1945.9.2
これは、少しばかり古い記録だ。仮に視覚映像として出力するならば、古い映画のように声も音も無く、時おり縦に白い細線が走る、全体的に茶色に変色したような、そんな古い記録だ。
時は西暦1945年9月2日。東京湾には、多くの人が集まっていた。彼らが注目しているのは、軍服やスーツを着た一団だ。
東京湾には、第二次世界大戦で同盟を結んだアメリカの戦艦ミズーリが停泊しており、一団はそこへ向かって足を進めていく。
第二次世界大戦を終わらせるため、ポツダム宣言の締結を行うために。
彼らの表情は明るい。当然だ。
大日本帝国は、第二次世界大戦で快勝したのだから。
多くの国に厭戦感情が広まる中、他国と比較すれば、日本は殆ど消耗していない。まだあと10年は戦えるだろう。戦争特需が無くなることを嘆く者すら出てくる始末だ。
それもこれも大日本帝国の守護神、世界最強の金属生命体の力によるものである。
一団を率いるのは、恰幅の良い、スーツを着た初老の男だった。
彼こそが護国の英雄。第二次世界大戦がいつまで経っても終わらなかった原因たる中国大本営へ、単機で突入し、刃を突き付け、降伏勧告を行った人物。獅子王豪蔵それその人。
彼の姿を一目見ようと、噂を聞きつけた人々が東京湾へと集まっているのだ。
ミズーリから、アメリカ海軍の軍服を着た男が出てきた。GHQ最高司令官だ。戦友たる豪蔵の元へ、挨拶をするために、わざわざ艦から降りてきたのだ。
彼は笑顔で豪蔵へと近付きハグをする。身体を放すと、その場で何事かを話し合い出した。近くにいた全権委任外務大臣は、神経質な目で腕時計を確認している。このままでは予定時間を過ぎてしまうぞ、とその表情が言っている。
異変が起きたのは、その瞬間だった。
人混みの中から、何者かが飛び出した。鬼気迫る表情をした、若い男だ。豪蔵とGHQ最高司令官の元へと近付こうとしている。周辺の護衛が彼を止めるために立ちはだかる。だが、その距離は豪蔵たちと余りに近過ぎた。
彼らを責めることは出来ないだろう。人は知っていることには対処できるが、知らないことには対処できない。それは訓練を受けた軍人でも同様である。
だから、彼らは防げなかった。公的記録に残る中では人類初の、
―――自爆テロ。
それは、多くの死傷者を出した。獅子王豪蔵が死んだ。GHQ最高司令官が死んだ。全権委任外務大臣が死んだ。他にも多くが死んだ。無論、テロリスト当人も死んだ。
後の調査により、このテロリストの身元が判明する。名は安出船。朝鮮人。
ここから先は推測になる。なにせ当人は死んでおり、彼と交流の深かった者たちも、一人の例外なく殺されているからだ。彼の手記など、遺品によって得られた情報を基に組み立てられた仮説である。
彼は大韓帝国の復活を目指す、若き運動家であった。
ポツダム宣言が締結され、日本の勝利が確定すれば、中国は敗戦国となり、大日本帝国による朝鮮半島の支配はより盤石なものとなり、大韓帝国の復活がさらに遠のく。
それを防ぐため、祖国を取り戻すがために、彼は動いたのだ。己が命を薪にくべ、祖国奪還の火を燃やそうと。立てよ大韓帝国民たちよ。立てよ同胞たちよ。今ここで動かなくば、祖国奪還なぞまた夢ぞ、と発破をかけた。
そして、主を殺された怪物の報復によって、朝鮮は滅んだ。
一ヶ月もかからなかった。
大日本帝国内にいた朝鮮人も、朝鮮半島にいた朝鮮人も、ただ一人の例外も無く、大日本帝国の守護神によって、その一切が鏖殺された。
この惨事はポツダム宣言の締結を前にして起きたことから『ポツダム動乱』の名で呼ばれ、以降、日本は戦勝国であるにもかかわらず、少しずつ衰退していくこととなる。
そして、時は流れる。
ポツダム動乱から大日本帝国の守護神が姿を隠してから、半世紀余りが過ぎた。
ポツダム動乱は、教科書に載っている過去に起きた事件となった。
住むものがいなくなった朝鮮半島は、半世紀をかけて世界各地から集まった犯罪者たちが実効支配するようになり、誰が呼び始めたか、今ではポツダム半島とも呼ばれるようになった。
西暦2000年4月4日。朝鮮を滅ぼした最強最悪の怪物、ローズ・スティンガーが再び姿を現したところから、舞台は幕を開ける―――
なんかこう、急にプロローグの前に過去の出来事を挿入するかぁ~~~! って思いついたのです。




