローズ・スティンガー。


 妄想や大言壮語などではなく、純然たる事実として、単騎で世界を変革しうる怪物。


 ポツダム動乱によって隣国を滅ぼしたのは暴走ゆえの事故であるが、そうでなくとも、ローズ・スティンガーは、正確には獅子王家が操るローズ・スティンガーは、多数の国の建国と滅亡に関与しているのだ。


 端的に言うと、国を私物化している独裁者の元へ乗り込んで、成敗して回っていた。


 独裁者たちが私財を投じて作り出した当時最高峰の超大型超高性能機を、当時最新の無数の量産機を、まさしく鎧袖一触の言葉を体現して蹂躙し尽くした。


 ドール・マキナは5メートル未満を小型、5メートル以上10メートル未満を中型、10メートル以上20メートル未満を大型、そしてそれ以上を特型、あるいは超大型に大まかに分類されるのだが、不思議なもので、独裁者たちの多くは、この超大型機に類するドール・マキナを好んで製造したがる傾向があった。


 馬鹿と偉い人は高いところが好きというが、馬鹿と独裁者は超大型ドール・マキナが好きなのだ。


 もっとも、独裁者であれば例外なく叩き切っていたわけではない。あくまで地元の反政府組織と協力し、様々な角度から情報を集めて精査し、それでもなお制裁したのは悪辣非道な独裁者に限られている。


 さらに、協力した反政府組織が第二の独裁者となった時には、責任を持って彼らをも制裁していた。


 悪因には悪果あれかし。獅子王家に伝わる家訓によって。


 天与えぬなら人が為すべし。当主のみに伝えられてきた言葉によって。


《お前ら、俺が死んだ後にそんなことやってたんか……》


(やっていたのは当時の当主一代だけですわよ……)


 もう、100年近くも昔の話だ。


 そのような過去を持つが故に、国を導く者たちからすれば、ローズ・スティンガーという『力』は喉から手が出る程欲しいだろう。


 それが15の小娘であれば御しやすい、と思われているのかも知れない。


 いいだろう。獅子王家の人間として、レムナント財閥の総統として、挑まれた勝負から逃げるわけにはいかない。


 頭の裏、ちらりと瑞器(みずき)親王との婚約話が浮かんだ。が、顔も分からないし誘われた相手は他国の王族だしで気にしないことにした。


「では五十鈴、一緒に行ってくれますか!?」


「なんでやねん」

《なんでやねん》


 最後の最後になって、麗奈は逃げた。


 なにせ麗奈は恋愛については全くの初心者である。これまでデートなど一度たりとも行ったことが無い。


 もちろん、五十鈴ともデートなどしたことは、無い。


 一方で相手は目を合わせるだけで多数の女性を落とすライナスだ。百戦錬磨は間違い無し。恋愛初心者の麗奈では一方的に攻め立てられるだろうことは間違いない。


 ゆえにこれは逃げたのではない。戦略的撤退である。そして戦略的撤退というのは、後方に控える味方増援との合流を目的として為されるものなのである。


 だからライナスとのデートに五十鈴に同行してもらうことは何も不自然なことではないのだ。


「私はそれでも別に構いませんよ」


「だからなんでやねん」

《だからなんでやねん》


「いやおかしいだろデートに女が他の男連れて来るってよぉ!?」


「そもそもだけどさ、二人だけで行かせて大丈夫なの? ほら、ライナス君の立場とか、ライナス君の顔とか」


「そ、そうですわよ、野亜さんの言う通りですわ! 五十鈴は戸鴨先生のしか見てないからまだ理解が薄いかもしれませんが、ライナス殿下の顔をわたくし一人では御し切れる自信はありませんわ! ガーラン殿下からも何かおっしゃってあげて!?」


 話を振られたガーランは、心底面倒くさそうになりながらも、


「おい、ライ。そもそもお前、まだ寮の片付け残ってるだろ」


 と、かなり真っ当なことを言った。


「何を言っているんですか、ガル。そんなの後回しに決まってます。何のために日本まで来たと思っているんです?」


「ローズ・スティンガーが」


「全然違いますよ!」


 ガーランの言葉をライナスは遮る。そして、これまでに一度たりとも見せたことが無い、物凄くいい笑顔になって、厳かにこう言った。



「今日は、雷撃文庫の、新刊発売日なんですよ」



 …………沈黙が、空間を満たした。


「は?」


「ですから雷撃文庫ですよ雷撃文庫。ガルにだって何冊も貸したことあるじゃないですか。いやぁ、日本に来れてよかったですよ。ブリテンにいた頃は数日どころか数ヶ月遅れが普通で、内容次第では大使館員が勝手に検閲して送ってくれなかったりで、物凄く不便だったんですよね」


「イギリス大使館に何やらせてんだよお前は」


 五十鈴が突っ込む。ライナスの言葉は止まらない。


「ですが日本にいればそんな障害もありません。あぁ~~~本当にありがとう、ローズ・スティンガー。ほら見てくださいよこれ、このリスト。手に入れそびれた本が山ほどあるんです。特に今日発売する本で注目しているのは、やはりこの『地球儀』の2巻ですね」


《すまん。それは20年が経っても3巻が出なくて完結していない》


「というわけでレイナさん、デートに行きましょう。私は本屋に行きたいですね。というか本屋以外には行きたくないですね。行くならライトノベルが売っているところがいいです。あ、ここの購買部に売っているなら別にそちらでもいいですよ」


 売っているはずがなかった。


感想(レビュー):当機思ったのですが、これってデートという名目で学園の外に買い物に行きたいだけなのではないですかね?》


《ワイトもそう思います》


 麗奈もそう思った。


「……で、どうすんの?」


「……春光さん、どう思います?」


「いや僕に振らないでしょ」


「理事長代行に面倒をみるように言われていたではありませんか!? わたくしだけでは判断し切れませんわ!!」


「いやー、あー、う~ん……」


 春光はひとしきり唸る。ガーランもライナスも他国の王族に帝族だ。最大限の便宜を図るように、多方面から言い含められている。


「……みんなで行けば、大丈夫、かな?」


   ●


 高等部の昇降口からぞろぞろと生徒たちが出てくる中、少し外れたところで、野亜優美(ゆみ)は姉が出てくるのを待っていた。


 昇降口から出てくる生徒たちは誰もがブレザー姿で、優美だけがセーラー服姿。だが、生徒たちは優美を見ても特に注目することなく、すぐに興味をなくしてく。セーラー服は中等部の制服で、つまりは兄か姉を待っているのだろうと予想がつくからだ。誰一人として歩みを止めることなく、三角コーンで出来たうんこ爆心地結界を綺麗に避け、学生寮へ、部室棟へ、あるいは駅へ、それぞれの目的地ごとに、途中で人の流れは分かれていく。


 優美はふと、昔のことを思い出した。ちょうど三年前のことだ。三年も前のことなのに、つい昨日のことのように思い出せる。姉が、自分が今着ているのとは違う中学校の制服を着て、中学校の入学式から帰ってきた時のことを。


 あの日、優美は自分も三年後には姉と同じ制服を着るのだと思っていた。


 あの時、すっかり髪をぼさぼさにした姉は言っていた。ものすごい数の先輩たちに周りを囲まれて、ものすごい数のチラシを渡されて、ものすごい大きさの声で部活への勧誘を受けたと。


 あの日、優美は自分も三年後には姉と同じ目に遭うのだと思っていた。


 それが実際にはどうだ。一週間前、父から突然、別の学校へ通うことになったと告げられた。


 おまけに中等部の入学式は、前日に行われた高等部の入学式の日に起きたテロによって、初等部ともども中止になった。


 自分が着るはずだった制服は、一体どこに行ったのだろう。


 自分を揉みくちゃにするはずだった先輩たちは、一体どこに行ったのだろう。



 そして優美は、小学生からの知り合いが誰一人いない学校で、誰からも歓迎されずに今日一日を終えたのだ。



 顔が俯きそうになる。俯いてやるものかと優美は思う。俯いたら負けだと優美は思う。自分でも何を考えているのか分からない。自分でも誰と戦っているのか分からない。


 ただ、俯いていては、姉が出てきたことに気付けないことと、早く姉に会いたいことだけは分かっていた。


「あっ、おねえちゃ……」


 ようやく姉が出てきて、だが、姉を呼ぶ言葉が途中で止まった。姉の隣に、とんでもない美女が歩いていた。長くて美しい金髪に、宝石かと思うような青の瞳。本当に姉と同じ高校一年生か疑わしいほどに豊満な胸。


 が。


 優美の言葉が止まった原因は、そちらではない。だって姉から「とんでもない美人の子と友達になった!」と嬉しそうに話をしていたから。だから問題はそちらではない。



 姉の後ろを、フルフェイスヘルメットを装着した男が歩いている。


 姉の後ろを、肌の白い金髪のゴリラが服を着て歩いている。



 なに


 あれ


 ヘルメットからは、紫の長髪が、まるでケーブルか何かのように外へと延びているのが見える。


 あのゴリラは何なんだろう。絶対に高校生には見えない。8回くらい留年しているプロのアメフト選手か何かだろうか。


「あ、優美ー!」


 姉がこちらを見つけてブンブンと腕を振る。美女とフルフェイスヘルメットとゴリラがこちらを向く。


 他人の振りをしたかった。


 早く姉に会いたいという気持ちはすっかり霧散し、これっぽっちも残っていなかった。


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