竜獅相搏 その4
この話が投稿されている頃には、私は既に某お祭りゲーム30を遊んでいることでしょう……(絶対に投稿し忘れることが予想できるので発売日より前の段階で予約投稿)
あ、肝心のロボットが登場するのはその8からの予定です。
ずぞぞぞぞぞぞぞぞーーー、と、五十鈴と春光は並んで、食堂でうどんを啜っていた。
対面にはライナスがフォークを使って、ちゅるちゅるとうどんを食している。
ライナスの隣に座るガーランの前にもうどんがあるのだが、その中身は三人と比べて明らかに減っていない。慣れない箸、それもガーランの手に対して明らかに小さすぎる割り箸に悪戦苦闘しているせいだ。
「おいガーラン、やっぱお前もフォーク使えって。麺伸びちまうぞ」
見かねた五十鈴がそう勧めるのだが、
「見くびんな! オレサマは、天才の、ガーラン様だ!!」
ガーランの気合と共に、音を立てて割り箸がへし折れた。これで五組目。ガーランのトレー上には、これまで犠牲になった、かつて箸だったものが山を成している。
食事中でも付けたままのサングラスは、目元をこそ隠していたが、ミシミシと眉間に集まる皺までは隠せていない。
その怒気の気配を受けて、ライナスの色気に当てられて彼ら四人が座る席を囲み、きゃあきゃあと騒いでいた女生徒たちがようやく静かになった。そのまま距離を取って離れていく。
箸がうまく使えないことだけではなく、ライナスに集まった女子たちもガーランが苛立つ理由の一つだ。
「そもそも、ガルの手にはその割り箸では小さすぎるのではないですか?」
ガーランは自分の手を見た。箸は真ん中から無残にへし折れ、掌の上にはみ出すことなく乗っている。
舌打ち一つ、ガーランはついにフォークを手に取った。ドンブリの中に突き刺してグルグル回転して引き抜けば、うどんがゴルフボール大の玉になっていた。一口で全て口の中に納まる。食べ方を心得たのか、物凄い勢いでドンブリの中身が減っていく。
大量に並ぶいなり寿司に次々とフォークが突き刺さり、もりりと口の中に放り込まれていく。
「……なぁガーラン。今更だけど、ボディビルダーって油と炭水化物は天敵なんじゃなかったか?」
「あぁん? 何言ってやがる」
巨大なかき揚げ。一口で半分になった。
「食いたいと思うモンを、食いたいと思う時に食う! そうすりゃ身体は勝手にデカくならぁ!」
「そうはならないと思います」
身長150センチに満たない春光は真顔で言った。
「……にしても、日本の女が慎ましいってのはありゃ嘘だな」
ガーランがいなり寿司を三つ続けて口に放り込みがてら周囲を見回せば、現在進行形で多数の女生徒たちが次々と集まり壁を形成しているのが見える。言うまでもなく、全員ライナス目当てだ。
「教室にいた頃は平和だったっつーのによ。どうなってんだこりゃ」
「ああ、そりゃ麗奈が近くにいたからだな」
クックック、と五十鈴が品のない笑い方をする。
「あいつ、ここのボス猿だからな。おいそれとは近付けねえんだよ」
「まぁ、言い方は悪いけど、女避けには助かるよ」
「ああ、そういうことですか。確かに教室でも、レイナさんから離れた時はブリテンと同じようになっていましたね。……なるほど、それなら退屈しなくて済みそうです」
ライナスが薄く微笑むと、それだけで黄色い歓声がそこかしこから上がった。バッシャバッシャとカメラのフラッシュまでもが炊かれている。突然の大声に、他の三人は耳を抑えることになった。
「おい、気ィ付けろライ! お前の一挙手一投足でオレサマの脳が破裂する!」
「おっと、これは失礼」
「飯食った後じゃなくて、食う前に合流して一緒に食った方が良かったなこれ」
「今すぐ呼んでモーゼしろ……!」
「無駄無駄。呼んだって今さら散らねえだろ」
「だけど凄いですね、これ。僕も人気がある方だという自覚はありますが、比較するのも馬鹿馬鹿しいくらいですよ」
「いえ、祖国にいた頃と比べたら、この程度はまだ可愛らしいものですよ。向こうでは50代の女性が私より年上の子供を連れてきて、私の子供だと認知を迫られたこともあります。確か12歳の時でしたね」
ゾアッと、ライナスの言葉を聞いた二人に怖気が走った。
「……ホラーは飯食ってるときじゃなくて、夏の夜中にしてくれ」
「……僕は今、これまで手加減されていたことに安堵と恐怖が混ぜこぜになった気持ちを味わっていますよ」
「女っつー生きもんは、恋愛と復讐が男より野蛮って言われるくらいだからなぁ」
三人の言葉を聞いて、ライナスは困り顔で肩をすくめた。
そうこうしているうちに、全員が食べ終わった。最後にガーランは巨大なドンブリを片手で掴み、残った汁を大きく広げた口の中へと滝のように流し込む。巨大な喉仏がぐりんぐりんと動く。ドンブリを下ろすと、出汁の香りがするゲップを長々と一発漏らした。さらに、
「さて、と……」
おもむろに懐に手を突っ込んで、10センチ弱の紙箱を取り出す。
白い無地の紙箱は一部が開いており、口からは銀色の内紙が覗いていた。慣れた手付きで口の付近をトントンと指で叩く。浮き上がった一本を口で咥えて引き抜いた。続いてポケットを叩いてライターを探し始め、
「ってうおおおおおおい何堂々と吸おうとしてんだよ!?」
そこに五十鈴が身を乗り出して、ガーランの加えた煙草を奪い去った。
「ンだよ、ここ禁煙か?」
「煙草は二十歳になってから! 分かる? 二十歳! 二十歳!」
「『にじゅっさい』と書いて『はたち』って読むんだろ? オレサマは天才のガーラン様だぜ? それくらい知ってらぁ」
「そうじゃねえよ……!」
「そもそもこいつぁヤニじゃねえよ」
ガーランはぷらぷらと箱を揺らす。五十鈴は手の中にあるものを見た。
「いや、どう見ても煙草じゃねえか」
ふと興味本位で、五十鈴は手の中にある煙草の匂いを嗅いでみる。何せ長年の寮暮らしのせいで、実際に大人がタバコを吸う姿なんて、テレビの中か街へ買い物に降りた時くらいしか見たことが無い。当然、自分で吸ったこともあるはずがない。
が、すぐに顔をしかめて、
「……なんだこの匂い? なんかすげぇ鼻にスゥーってくる。ミントっぽい。煙草ってこんな匂いなのか?」
「え? 煙草ってなんか苦々しい感じの匂いしない?」
「だからヤニじゃねえっつてんだろーが。話を聞けや日本人」
「じゃあ何なんだよ」
ガーランは五十鈴から煙草状の紙筒を取り戻した。
「ミントとか、鎮痛作用のあるハーブを詰めた薬だよ。タバコ葉は入ってねえからタバコじゃねえ。れっきとした医療品さ」
「なんでそんな紛らわしい形してんだよ。薬ならこう、固めて飲み込む奴じゃダメなのか?」
「頭痛もちでな。色々試したが、胃に入れるより肺から入れた方が効きも早いし持ちもいい。本音を言えば注射で直に血管に流し入れたいんだが、それだと見た目が完全にヤク中だからな。帝族として外聞が悪いし、針の管理も面倒臭ぇ」
「でも殿下、そっちも煙草にしか見えませんよ」
ガーランはものすごくデカいため息をついた。
「それだけが難点だ。煙草状薬の認知度が低いせいでこうやって勘違いされる。つーわけでシュンコウ、ここで学生連中はどこでヤニ吸ってやがる?」
これだけ広くて人も多ければ、学園内でも隠れて煙草を吸う学生は絶対にいる。ガーランはそう確信していた。同時に、春光がその場所を把握していないはずがないとも考えた。
ガーランの予想通り、そんな生徒は実際にいるし、春光も彼らの隠れ家がどこにあるかを知ってはいる。が、
「……いや、警察庁長官の息子にそんなこと聞かないでくださいよ。どうしても吸わなきゃダメなんですか?」
「おうよ、どうしてもだ。こいつを吸えなきゃ午後のオレサマは間違いなくバタンキュー。後は手前らで保健室まで運んでくれや」
「ついでに補足しますと、ガルは余裕で100キロ以上の体重があります」
さらに補足すると、花山院学園には入院も緊急手術も可能なレベルの保健室がある。学園がある場所が場所だし、預かっている生徒が生徒だ。それゆえに、学校にあるとは思えない規模になっている。
名目上は保健室なのだが、実態としては殆ど総合病院と言っていい。
春光はため息を吐いた。ガーランもライナスも他国の王族に帝族だ。最大限の便宜を図るように、多方面から言い含められている。
「……五十鈴、場所分かる?」
「おう。さすがに入ったことはねえが、鍵も持ってる」
「じゃあ悪いんだけど、ガーラン殿下の案内を任せてもいいかな? さすがに僕は立場的に不味いからさ」
「学園の案内はどうする?」
「私だけでも十分ですよ。あとからガルに伝えておきます」
「おう。どうせしばらくはライと一緒に行動するだろうからな。ヤニ吸う時を除けばだが」
「もうヤニ吸うって言っちゃってるじゃん……」
●
花山院学園の校舎は、小中高の全てが新しい。それぞれの校舎が、麗奈の入学を機に新築されたためだ。
だからそれぞれの校舎のさらに奥には、今はもう生徒には使われていない、しかし教師には物置代わりにと使われている旧校舎が未だに残っていたりする。
横並びになった三つの木造建築の旧校舎は、中央の棟にだけ、大層に立派な時計塔が上へと伸びており、その時計塔の中の木造階段を、五十鈴とガーランが登っていた。
「おいおい大丈夫かよここ。床抜けたりしねえよな?」
「抜けやしねえよ。日本の木造建築技術は世界一だから安心しろって。そもそもこっちが使われなくなったのは、老朽化が理由じゃねえって話だしな」
木が軋む音を立てながら、二人はなおも上へと進む。そして慎重に登るガーランより一足先に、五十鈴が最上階へと到着した。
「お」
「あ」
先客が一人いた。
五十鈴も名前を知らない相手だ。だが高等部制服であるブレザーを着ているし、学年で決まっているネクタイの色から、先客を先輩だと判断した。
「あー、確か、鷹谷だっけ? 獅子王サマのお気に入りの」
「獅子王のお気に入りって部分は全力で否定しますけど、確かに俺は鷹谷です」
「んで、お前も吸いに?」
「あー、いや、俺は吸わないんで。単なる案内ですよ」
「案内ぃ?」
五十鈴が親指で背後を指し、先客の先輩は階下を覗き見た。
「うおっ、デカッ!? もしかしてアレか? 噂のドイツ皇子」
ガーランはドイツ皇帝の孫だが、直系男子であれば、子か孫か問わずに皇子と呼ぶ習慣だ。
「あー、やっぱもう噂になってんですね」
「イギリスの奴も来てんのか? 国が傾くくらいヤバいイケメンって聞いてんだけど」
「イギリスの王子とは別行動ですね。こっちには来てません。一緒に食堂行ったけど、それだけで命の危険を感じるくらいにはヤバかったですよ」
「マジか。しばらく荒れそうだなぁ。……んで、お前は吸わないってんなら、ここのこと誰に聞いた?」
「OBの従兄弟から。あーっと、名前までは勘弁してください」
「わぁってるよ。藪蛇はこっちも勘弁だ。念のため言っとくが、バレねえようにしろよ」
「分かってますよ。あいつは特にデケぇんで気を付けました」
「分かってんならいい。ま、他所の国とはいえ皇子サマならもみ消せるかも知れねえけどな」
手をヒラヒラ振りながら、先客の先輩は階段を下りていく。
……と思ったら、ばつの悪い顔で再び上まで戻ってきた。ガーランが巨体に過ぎて、横を通り抜けられなかったせいだ。
「……んじゃ、鍵は閉めとけよ」
ガーランが上まで登ったことで、先客は改めて階段を下りていった。
五十鈴が持ち込んだ鍵で扉を開錠する。
部屋の中には、巨大な時計を動かすための機器が壁に組み付けられていた。壁も天井もヤニで黄ばんでいて、床にはそこら中に吸い殻が転がっている。一日二日、一人二人が吸った程度の量ではない。
吸い殻はどれもこれもがきっちり根元まで吸われている。金持ちの家の子供とは思えない貧乏くささを感じるが、これは金があっても煙草の入手自体が困難なことが理由だろう。
「うおっ、きたねえな……。こんなザマで先公にバレねえのかよ」
「バレてるさ。一部限定だけどな」
五十鈴は時計用の機器、その近くにある窓を開けると、枠に腕を乗せて外を見た。時計塔の窓からは学園の様子が一望できる。五十鈴はそう期待して窓を開けたのだが、実際は新校舎と、加えて新校舎と旧校舎の間にある新体育館に視線を遮られている。建物の屋上しか見えなかった。
「あぁん?」
胡乱な視線を五十鈴へと向けたガーランは、自前の煙草状薬を咥えて火をつけた。周囲に煙草の臭さとは全く違う、複数の香草をブレンドした香りが漂い始め、
「あ゛あ゛~~~! キくぜぇ~~~……!」
「……なぁ、本当に違法薬物とか入ってたりしねえよな? 大丈夫だよな?」
「オレサマが自分で自分の天才的頭脳を破壊するわけねえだろうが。んで?」
「ならいいんだけどさ……。ここはアルキン、理事長代行の管理でな、教員が立ち入るにはアルキンの許可をもらわなきゃ入れねえって決まりになってんだ。そんでアルキンが指定するのは、決まってある条件を満たす連中だけ」
「ここの卒業生、―――いや、ここの元利用者ってわけか」
「ご名答。ま、長く続く学園だからな。自然と生まれた伝統ってやつさ。だから知ってる教師は見逃してくれる。問題は此処のことを知らない奴に見つかった場合だ」
「どうすんだよそん時は」
「うんこ」
「は?」
「だからうんこだようんこ。うんこしたのがバレたくないから旧校舎まで行きましたーって言い訳。他にも古い資料を探しに来たとか、あとは囮にエロ本持ってくやつなんかもいるらしい。お前もなんかいい言い訳考えとけよ」
「そこまでして吸いたいもんなんかねぇ」
「知らねえよ。吸わねえし、吸いたいとも思わねえもん。俺」
ガーランは懐から紙箱を取り出し、口を五十鈴の方へ向けた。
「吸ってみるか? ヤニじゃねえけど」
「吸わねえよ。煙草じゃねえけど」
「そうかい」
ガーランは紙箱を懐にしまい込む。次いで思いっきり煙草状薬を吸い込んだ。みるみる長さが減っていく。息を吐くと大量の煙が鼻と口から蒸気機関車のごとく排出され、五十鈴が開けた窓から外へと漏れていく。
「世話になった例に、二つ教えてやる」
「なんだよ」
「この薬を吸ってる理由さ」
「頭痛持ちっつってたな」
「おうよ。その頭痛がどこから来てんのかって話さ」
ガーランはサングラスを外した。目を細め、根元まで吸い切った吸殻をプッと地面へと吐き捨てた。
「オレサマの目はかなり特殊でな。人には見えないモンが見える」
「幽霊とか?」
「はっ、実在するんなら見てみたいもんだぜ。マリア・フォン・ゴルディナーの幽霊とかな」
マリアがこの言葉を聞いていたら、麗奈の頭の中で《おるでーwwwwww》と騒いでいたことだろう。
「ざっくり言うと、俺は電波とか電磁波が見える。ドイツじゃ『妖精の目』って呼ばれる症状さ」
「妖精ってガタイかよ」
「別にオレサマ個人のことを指してるんじゃねえよ。純血主義の弊害だな。昔からたまにいたらしい。このサングラスもそのための特製品だよ。ゴッホの絵画を見たことあるか? サングラスを外した今、オレサマの目には世界がそんな感じで見えてんのさ」
そう言って、ガーランは手元で遊んでいたサングラスを再び装着する。
「余計なモンが見えてるせいで脳を酷使している。これが頭痛の理由ってワケよ」
「だからその煙草モドキか」
「そういうこった。これが一つ目。もう一つは、忠告だ」
「忠告? なんの?」
「ライについてのさ」
「いやそりゃもう分かってる。どうなってんだあいつの人気」
「今は転校生の物珍しさってバイアスも入ってんだろう。けど、オレサマが言いたいのはそっちのことじゃねえ。あいつがレイナにコナかけても相手にすんなって話さ」
「……なんでここで麗奈が出てくんだよ?」
「何でも何も、お前のスケだろ?」
「いや違ぇから。何でそんな風に思うんだよ。つーか何でそんな言葉知ってんの?」
「アリスとリッカはレイナの手下だろ?」
「手下って言ってやるなよ。有栖は似たようなもんだけど」
「んでシュンコウは従兄弟。じゃあイスズ、お前はなんだ? レイナのこれじゃねえのか?」
小指を立ててガーランが言う。
「いや違ぇから。そんなんじゃねぇから。つーか何で小指の意味知ってんの? 俺は春光と仲いいから。そっち経由の繋がりだから」
「はぁ~ん……。ま、そう言うんなら別に構わんか。日本にいるなら、ライの悪癖が出ねえかも知れねえし」
「悪癖?」
「ああ。安心しろ。スケがいねえってんなら被害にゃ遭わねえよ」
あぁ~……。
と、五十鈴は納得した。恋人がいないなら被害に遭わないというライナスの悪癖。それが何を意味するのかを察したのだ。
ところで、花山院学園は上流階級の者たちにとって、結婚相手を探す場所でもある。そのことは五十鈴もよく知っている。
「他の連中にとっては、災難な話だな」
しかして五十鈴の推測は、ガーランの言うところのライナスの悪癖、その半分までしか到達していない。
ガーランはそこまで理解していたものの、ライナスへの義理の方が勝った。五十鈴の推測を補強すること無く、無言で二本目の煙草状薬に火をつけた。
妖精の目。ガーランの固有技能。
某ゲーム的に言えば「気力100以上の時、敵の分身能力を無効化する。気力が高いほど最終命中率に加算する」みたいな感じの効果。




